私が知る限りで学校の中の一番の有名人といえば黄瀬涼太だと思う。彼はどの学年にも共通して顔が知れ渡っている、その理由はかっこいいから、彼はモデルだ。雑誌などにも多くとりあげられればそりゃあ顔は知られるだろう。そしてもう1つの理由といえば世の中で言われる女たらしとか、彼氏がいようと手を出してしまう、まあつまりそんな感じのやつだ。悪いほうと良いほう両方で彼は有名人だった。 そんな彼に恨みを持つ人はもちろん多いだろう、俺の女に手を出しやがってみたいな感じのことはしょっちゅう。だがしかしそれに負けるほど黄瀬君は細いくせに弱くなかった。もちろん噂でしか聞いたことがないし本当かどうか知らないけどそういった男を返り討ちにするとかなんとか どうしてこんなに黄瀬君のことを今現在頭の中で考えているかというと、 「あんた、名前は?」 屋上で授業をさぼっているとそこに現れたのだ、彼が。今すぐ逃げ出そうかと思った、けれど今ここを出て行ったとして私の行ける場所といえばトイレくらいだろうか。保健室もいいと思ったけれど先生に嘘をつくのもなんだかなと思った、根が真面目な自分だから仕方ない。今さぼっているのは自習だったから別にいいと思ったのだ。 なのに、ここに黄瀬涼太がくるなんておとなしく教室にいればよかった。 「同じクラス」 「えっまじっスか〜いやー俺女の子の名前覚えるの苦手で…」 たくさん相手がいるからですか。 「別に覚えてもらおうだなんて思ってないからいいのだけれど、君みたいな女の子をたくさん侍らせてる人に関わるとろくなことなさそうだもの」 有名だろうがなんだろうが私にとっちゃそんなのどうでもいい。やっぱり苦手だなあなんて思いつつ立ちあがると掴まれた腕。ため息をはきつつ「何か」と言えば、 「電話番号とか教えてよ、ね、今度デートいこ。俺から誘ってるんだし断らないよね?」 この人は頭おかしいんだろうかと一瞬本気で思った。どこから何がそうなって電話番号に繋がった?そしてなんで出会ってすぐ名前も知らない奴にデートだと?思考回路はどうなっているんだろうか。そして最後の一言。 「遠慮しますね、他をどうぞ」 それだけ述べるとは?とでもいいたげな彼の表情。それ本来私のすべきことなんだけどな。 「それ本気で言ってる?あんた俺のこと知ってるんスか?」 「モデルでバスケ部で他の男の女とっちゃう黄瀬涼太さんですか」 「とってるんじゃねえよ、勝手におちるんだよあっちが」 急になんか荒々しくなったなと思えば案外悪い性格をしている。こんな人のどこらへんがどうやって好きになるのか世の中の女子に問いたい。 「一回抱いたらそれで彼女面されるしほんととばっちりスわ」 「それは仕方ないんじゃないかな、体だけの関係っておかしいのでは。それじゃあ今まで全ての女の子の気持ちを踏みにじってきたことになるけれどそれで合ってる?」 「………」 「沈黙ということは肯定ということで、さようなら」 今までで一番無意味で時間を無駄に会話をしたような気がする。適当に意見を言ったけど今思うとなんでだろうと思った。ほんとにおとなしく教室にいればよかったなあ。 「腕」 「…名前」 「はなざわフネ」 出てきたのが某国民的キャラクター達の名前だったのでそれらのわき役的人たちの名前を組み合わせる。ごめんね、犠牲にしてしまってフネさんとはなざわさん。 「嘘っスよね」 「ほんとよ、それとも何、黄瀬涼太さんは人の名前をばかにして笑うような人なの。最低ね人としてありえないわ。私だって好きでこの名前なわけじゃないのよ」 そう言えば押し黙って、何も言えなくなったのか「ごめん」と謝った。嘘なのに素直に謝れてはこちらが悪いことをしたような気分になる。 「私それに初めてあったひとにほいほい電話番号渡せるほどコミュニケーション能力っていうのを持っていないからデートも仲良くなったらにしましょう」 そんなのありえないけれど、と心の中で付け足す。仲良くなろうとも思っちゃいない、誰がこんな女たらしと。 「あんた変わってるって言われないスか」 「黄瀬涼太さんこそ」 「ていうか俺女じゃないんスけど」 「知ってる」 「さん、ってやめてほしいんスけど」 「黄瀬涼太こそ」 「………それもどうせキャラ作ってんだろ?そんな電波系狙っても無駄だっつーの、ほんと女って考えることばかなんスね」 急に何を言われたかと思えばすごくけなされたような気がする。なんとも失敬なやつだ。今私そのものをけなされた、電波系でもなんでもないし宇宙人とも幽霊とも交信なんてしていない。 「何であなたのためにキャラ作りなんてするのよ、あなたこそばかなんじゃない?女を抱いてる暇があったらもう少し勉強したらどうなの、それとさっきから掴んでいる腕どうにかならないの」 いい加減ずっと掴まれっぱなしで動けないし離してほしかった。そしたら屋上からでて真面目に自習でもなんでもやろう。いろいろと面倒だった。 「……へえ、いい度胸してるじゃないっスか」 「よからぬことを考えてるなら蹴るわ、スパッツははいてるしね」 「色気ねー…」 「蹴るわよ」 はいはい、といつつも黄瀬君は腕をつかんだまま離そうとはしなかった、どういうことだ。今の展開でいけば完璧離しているところだろう。 「いい加減に…」 言葉は続かなかった、黄瀬君に力強く引っ張られたからだ。そのまま黄瀬君の胸にダイブすることに 「何するの……」 睨みつければ楽しそうに笑って「あれ?照れたりしないわけ?」と言った。なんなんだろうこの人は。 「あんたさ、俺に媚びないし顔は普通に可愛い方だと思うしさ、付き合わない?」 「ことわ…るっ」 人が喋っているのを遮るのが好きなのか今度は首に顔を寄せてきてそのまま何をされるのかと思えば首筋にぬるりとした感触。そしてその後に続く吸いつくようなちくりとした痛み。抵抗をしようにも両手を捕まえていてできなかった。 「…こんなことをいつもしてるってわけね、どこかの買い物になら付き合うからやめてくれないかしら」 「……は?いやいやどこかに付き合うとかじゃないんスけど」 「じゃあなんなのよ」 「彼女になれってこと」 「嫌よ」 「何で」 「黄瀬涼太が抱いてきた女の子たちにいじめられたらどうするの」 「そんなこと気にするんスか、大丈夫っスよそんなの」 「まず黄瀬涼太といても幸せな未来が見えないもの」 「モデルだし、俺結構売れてるんスけど?」 「……教室に帰らせてくれない?」 「嫌だ」 この後も攻防が続き、チャイムが鳴ってもなかなか返してもらえなかった。 面倒くさいのに次の日つきまとわれるようになり、学校に行くのがすごく憂鬱になった。 「あんた名前違うじゃん!」 「当り前じゃない」 それからというもの何故か彼女が気になってすれ違うたびに話しかけたりしてみたのだが全くもって何にも興味は示さない。つまんねー女、とか思ったのだが、ただおとなしいのではないような気がする。全てわかっているような、見透かしてしまうような飄々とした態度が少し嫌というか俺をむかむかさせた。他の女の目ならいくらでも見れるのに、彼女の目だけはどうしても少し怖いような気がした。 そして徐々に徐々に彼女は女の妬みの対象へとなっていった。俺がちょっかいをいつもかけるのは彼女だけでそれ以外には何もしなくなったからなんだろうなと俺自身少し気付いていた。けれどそれをどうにかしようとかそんなめんどいことはしようとは思わなかった。本当にめんどくさい、めんどくさいやつらばっかりだ。 彼女を見つけると呼びとめるのが日常になっていた。 「名前ちゃーん」 俺が彼女の本当の名前を知って、名前を呼ぶたびに彼女は少しだけこちらを向いてくれた。それ以外は目も合わせてくれないし口もきいてくれようとはしなかった。陰口を叩かれたりいろいろと陰険ないじめにとうとう彼女も耐えきれなくなったのか、と思った。 「…人間が悪口を言わないのはおかしいことだわ、気に食わないことだって世の中たくさんあるものね。ならきっと、それは私にも同じようにある権利なのよね。黄瀬涼太君が私に話しかけてくるせいでこんなに困っているのにどうしてあなたはまだ話しかけてくるのか理解できないわ」 じっと俺の方を見つめて言った彼女に、あ、違うじゃんと思った。 「なーんだ、さすが名前ちゃん。いじめに屈しないその精神素敵っスね」 「……あなたに媚びない私が珍しいのかもしれないけど、そんな人探したらきっとたくさんいるわ。性格がとても悪くて見た目しか取り柄がない黄瀬涼太。そんな人間誰が一体好きになるっていうの」 「…言ってくれんじゃん。あんた俺のことなんにもしらねーくせに」 少しむかついて睨んでそう返せばため息をはいてから 「あなただって、私のこと何にも知らないでしょう?」 俺はそれに言い返せなかった、 名前と、それから ___________________ いつかのように見つけた彼女の後姿に自然と足は動いていた 「俺と付き合えば全部解決するんスよ」 「…そんなことで解決すると思ってるなら頭のねじをしめてくることをお勧めするわ」 「だって、付き合っちゃえばもうそこで他の人たちは諦めるしかないんスから」 「私あなたのこと好きでもなんでもないし、黄瀬君も私のこと好きじゃないから」 まるで自分のことのように彼女は言いきった。 「だーから、なんであんたが俺のこと知ってるんスか。俺のことは俺にしかわからないっスよ」 「見てればわかる、というか好きなものがないんでしょ。熱中できるものとかそういうのがなくて心にできた穴を埋めたくて必死なのよ。いつもつまらない日々を過ごして、楽しいのかしらね」 「それ、あんたも人のこと言えないんじゃないっスか」 隣に座ればちらりと視線をうつしたけれどすぐに元に戻った。 「そう、そうね。人のこと、言えないかもしれないけれど。それでも私生きることには退屈してないから」 熱中できるもの、というか打ち込めるものなんてモデルの仕事とバスケぐらいだろうか。それ以外俺の生活になくて困るもの、何かあっただろうか。もちろん人間の三大欲はおいといての話しになるけれど。退屈しなくて、俺に興味をおこさせてくれて、 「あ」 なんだすぐ近くにいるじゃん。 「名前ちゃん、好き」 「私は、そういうのないわ」 「えっ俺のこと何にも思わない?」 「思わないわ、興味ないもの」 「キスマークまだついてる?」 「死にたい?」 「ちぇっつれね〜っスわ」 彼女のなんでも見透かしているような目が嫌いだといったのはあながち間違っていないかもしれない。好きとか、そういう感情的なものではなく彼女は黄瀬涼太という人間がどういうやつなのかわかっていたんだろう。笑顔をつくって生きていることも、毎日退屈して生きていることも。そこらへんも含めてきっと見透かされていると思ったから俺は彼女の目が好きじゃなかったのかもしれない。 「名前ちゃん、ちょっとこっち向いてほしいんスけど」 お願い、と付け足せばいつものような表情を作らない顔でこちらを見た。ああ、やっぱり綺麗だな、なんで怖かったんだろ。 「名前ちゃんにもう気持ちは伝えたんで覚悟しといてほしいっス」 「できれば学校では近づかないでほしいわ」 「学校で好きな場所は?」 「ここね、だっていろんなものが見えるもの」 話をころころ変える俺に答えてくれる彼女はただ抵抗するのが面倒なのか、それともそ性格にあるのかわからなかった。 今度から屋上に来ることにしよう、俺の学校で好きな場所もここになりそうだ。 彼女について俺が知ってること、名前とそれから、 これから時間をかけてゆっくり知ればいいか、なんて思った。 |