いない人はもう帰ってくることはない、それは絶対だ。世の中の曲げられない決まりだ。いつまで思っても、泣いても、悔やんでも、願っても、祈ってもどうしたって帰ってくることはないのだ。待ち続けても意味がない、どうしようもできない。それは私だって死を通してもうすでに知っていることだ。自分の祖母が亡くなったときだって、悲しい気持ちに浸っては周りからかけられる言葉すら鬱陶しいと感じた。可哀想だとか大丈夫だとかそんなうわべだけの言葉をどうして言えるものか、できるならば放っておいてもうその話題に触れないでほしいとすら思った。だからこそ自分でも勝手に彼の気持ちをわかっていたつもりでいただけなのかもしれない。彼からすれば最愛の人を亡くしたというのはひどく心を傷つけたに違いない、どんな理由でなくなったにせよ彼にとっては大きなことで何物にも穴埋めができないことなのだきっとそれは。だからこそ自分はなんて愚かなのだろう。

東堂君にあんなことを言ってしまってから数日はずっと後悔をして悩んで何と謝ろうか考えていた。でもいざいつもと変わらない彼を前にするとそれまでの謝罪の言葉全てすっ飛んで、あの出来事は彼は覚えていないのだろうかと考えてしまって結局何も言えないままでいる。新開君にすら「何かあったか?」と聞かれる始末でこのままではいけないと考えていたけれどどうすることもできなかった。
タイミングの悪いことにその時期に調度体も壊してしまった。高校生になってからは風邪をひくことなんて全くなかったのについてないことについてないことは重なるものだなと思った。熱も上がって体もだるくて学校を休むことにした。東堂君と顔を合わせるのもきまずかったしちょうどいい機会だとは思った。寮母さんにも伝えてよほど体調が悪そうに見えたのか心配そうにゆっくり休みなさいと言われて不覚にも寮から離れたところにある家の母を思い出して泣きそうになったのは秘密だ。風邪をひくと途端に寂しくなるのはなぜだか不思議だ。
新開君にはノートでもお願いしておこうかと考えてメールを送ろうとして私は彼とそんなに親しいものかと考えて手が止まる。新開君と話すことの最近の主な話題は東堂君のことばかりなのだ、普通に話せるとはいえ頼むのはおこがましいかと思った。それでも結局は新開君だからいいか、という結論に至ってメールを送った。その数分後すぐに返信がきたときは授業中のはずでるのにご丁寧に絵文字も添え了承する言葉と心配する言葉がついてきた。そんなに重症ではないということを伝えて後は携帯をしまって寝ることに専念することにした。
ぼんやりとする頭では正常な思考回路も働かずにただ眠いということだけが支配していた。薬もなにもないけれど寝て起きたら風邪が治ってできれば東堂君のこともリセットされていたら良いと都合の良いことを考えていた。








なにやら騒がしい、寝起きのまだ覚醒しきらない頭では周りの音を聞き取るだけで精一杯だ。誰かの話す声も聞こえるし、自分の部屋には誰もいないはずなのにそれなのにどうして声が聞こえるのか。体を起こすとまだ若干だるい、それでもなんとかして起こして見回すとそこにいたのは新開君とそれから予想していなかった人物

「……なん…で」

東堂君の姿もそこにはあった。

「ああ、おはよう名無しさんさん。体調は大丈夫か?」

ご丁寧にいつものウインクを向けて話す新開君に身だしなみとかもうそういったものは一切気にしないことにして近寄り東堂君に声が聞こえないところまで無理やり引っ張っていくと「なんだよ大丈夫じゃないかおめさん」と言ってきたので軽く叩いてから「どういうこと」と返せば「声はまだ鼻声なんだな」と返された。

「新開君、分かって言ってるんでしょ」
「いやあだって尽八が来るっていうからさあ。断りきれなくて」

悪いなというわりには詫びている感じが全くしない。私が言いたいのはどうしてここに連れてきたのかということなのにらちが明かない。

「……なんでいるの」
「お見舞い」
「部活は」
「大切な友人が大変なのでって言ったら許してくれたぜ?」
「…嘘も方便ってやつ」
「嘘じゃないさ、そうだろ名無しさんさん?」
「いいから東堂君と何か話してきてよ」

二人で話している間待たせてしまって正直申し訳ないとは思っていた、気のせいかもしれないがその間東堂君はずっとこちらを見ていたしこそこそ話すのは確かに不快だったかもしれない。新開君の背なかをぐいぐい押して東堂君のもとへ行かせれば「皆でじゃあゼリーを食べよう」などと提案しだしてそうじゃない、と言いたかったのを東堂君までもが「そうするか、名無しさんさんゼリーは食べられるな?」と聞いてきたので反射的にも頷くことしかできなかった。
持ってきていた袋をがさがさとあさって飲み物やらゼリーやら他にもお菓子やらが大量に入っていて病院人ということを忘れてはいないだろうなと疑いたくなった。あんなに大量には食べきれない。けれども新開君がよく食べるということを思い出してなるほどと納得した。私が食べなくてもきっと彼ならば勝手に食べてくれるだろう。
東堂君がゼリーをこちらに差し出してくれた時もなぜかどきまぎして視線を合わせられなかった。彼の方はいたって普通なのに何を意識しまっているんだか。

「……あ、あの」
「ん?」
「なんで二人でここにいるんで…すか」
「お見舞いだ、名無しさんさん見るからにまだ体調悪そうだな」
「お見舞いっていうのは、分かってるんだけど」

ちらりと視線を移せばそれに気付いたのか東堂君が「ああ、俺もお見舞いだ」と言った。
お見舞いをしてもらうほど親しい間柄ではないと思う、普通に友達と言いきってもいいのかわからないほど微妙なところだ。

「………別に、そこまで重症じゃないけど、ありがとう…」

御礼を述べた私の言葉の後に続く無音。誰か何かしゃべってくれてもいいだろうに沈黙が重たくて逃げたいしトークはいつもキレるんじゃないのかと東堂君に期待してみてもなぜだかだんまりのままゼリーにも飲み物にも口をつけようとはしていなかった。その横で食べ物をほおばる新開君に少しいらついたのは言うまでもない。
どうするべきか悩んでいたときふいに東堂君が「隼人すまないがベプシを買ってきてはくれないだろうか」と言いだした。
新開君はあっさりと「分かった」なんて言い出すものだから思考が追いつかずによくよく考えてみれば東堂君と二人部屋に残されることになるのかと考えて「待って待ってベプシなら私が買ってくる!」と名乗り出れば「風邪をひいている人に頼むことはできんよ」となだめられた。こんな気まずい中二人置いていくのかと新開君に視線を訴えてみたものの「名無しさんも何か欲しいなら買ってくるぜ?」と言われたのでもうなにもかも諦めて新開君を見送った。
ぱたりと部屋の扉が閉じられる音が虚しく感じた。

「さて、名無しさんさん。話したいことがある」

新開君にお使いを頼んで時点でそうだろうなとは予想をしていた。けれどもこのあいだの今日でどう接して良いかわからない私は「うん……」と返すので精いっぱいだった。

「このあいだな、言われたことを考えてみて俺は確かに逃げていたのかもしれんな」
「このあいだは本当にごめん。私言い過ぎたね、あのことは何も気にしなくていいし忘れてほしいっていうか、ほんと出しゃばったこといってごめん」

東堂君の言葉の後に謝罪をつけてやっと言えることができた、と思うと同時に彼の顔を怖くてみることができなかった。怒っているかもしれない、もしかすれば今日はあの時の文句を言いに来たのかもしれない。

「いや、いいんだ。俺は君のおかげで今までやってきたことはただ自分のためだったということに気付いたんだ。なあ名無しさんさん君は死んだ人はもとには戻らないと言ったな、まさにその通りだ。俺がいくら彼女のことを忘れまいと桜を毎年拝んでもどうしたって戻ってくることはないんだな。俺が忘れまいと彼女のことを何かしてあげようとするたびに彼女にとってはただの迷惑であるかもしれないな。俺がくよくよすることで彼女はもしかするとあの世にいけないかもしれない。そう考えれば俺の行動はおかしいものだったな」

東堂君は優しい、あんなにひどいことをいった私にむけてそれに反発することなくむしろ受け入れてこうして割り切っているのだから。だからこそ彼女もずっと彼についていったのだろう、優しい彼だからこそ愛されて幸せだったんだろう。

「…迷惑、だなんてそんなことはないよ」

毎年桜の季節にはじっと思いだすように見つめて、彼女をまだ一途に思っているからこそ彼の行動は迷惑だなんてことはないはずだ。迷惑なのはむしろ私の気持ちのほうだ。

「毎年思いだしてくれる人がいるってだけでもそれって彼女は嬉しいんじゃないかな。死んだ人にとって一番嫌なのって誰からも思いだしてもらうことがなくなって存在を忘れられることなんじゃないかな、だから東堂君がしてることは間違ってないと思う、間違ってたのは私なんだよ東堂君。あの時頭に血が上って私ひどいこと言ったね、本当にごめん」

頭を下げて今度こそきちんとした謝罪をすれば「頭をあげてはくれないか」と焦った声が聞こえた。

「……名無しさんさんは優しいんだな、同性を好きかもしれないと言っても、過去を忘れられなくてもそうやって声をかけてくれるんだ。ありがたいよ」
「………そんなこと、ないよ」

都合のいい言葉を並べて東堂君に言うのはきっとまだ良い人に見られたいって偽善者の気持ちが働いているからだ。東堂君のことが好きだから私はきっとこんなずるいことをしているんだ、優しいのではない、ただ私はずるいだけなのに。今だってぎりぎりと胸が痛いし私のことを好きになってくれたらそんな辛い顔だってさせることはないのにってひどいことを考えて、きっと東堂君はそんなこと微塵も考えていなくてずっと彼の中の私は所詮良人で止まっているのだ。


「名無しさんさんに思われる人は幸せなんだろうな」

そんな言葉がまた私を傷つけているだなんて知らないで。
ずっと東堂君をみてきた私とは違って東堂君は永遠に私が誰のことが好きかだなんて知らないでいるんだろう。

「…東堂君は結局、その、男の人のことが好きだったの…?」
「……ああ、巻ちゃんはな、ただのライバルだろうよきっと。まだよくわからないことにハッキリと気持ちはつけられんのだがな、名無しさんさんもしよければまた相談しても構わないだろうか」
「大したこと言えないしこの間みたいにまたひどいこと言ってしまうかもしれないけど」
「それでもいいんだ、誰かにこうして言えるというのは今までなかったんだ。だから迷惑でなければまた話がしたんだ名無しさんさん」

ここで首を横に振ることができたらどんなに良いだろう。東堂君とまだ接点をもつことができるならばと思ってしまう自分はやっぱりただの偽善者で彼の前ではただ良い人でいたいだけなのだ、そんな自分が嫌になる。
出会ってから年を経るにつれだんだんと心が重たくなっているのは確かなのに、それでもやっぱり諦められないことが悔しい。