桜を見るたびに綺麗だなとか学年がひとつあがって大人になるのかとか将来について考えなければとかいろいろ複雑な気持ちにさせてくれる。けれども彼ほど複雑な思いを抱えているものはいないのだろう。東堂尽八、私が中学の頃から恋をしている人物である。何が複雑といえば、彼はこの春という桜が舞う美しい風情も楽しむことができない、私の単なる予測であるけれども。だって彼は春に恋人を交通事故で失ったらしい。これだけをきくと可哀想、とかそんな気持ちでいっぱいになるけれど、中学から私は彼のことをみてきているのである。幼い中学というときに恋人を失った東堂君に神様は随分と重いものを背負わせてくれるなと思った。可哀想なんてものではない、彼は春になるとじっと桜の木の前に立って、何かを祈るようにずっと神妙な面持ちのままでいるのだ。罪悪感を抱えているのだろうか、償うための行動なのだろうか、それともまだ生きたかったであろう恋人への何かのメッセージなんだろうか、忘れないためなんだろうか、まだ愛しているんだろうか、と私はいろいろ考える。 もう彼と出会って5回目の春を迎えた。 東堂君の彼女がなくなったんだってさ そんな噂を聞きつけたのはいつだっただろうか、あまりにもぽろりと普通の噂話の中にまぎれこんできた情報に思わず冗談かと暫くは想うことにしていた。新しいクラスでなじむことよりも、なによりもその情報は私の心を暫くふりまわしてくれていた。冗談なんだろうと思っていた、タチが悪いなと、けれども誰もが美男美女だと思うカップルを学校で見かけなくなって、彼女が学校にこなくなって本当に死んだのだと理解するのにそう時間はかからなかった。理由はよくわからないけれどその死んだ季節はこんな風に桜が満開の美しい季節だったことは鮮明に覚えている。 私が彼を好きだと思ったのは誰にでも社交的で、また彼女をとても大切にする男であったからだと思う。彼に愛される人間はどんなに幸せだろうと、何度想ってきたことだろう。彼と友達になっても好きだなんてことは口がさけてもいえなかった。彼女がなくなってからだってもしかして私がなんて考えることはおこがましいと思っていた。なにより東堂君へアプローチを続けていた子がことごとく振られるたびに泣いて「やっぱりあの子には勝てないと」言うのだった。告白されるたびに苦しげにそう言う東堂君をみるのがつらいのと、やっぱりもういなくなってしまった彼女に勝てる子はいないのだという現実。やっぱりかとは覚悟してた私にさえ、心に刺さるのだった。 「名無しさんさんは、尽八のことが好きなんだろ?」 「…は?」 たまたま同じクラスになった新開君はよく食べて、いつも何か口に含んでいる人だった。男子とはあまり話さない私でもそれなりに会話は出来る人で隣の席になってからよく話すようになっていったのだがいつもどこか抜けてる雰囲気をだしてるくせに人のことはよく見ている男なのでたまにおそろしい。言われた言葉にどうしようか考えているとじっとこちらをみてまた復唱しようとした。 「だーから、尽八のこと」 「あ、あーもう言わなくていいよ。分かったから、まあ好きなんじゃないかな、でも告白しようとかそういうの思ってないんだよね」 「噂のあれかい?」 「噂のあれですね」 東堂君はやっぱりというべきか高校に入ってからもそのルックスと人当たりの良さとさらには自転車での功績も関係してか人気がでていた。人気になるとやはり過去のことも掘り出されるのだろう、東堂君の彼女の話は知る人は知っている触れてはいけない話のようにいつの間にか広まっていた。本人が知ったら良い気分ではないだろうなとは思いつつも私は広めているわけではないからノータッチだ。 「そういうの気にする必要ないと思うぜ。ああそうだ、おめさんだからこそ聞いてほしいんだ、靖友でさえお手上げでな。どうにかしてやってくれ」 「何を言ってるの新開くん」 「もう気にすることはねーんだ、たぶんだけどふっきれてる。そこで名無しさんさんにしかできない相談がある」 「他にふさわしい人がいると思うから言わないで待って、聞きません」 少しよくない予感がする、新開君が指でバキューンポーズを向けてきたからなおさらなのだ、なにそれやめてほしい。指を別の方向に向けようとしても避けられる。 「尽八が新しい恋をしたっぽい」 「絶交だよ」 思った以上に痛いし苦しい、恋の病っておそろしい。五年間もたらたら思いを引きずっていまだに患っているし治る気配ももはやなおそうと思う気持ちもあまりないけれど改めてこうしてきくとなかなかにくる。精神に大きなダメージだ。 「それは困るな。名無しさんさん食べ物くれるからな。ああそうだ、食べ物で思いだした、今度一緒に祭りに行こう。でもそうじゃないんだ名無しさんさん。最後まで人の話は聞くもんだぜ」 言いたいことを分けて言ってほしい。いろいろと会話の途中につっこんでくるので反応はしなかったものの一緒に祭りにいくほど仲が良いのか私たちはと疑問にすら思った。最後まで新開くんの話を聞いた結果、信じたくなくなるような、彼についてまさか冗談であろうと思うデジャヴを感じた。そして暫く私はどうすればいいのかわからなくなった。やはりよくない予感は当たっていた、それを無理やり聞かせた新開君は何をたくらんでいるのだ、バキューンじゃないよ。ああひどい、どこの誰だかわからないけれど私になかなかの試練を与えてくれるものだ。食べ物あげるのやめようかな、と考えたほどだ。 "男に恋をしてるみたいでな" その言葉が永遠に頭をループして、どうしてくれる新開君。ああやっぱり絶交しておくべきだった。 新開くんの言葉に悩まされ続け一日中悶々としていた。東堂君が新しい恋をしていてさらにそれが男だって?嘘だ、普通であれば信じられない。私は別に男の人の恋愛がすきとかそういうわけではない、けれども別に偏見とかそういったものももっていないし好きになってしまったならば仕方がないと思う。もう女の人に恋するのが嫌になったんだろうか、とかいろいろなことは浮かぶけれど最初に浮かんだのは (誰なんだろう…) 東堂君が好きになるほどの美形とか?と考えたけれどきっとかれは見た目で相手を選ぶ人ではないだろう、なんにせよ私はきっとまたずっと想いずるずるひきずっていくのだ。桜と一緒に散ってくれればいいのに、とおもうけれどそうはならない。我ながら一途であるなと称賛してやりたい。 桜の命は長くはない。一年間じっと待って、やっと春に花を咲かせてすぐにひらひらと散ってしまう。美しいけれど儚いものだなと思う、 そして桜の前でじっとそれをみている東堂君もまた。 「おや、名無しさんさん」 まさかみているのを気付かれるとは思ってもいなくて返事が遅れてしまったけれど「こ、こんにちは」と何ともありきたりな答えを返してしまう。私と東堂君は中学も同じなので割と話せる普通の友達である。けれども今まで私から事故について尋ねたりしたことはない、そんな割り切っている仲ではないと感じていたから。 「…東堂君は、どうしていつも桜の木を見てるの」 だからこそだ、私がこんな質問をするのは割と勇気が必要だった。内心なんと返されるか怖かったけれどもうこのさいどうにでもなれと半分なげやりな気持ちもまじっていた。他者のいろいろな憶測がとびかうなかで私はきちんと本人の口から桜の木をじっとながめる理由を聞いたことがなかった。 「桜は美しいからな、見ていても飽きんよ。それにな、忘れないようにしているんだ」 知っているんだろう、とでも言いたげな視線だった。真っ直ぐな視線から逃れられない。忘れないためというのは私が思い描いていることであっているんだろうか、きっと正解のはずだ。 「……どうして忘れたらだめなの」 その言葉に東堂くんの瞳がわずかに驚いたように開かれた、私がそんなことをいうのはきっと意外だったのだろう。 「オレが忘れてしまったら、あの子との思い出は誰が覚えててやるんだ。なかったことにオレはしたくはない」 ああやっぱり、彼らしい答えであるなと思った。東堂くんとあの子が過ごしていた日々は二人にしかわからないもので、東堂君が覚えていなければあの子がそこにいたことがなかったことになってしまう、つまりはそういうことなんだろう。どこまでも優しくてそして残酷な男だ。つまりは誰も一番にはなれない。新開くんのいったことはすでに頭から抜けていた。 「…いいなあ」 「ん?何がだ?」 「幸せなんだろうね、あの子」 そう言えば東堂君はわずかに俯いて、だといいのだがなとぽつりと呟いた。 死んだあともこうやって愛されて何が幸せじゃないといえるか、私だって、私もあなたの一番になることができたらよかったのに。 「…もうすぐ今年も散ってしまうんだろうな」 私の心も早く移り変ってしまえばいいのに、だからよりいっそう彼が私には残酷にうつるんだ。 _____________ "明日あいてるか?校門の前に9時に集合な" そんなメールがきたのは東堂君と会話をした日から二日ほどたったときだった、差出人は新開くんで彼のペースにはのまれっぱなしだ。大体暇か聞いているのにもうすでに時間をかいているので強制的にこい、ということなんだろう。彼のこういうところにはもう慣れたし別にいいのだけれどもう少し考えてほしいなと思いつつメールを打ち返す。特に明日は用事はないだろうしきっと冗談だと思って聞き流していたが祭りにいこうというやつなんだろう。彼の考えていることがなんとなく察することができるようになった自分が怖い。ここらへんでの祭りといえば桜祭りなんだろうなと思った。彼はただ単に食べたいだけかもしれないけれど。 「なんで私なの」 「ん?食べるの好きだろ?」 待ち合わせ場所にぴったり集合して、二人とも私服ででかけるというのはなかなか新鮮だなと思った。気分は正直少しあがっていたかもしれない、けれどもそれはすぐになくなったこの時期のお花見、もとい行事ごとというのは非常に人気がある。どこを見ても人人人で正直帰ろうかと思ったけれど新開君ががっちりとつかんだ手を離してはくれなかった。すいすいと人ごみを進んでは食べ物をかって口をせわしなく動かしている。みてるだけでお腹いっぱいになりそうだった。確かに食べるのは嫌いじゃないけれどそれだけで誘われたとなると若干複雑である。 「この間新開くんが言ったこと考えたけどやっぱり嘘じゃない?」 歩きながらもそう尋ねれば尽八のことか?と聞き返され頷く。 「嘘だと思うかおめさんは」 「…信じられない、私中学の時から東堂君と彼女さんのことみてきたけどあの二人本当に仲良さげだったしなによりつい最近本人に聞いたの。どうして桜の木を見てるのって、そしたら…って聞いてよ」 人が語りかけているというのに新開君ときたらどこか一点を見つめて意識がそちらに傾いている。なにか食べ物の出店だろうかと呆れつつもそちらを見つめればたくさんの人の中でも本当にとあるドラマのようにそこだけ切り取られたようにはっきりと目にうつる。 「ほら、だから言っただろう」 すっと指を向けて悪戯っこのように笑って見せた。私たちの視線の先には東堂君がいた。別に新開君がいるというのなら東堂君もここにいても不思議ではないし全く驚くことでもないだろう。けれども一緒にいる相手が男性でそれもみたことのない人だった。派手な頭の色でなかなか奇抜なファッションもしている。周りと比べたらどうだろう、少しだけど若干浮いてしまうような気がする。 「友達ってこともあるじゃない、男同士でいて何がだめなの」 「まあそれも一理あるな、でもあいつが言ったのさ"好きなのかもしれんな"って」 「………」 「食べるか?」 こちらにひとつ差し出されたいちご飴をじっとみつめてから受け取る。彼なりの気遣いなんだろうか、だとしたら余計な御世話だ。好きな人が男を好きだったくらいでなんだ、別に気持ち悪いとかそんなことは思わないし私は中学時代に彼女さんがいたってへこたれるなんて弱い子じゃなかったし平気だ。別に。 「……なんでだろうなあ」 「…少し休憩するか」 なんで、どうして私はいつも彼に見てもらうことだって叶わないのに。 散って落ちてくる桜さえ今は煩わしいとさえ思った。 「これを見せたかったの?」 「いんや、いたのは予想外だったさ。睨まないでくれよ。オレとしては名無しさんさんにだから相談したいんだ」 「何を相談することがあるの。本人が好きならそれでいいんじゃないの」 思わずつっけんどんな受け答えになってしまったけれどそれを気にする風でもなく新開君は苦笑いをして「あれはなきっと違うんだ」と言った。 「今まできっといなかったんだろうよ、尽八のぽっかり空いた穴を埋められる人が。聞くところによるとすごい仲睦まじいカップルだったらしいじゃねえか。おめさんだってそれはよくわかってんだろ。でも、死んだ人が元に戻るなんてことは絶対にない、尽八もそれはわかってるんだろうけどな」 「……桜を今でもみるのは彼女のことを忘れないようにするためだそうだよ」 「そんな気はしていたさ、春になくなったって聞いたからな。でも、そこまでしてるけどきっと尽八はもう次に進むべきなんだよ。だからさ名無しさんさんオレは君にしか相談できないと思った」 どこかで聞いたようなセリフにつまりは何が言いたいんだとじっと眉をよせて見つめれば新開君はたこ焼きをひとつ口に含んだ。大事な話なのに食べることは食べるんだなと思いつつその動作をながめてそういえばお腹がすいたなあなんて考え始めたころに新開君は言ったのだ。 「尽八と名無しさんさんが付き合えばいいのさ」 「無理」 なんでだ、と新開くんも私の返答の速さに驚いた様子だった。 「たとえ好きになった人が男でもそれって東堂君がやっと次に進めるってことなんでしょ。それって喜ばしいことじゃない、それに私五年間も片思いしてても何にも進展してこなかったし正直友達のままでいたいって思ってきてるし…」 「……それで後悔はしねえのか。おめさんも尽八みたいに年数を重ねるだけにつらくなってきてるんだろ」 「もう後悔なんて充分すぎるぐらいしてきたよ」 桜が吹き荒れて一面が桜色になる、その分ほど私は後悔も積み重ねてきたのだ。何度嘆いてそんな自分に嫌気がさしたかわからなくなるほどに、それでも私が彼に想いを伝えたところで叶うことはないのだ。 「だったらさ、逆に東堂君を応援してあげるべきだよ」 次にそれぞれ進めるときがやっときたんだろうか。 |