キスしないと出られない部屋 デュース



「うーん、ちっとも出られない。困ったね」


 アリステアはガチャガチャとドアノブを掴みながら零した。その言葉にデュースも困ったように眉根を下げる。

 アリステアとデュースは鍵の掛かった部屋に閉じ込められていた。部屋に立ち入ったのではなく、二人で話していたら突然視界が暗くなって、目を開けたら知らない部屋にいたのだ。部屋は真っ白で、なにも無い。扉は一つだけで、それも鍵が掛かって開かない。この部屋に突然閉じ込められて、早くも十分ほどは過ぎ去っていた。


「ん、なんだこれ?」


 ふと、なにも無い部屋の床に小さな紙切れが落ちていることに気づいた。紙切れは二つに折りたたまれている。


「何か見つけの?」


 デュースがなにかを見つけたことに気づいて、アリステアもそちらに振り向く。

 デュースは床に落ちた紙切れを拾い上げ、二つに折りたたまれたそれを捲った。中には端的な文字が書かれていて、デュースはその文字を目で追った。そして次の瞬間には、ボンっと効果音が付きそうなくらいデュースは顔を真っ赤に染め上げた。

 アリステアは首を傾げた。


「えっと、なんて書いてあったの?」
「へ? あ、その……」


 声を裏返しながら、デュースは視線を彷徨わせる。真っ赤に染め上げた頬はリンゴのようで、何故そこまで照れるのかアリステアは不思議に思った。しばらく黙ってデュースの様子を眺めると、デュースは顔を俯かせてスッと紙切れを差し出してきた。その恰好は、まるで目上の偉い人に名刺を渡す姿のようだ。

 アリステアは不思議に思いながら紙切れを受け取った。ちらりとデュースを盗み見るが、彼は未だに頬を染めて俯いている。アリステアは再び紙切れに視線を落として、二つに折られたそれを開いた。

『条件、キス』

 なぜデュースが顔を赤く染めたのか瞬時に理解した。


「うん、なるほど」


 視線を紙切れに落としながら、アリステアは指を顎に添えて頷いた。どうやら特定の条件を満たすと出られる部屋らしい。そして、これがヒントなのだろう。隠しもせずに『条件』と書かれているのが何よりの証拠だ。

 視線を紙切れから上げて、改めて部屋を見渡す。扉は一つで、やはりそれ以外部屋にはなにも無い。


「これ以外手立てがなさそうだし、するしかないね」


 すると、デュースは勢いよく顔を上げてぎょっと目を見開いた。口をはくはくと開いては閉じる姿は、顔が赤いこともあって金魚みたいだ。あからさまに照れている姿に悪戯心が湧いて、アリステアはクスリと微笑む。


「デュースは僕とキスするの、嫌?」
「え、あ……いや、その……」


 スキップをするような足取りでデュースに近づき、腰をかがめて下から覗き込む。予想通り、デュースは狼狽えて視線を泳がせた。それを追い詰めるようにまた一歩距離を縮めれば、デュースは片手で真っ赤な顔を隠しながら、観念したように小さく口を開いた。


「い、嫌じゃ……ない、です……」
「うん、そっか。ありがとう」


 目を逸らしながら小さくか細い声で答えたデュースを、可愛いな、とアリステアは思った。しかし、これ以上揶揄ってしまうのは可哀想だ。

 アリステアは気を取り直して改めてデュースと向かい合うと、顔を隠している片手に指を絡めてそっと退かした。びくりと肩を揺らすデュースにクスリと笑って、顔を近づける。すると、デュースは今までで一番顔を真っ赤に染め上げてぎゅっと固く目を瞑った。それを見つめながら、アリステアはきゅっと口を噤んだ唇にそっと唇を落とした。


「……キスの感想はどう?」


 触れるだけのキスをして、そっと吐息を零す。少し名残惜しく感じながらも、距離を取ってまた腰をかがめてデュースを覗き込んだ。


「っ……や、柔らかかった、です……」


 空いた片手で口元を隠しながら、デュースは律儀にそんなことを言った。そんな後輩が可愛くて、もっと揶揄ってしまいたくなったのは、秘密だ。