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キスしないと出られない部屋 リドル
リドルは愕然と扉を見上げながら、わなわなと震えていた。それもそうだろう、とアリステアは内心思った。そしてため息をつく代わりに、そっと瞼を閉じた。
「な……なんだいコレは……ッ!!」
部屋にリドルの声が反響する。もしこの部屋が防音室か特別な仕様の部屋でなければ、外まで声が聞こえていただろう。しかし、リドルが大声を上げてしまいたい気持ちも理解できる。アリステアは困ったように眉根を下げて、リドルの視線の先に目を向けた。
扉の上に設置されている、文字が書かれているパネル。そこには『キスしないと出られない部屋』と大々的に書かれていた。どうやらパネルに書かれている通り、変な部屋に閉じ込められてしまったようだ。
「まあ、文字通りの意味じゃないかな?」
「そんな部屋があってたまるか!」
未だに怒り心頭の様子のリドルにそう声をかければ、キッと睨みつけられた。
「不愉快だ! すぐにこの部屋から出る。アリステア、キミも協力しろ」
「はいはい、女王陛下」
やれやれ、とアリステアは胸ポケットに仕舞っているマジカルペンに手を伸ばした。
最初は、リドルも居ることだしすぐに部屋から出られると思っていた。それはリドルも同じことだった。しかし、いくら魔法を放っても扉はぴくりともせず、鍵は依然と開かないままだった。
「び、びくともしないなんて……」
有り得ない、と言いたげにリドルは零した。
「うーん……となると、やっぱりあの指示に従わないとダメみたいだね」
そう言ってアリステアがパネルを指さすと、リドルはびくりと大きく肩を揺らして、あからさまに動揺を示した。
「い、いや。そもそもキスというのは、好いた者同士が行う行為であって……キミとボクじゃ、その……」
言い淀むリドル。リドルが言いたいのは、つまり恋人同士でもない自分たちがそういった行為をすべきではない、ということだろう。リドルの言い分は、一般的に正論だ。
「でもキスしないと出られないし……」
「う……」
とは言っても、しなければいつまでも部屋に閉じ込められたままというのも事実である。それを突きつければ、リドルは短く唸った。理解はしているが頷けない、といった表情だ。そんなリドルに、アリステアは軽い調子で続けた。
「それに、別に好きじゃなくてもキスって行為は簡単にできるしね」
そう続けたアリステアに、リドルはぎょっとした。
「なっ!? そ、そんなのは不純だ!」
「はは、そうかもね」
リドルと違って、アリステアにとってキスの一つや二つは大したことではない。一般的な倫理観というものを、アリステアは持ち合わせていない。
「でも今回ばかりは仕方ないね、現に出られないわけだし。いつまでも此処に居るわけにはいかないでしょ?」
言い聞かせるように言えば、リドルはぐぬぬ、と複雑な表情を浮かべて一人で百面相をしていた。それを笑いながら、頷かないリドルの説得を続ける。
「そんな重く捉えないで、仕方ない行為だったって割り切って忘れちゃえばいい。もっと気楽にいこうよ」
そう言ってアリステアは笑うが、リドルはやはり納得はしない。けれど、重々しく深いため息をつくと、やむを得ずといった感じに小さく頷いた。それを見て「それじゃあ早速……」と顔を覗き込もうとしたら「ま、待った!」と止められてしまった。
「ぼ、ボクからするから、キミは何もしなくていい……」
ほんのりと頬を赤らめながら告げるリドルに、アリステアは目を白黒とさせた。
「え、そう? 僕は構わないけど……」
言わずとも、リドルはこういった事には慣れていないだろう。それなら、経験済みであるアリステアが行ったほうが早い。しかし、リドルは首を振って自分からすると言い出した。アリステアとしてはどちらでも構わなかったから、それに従うことにした。
「その……目を、つむっててくれ」
リドルが届くように腰をかがめる。
「うん、わかった」
おずおずと両手を伸ばして両頬に手を添えるリドル。アリステアは言葉通り、瞼を閉じた。すると、ゆっくりと眼鏡を外された。
「僕がいいというまで、絶対に目を開けてはいけないよ」
「うん、わかってるよ」
そう言って何度も釘をさすリドルに、心の中で苦笑を零す。
視界が塞がれたなかでは、他の五感が敏感になる。そっと深呼吸をして零れた吐息が、肌に触れたのを感じた。そして徐々に気配が近づいてくるのを、アリステアはじっと待った。
柔らかい感触が、一瞬だけ触れた。表面を少し触れるぐらいのもので、触れたと思えばすぐに遠ざかった。終わったのかな、と少し拍子抜けになっていると、外された眼鏡をかけられた。
「……もう開けていい?」
「あ、ああ……」
瞼を上げると、目の前には顔を逸らして真っ赤な顔で口元を隠すリドルがいた。耳や首元まで真っ赤にしているものだから、アリステアは少しばかり目を丸くした。すると、鍵が開く音が部屋に響いた。どうやら鍵は条件通り開いたらしい。
「い、言っとくけど。ボクはキミのように、薄情に忘れたりなんかしないからな」
それだけ言い捨てると、リドルは「先に戻る!」と顔を赤らめたまま部屋から出て行ってしまった。ぱたりと閉まった扉を見つめながら、アリステアは口角を上げた。
「か、かわいい……」
ふふ、と愛らしくピンク・フラワーは微笑んだ。