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祝福のくちづけ



「僕と共に生きてはくれないか」


――行き場をなくした私に、マレウスは静かにそう告げた。

結局、夜月は元の世界に帰ることができなかった。

マレウスたち三年生が卒業した後も、夜月は進級して学園に残った。卒業してしまって以前よりもマレウスとの交流の頻度は減ってしまったけれど、それでも文通を交わしたり、執務の合間を縫ってお忍びで尋ねてきてくれたり、ホリデーの間は友人として招いてくれたりもしてくれていた。

そんな日々が続いて、ついに学園卒業も目の前まで来てしまった。学園を卒業してしまったら、もう生徒として此処に居座ることはできない。夜月は此処を出て行かなければならなかった。

しかし夜月には帰る場所も行く場所も無い。
周りの人間たちはそんな夜月を心配して、自分のところへ来いと誘ったが、夜月はいつまでも頼っては居られないと首を横に振った。

これからどうしようと途方に暮れた学園生活最後の日の夜。オンボロ寮にマレウスが尋ねてきた。

リリアに協力してもらってお忍びで抜け出してきたらしい。会えて嬉しいと素直に笑えば、マレウスも嬉しそうに目元を和らげた。

以前のようにオンボロ寮付近をふたりで散歩する。足元を照らすように、緑色の光が蛍のように消えては光った。他愛のない話に花を咲かせて、懐かしいと一緒に学園生活を過ごした日々を思い出した。

ふと、足を止めたマレウスは、両手で夜月の手を包み込んだ。首を傾げて見上げてみると、マレウスは真剣なまなざしでこちらを見下ろしていた。
名前を呼ばれ、静かに息を吸った。

――僕と共に生きて欲しい。

目を見開いた。
その言葉を口にするのに、どれほど悩んだだろう。立場の問題も、寿命の問題も、挙げきれないほどの問題と直面する。それでもマレウスはそれを言葉にした。

ふと、握られた手を見下ろした。ひんやりとした大きな手は、わずかに震えているように感じた。視線を上げれば、緑色の瞳と交わる。どこか不安げに、縋るようにこちらを見つめていた。

たくさん悩んでくれたのだろう。たくさん想ってくれたのだろう。そして、手を差し伸べてくれた。選んでくれた。
それが何よりうれしかった。


「・・・・・・はい」


頷いて、握り返した。
緑色の瞳は見開いて、そして優しく包み込むように抱きしめてくれた。

――この日をきっと、私は忘れないだろう。









マレウスの婚約者として茨の谷に移り住んで、三年。

茨の谷に来た当初は、様々な問題に直面して大変だった。

マレウスは茨の谷の次期王という立場で、夜月は異世界から来た魔法も使えないただの人間。無論、周りに認められるわけが無かった。そんな彼らをマレウスやリリアが説得したが、すぐに認められるわけもなく、伝統というものも絡んで、長い時間をかけることとなった。

それだけではなく、次期王の妃となるための素養も必要で、マレウスは必要ないと言っていたが、周りに認められるためにも夜月は努力を重ねた。これにはリリアやシルバーそしてセベクも協力してくれた。

茨の谷の城下町にあるマレウスとリリアが用意してくれた屋敷に住んで、三年ほど。ようやく、婚約が認められた。
マレウスと夜月は、晴れて正式に婚約者として認められ、婚儀を上げることになったのだ。



結婚式は盛大に行われた。
次期王の結婚式なのだ、国を挙げての催しになる。

王族として伝統を守った格式ばった婚儀を上げた後は、友人たちを集めた華やかで楽し気なパーティを楽しんだ。
結婚式にはエースやデュースという、学園に居た頃に仲良くしていた人たちの大半が集まってくれて、最後には結婚をお祝いしてくれた。セベクに至っては、いろいろとお小言を言いながらも最後には祝福してくれて、晴れ姿のマレウスを見て泣いたりしていた。

幸せの絶頂を、全身で感じていた。

パーティを終えた後は、ようやく二人きりの時間を過ごした。
お互いドレス姿のまま、マレウスにエスコートされて夜の静かな森の中を歩く。

茨の谷は自然が多くて、幻想的な場所が多い。薄暗い森が多いが、静かな空気にほっとする。今は隣にマレウスが居るから、余計にそんな気持ちになった。

視界が明けると、美しい花畑が広がっていた。まるでおとぎ話のような場面で、思わずはしゃいでしまった。そんな夜月を、マレウスは愛おしそうに見つめて、一緒に花畑へと入っていった。空を見上げれば、大きな月と宝石をちりばめたような星々が空一面に広がっている。

花畑に囲まれながら、ふたりは寄り添って星空を見上げた。


「ヨヅキ」


ふと、名前を呼ばれた。
星空から隣に寄り添うマレウスへ、視線を向ける。


「僕を選んだことを、後悔していないか」


いつの日かのように、瞳は不安げに揺れていた。
そんなマレウスに、夜月はこれ以上ない笑顔を浮かべた。


「後悔なんてしないよ、マレウス。私、いま人生で一番幸せだって心から思うもの」


嘘のない素直な気持ちを口にする。
そんな夜月に、マレウスは頬に手を添えて額と額をこつりとくっつけた。


「ああ、僕も幸せだ」


額と合わせて、見つめ合う。
なんだかくすぐったくなって、笑みがこぼれた。幸せだと、心から二人は思えた。


「大好きよ、マレウス」
「ああ、僕もおまえを永久に愛している」


花と月に見守られながら、ふたりはそっと口づけを交わした。


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