3年間、なんだかんだであっという間だったななんて思う。 バスケに青春という日々のものを全て捧げてきたし、それなりに悪くはないものだったと思う。海常高校という制服をきるのはこれで最後なんだろうか、まだわからないけれどきっとそうなんだろう。最初の頃はどうなるかと思ったここのエースもきっとうまくやっていける、俺がいなくなってもちゃんとあいつはバスケができるように成長した。 チームを優勝へと導くことが俺にはできなかったけれど、悔しいとかそんなのよりもバスケをしていて良かったと思った。個性が強い奴らばかりだけど随分チームに恵まれたもんだ。ひとつだけ、ひとつだけ何が心残りかと聞かれたら思い浮かぶものがあるけれどそのうちきっと風化して消え去るだろう。 まだここであいつらとバスケがしてえなあ、なんて思うけれどそれはもう叶わない。今日、俺は海常高校を卒業するのだ。 「笠松先輩、卒業しないでください」 「あ?卒業式なんだからそこは言うことがちげえだろ」 長い式もいろいろなことを考えていればそれほど長くないように思えた、けれどもずっと椅子に座っているというのもなかなかきつい。式が終わり外にでて少し冷たい空気を吸い込む。そこにきたのが1年間という短い間だったがお世話…してやったのほうがこの場合正しいんだろうか。 「卒業おめでとうございます、ちゃんと思ってるんスけど…やっぱり海常の主将は先輩って感じがして」 「ばーか、これから俺の後をついでちゃんとやってくれるやつがいる。お前も真面目にやれよ、じゃねえとしばきにくるからな」 「…たまには顔出してくれるんスよね」 「さあな」 そんな顔されるとこっちだって困るだろうか黄瀬の野郎、バスケまだしたいって俺だって思うけどやっぱりどうしても変えられないことだってあるのだ。 「卒業しないでください、って言ったのはまあ主将をやめてほしくないってのもあるんスけど。もうひとつ」 「なんだよ」 「わかんないんスか?」 なんだかにまにましている黄瀬の顔が気に食わない、しばきたくなる顔だ。 「言わないんスか?好きだって」 その一言を聞いて黄瀬のことを思いっきり叩いたのは仕方ないと思う、「痛いスよ!」なんて言ってくるから力を込めすぎた自覚はある。 にしてもこいつに気付かれてた何て不覚だ、そんなにわかりやすかったのか俺。 「いったほうがいいんじゃないんスか」 「……別に今日で最後で会うことだってねえかもしんねえだろ」 「それでいいんスか、笠松先輩最後まで恋に奥手とか後悔しか残んないと思うんスけど」 「なんでお前にそんなこと言われねえとなんねーんだよ」 「…主将に、最後の恩返しってとこスかね」 「…は?」 黄瀬の口から出てきた聞き慣れない言葉にほんとにこいつは黄瀬なのかと疑った。恩返しなんてするほどこいつは礼儀正しくなかったはずだ。 「体育館の裏に名前先輩のことよんであります、先輩行ってください」 「…なんでお前」 黄瀬が苦笑いするような、なんとも微妙な笑顔で 「…最後くらい先輩の役に立ちたいじゃないスか、俺ここにきて海常のバスケ部で本当に良かったって思えるのは先輩がいてしごいてくれたおかげなんじゃないかなって思うんスよ。バスケが楽しいって、思えたのも海常でここでバスケしたからだって思うんスよ。きっとここでじゃなきゃ俺は変われなかった。海常のエースに、してくれて本当にありがとうございます。だから、最後は最後くらいは先輩にひとつくらい何か返してあげたいんスよ」 だから、行ってください、と黄瀬はぽつりと言った。 うまく笑えてねえんだよばか、という言葉は呑み込んだ。後輩に背中を押されるなんて、しかも黄瀬にだ。 「ありがとな…」 心残りを残して卒業なんてやっぱりらしくなかったよな。 _______________________ いつから好きだったか、とかよくわからない。いつの間にか一番気になってしまう存在になっていった。それがなんなのかは最初よくわからなかった、女が苦手だったしそういう関係になろうとか俺にはきっと一生無理なのではないかと思っていたからだ。 マネージャーとして傍で支えサポートしてくれる彼女のことを見るたびに胸があつくなったのはいつからだっただろう、それもよく覚えていない。気付いたら、気づいたらそうだったのだ。 それを森山に言ったらにやにやしながら「恋だろ」なんていうからなんの冗談かと思った。 それでも彼女を見ていると、普段とは違う気持ちになるのに気持ちにごまかしはできなかった。女は苦手だけど彼女の柔らかい雰囲気とかそういうのに徐々になれて、俺の唯一普通に会話できる女子だったような気がする。それでも告白とかそういうのはやっぱりできないと負けず嫌いな俺が途中で諦めたのはそれが初めてだった。 だから本当はこうして、彼女を目の前にすることなく今日もいつものように終わると思っていた。卒業おめでとうって言ってそれからもう別々の道を歩むものだと思っていた。 「…笠松さん?どうしたんですか?」 体育館裏に急いで行くと彼女はそこに佇んでいた。 「……なあ名字、3年間楽しかったか」 最初に出てきたのがその言葉で、待たせてごめんとかそういうの言えば良かったなと思った。自分でも思ったより心の中は焦っているらしい。 「…もちろんですよ」 ふわりと笑って、俺の胸を暖かくさせるあの笑顔で彼女は笑った。やっぱり好きだなと改めて思う。 「海常バスケ部マネージャーで良かったです」 「…お前がマネージャーで良かったよ」 「うん」 寒い日のはずなのに体は暑くて、たった一言言えばいいだけなのに言葉がつまってうまく言いだせない。たった一言、それを言えば、言ってしまえばどうなるだろう。ふられるのは確かに怖いし、その後彼女はどうするだろう。驚くだろうか、困るだろうか、いろいろな考えがぐるぐると頭の中を駆け巡る。 (…らしくねえな) こんなに考えたってどうせ意味がない、黄瀬にまで助けてもらったんだ。 「あのな、名字好きなんだ」 彼女が口を開くまですごく時間が長く感じた。 「私も、です」 照れくさそうに彼女が笑った、それだけの言葉で充分だった。じわりじわりと胸が満たされていく感覚と全身の力が抜けるようなほっとした気持ちが同時に襲ってくる。 「ほんと…なんだよな…」 「ほんとです、嘘ついてどうするんですか」 「うん…だよな…、すげー嬉しいんだ、嬉しくてどうすりゃいいかわかんねえ」 彼女が笑ったからつられて笑みを溢す。 バスケに全力を注いできた俺だからこそ、本当に今の現状をすんなり受け入れるのが難しかった。夢じゃないかと頬をつねりたくなった。 「……今日で卒業ですね」 その言葉には違う意味もこめられているような気がした。 「大学…どこいくんだ…?」 「地元のです、そんなに遠くはないですよ」 「そうか…俺もそんなに遠くはねえけど、少し離れてるかもな」 もっと早く彼女に伝えているべきだったな、と思った。場所が近いとはいえ離れているのは確か、一緒の大学ではないのは確かなのだ。 「……ほんとは俺今日でお前に会うの最後になると思った」 心残りをそのままにして、いつか消えて思い出になることを期待して俺は何も言わずに終えようとしていた。 「情けないよな、最後の最後に」 「情けなくないですよ、だって私も同じことしようとしてましたから」 彼女も同じだったのだ。そんなことも少したったらこの出来事が思い出になるだろう。苦い思い出じゃなくて、笑い話になるようなそんな青春の思い出に。後輩に助けてもらって告白しましたなんて俺の中で一生恥ずかしい出来事になるかもしれない。でも、もうごちゃごちゃ考えたって意味がない、心残りはなくなった。 「…たまにはまたここに来ような」 「はい」 ぎゅっと彼女の手を握って歩き出す、まだ挨拶を交わしてないやつらが待っている。俺が今このまま行ったらきっと驚くんだろうな。それとも黄瀬のようにもうすでに気付いている奴らは呆れた顔で笑うだろうか。 もう後悔はない。 3年間の高校生活を終了する。 俺の人生の中でもきっと色濃く残る思い出であろう。 |