変なひと



 ナイトレイブンカレッジに入学したばかりの頃のこと。

 金銭的問題を抱えながらも、周りや祖母に押されてナイトレイブンカレッジに入学を果たしたラギーは、食料調達に日々苦労していた。とは言っても、スラム街にいた頃よりはマシだ。値段の高い学食は勿論食べることはできず、安い購買のパンでも悩むところだが、調理室にいるゴーストを尋ねれば、余った食材や賞味期限の近い食料を無償でくれることがあった。ラギーにとっては幸運だ。しかし、いつも食材が余るわけではない。取って置いた食料も無くなり、ラギーは食料を探しに校庭へ出て、雑草が生えている場所にしゃがみ込んで、忙しなく手を動かした。


「シシシ! こんだけあれば大量に……」
「なにをしてるんじゃ?」
「うわっ!?」


 間近から突然降ってきた声に驚いて、ラギーは大声を上げながらバッと振り返った。するといつの間にかすぐ隣に、自分と同じようにしゃがみ込んで膝に両肘を付いてこちらを見つめている、夕焼け色の髪をした獣人の生徒がいた。その生徒は不思議そうな顔をして小首を傾げている。

 ウチの寮……確か、あの第二王子とよく一緒にいる……。

 その生徒には見覚えがあった。同じサバナクロー寮で、よくレオナ・キングスカラーと一緒にいる狐の獣人だ。弱肉強食のサバナクロー寮で、小柄で弱そうな見た目をしているのに誰もその人には逆らわない。

 なんでそんなヤツが絡んでくるんだ、と思いながら、ラギーは当たり障りのない対応に心がけた。


「え、えっとー……タンポポ、詰んでるッス」
「なぜじゃ?」
「食料にするんスよ」
「しょく、りょう……?」


 こてん、と首を傾げて、目を丸くしたままそこら辺に生えているタンポポを見つめた。

 まあ、まともに食っていけるヤツはこんな事しないだろーけど。早くどっか行ってくんねーかな……。

 そう心の内でぼやくも、ラギーの期待は裏切られた。


「食べれるのか?」
「食えるから詰んでるんスけど……」


 なんだ、と怪訝な表情を浮かべながら、手を動かしてせっせとタンポポを摘んでいく。


「美味いのか」
「まあ、工夫によれば」


 訝しむラギーに気づいていないのか、タンポポを摘む手を目で追いながら尋ね続ける。


「どう食べるんじゃ?」
「油で揚げるんスよ。まあ、ほとんど衣がサクサクするだけッスけど」
「さくさく……」


 なんで興味持ってんだ、まさか食べたいとか……そんなわけないか。

 ラギーは袋にタンポポを詰めながら、ちらりと隣を盗み見た。そしてぎょっとする。そいつが興味津々に目を輝かせて子供みたいにタンポポを見つめていたからだ。


「妾も食べたい!」
「えっ!?」
「妾も分は妾が取るからいいじゃろう? な、なっ!」
「まあ、いいッスけど……」


 勢いに押されて頷いてしまえば、そいつは嬉しそうに満面の笑みを浮かべていそいそとタンポポを積み始めた。「いっぱい摘んでおこう! そしたらいっぱい食える!」そう言って手いっぱいに摘む姿は、花畑で遊んでる子供だ。ラギーは思わずポカンと口を開けながら唖然とそれを眺めた。

 第二王子の隣人は変人。

 それが巴の第一印象だった。
 


* * *



「……なんて、こともあったッスねー」


 調理室で摘んだタンポポを揚げながら、ラギーは数か月前のことを思い出していた。

 それからというもの、巴はこれを気に入ったらしく、たびたび調理を強請ってきた。絡まれることも多くなって、そのおかげでレオナに取り入ることもできたが、面倒くさがり屋のレオナとあちこちで問題を起こす巴の世話を焼くのは、ため息が出るほど大変だ。


「ラギー! サクサクはまだかえ?」
「あー、はいはい。もう出来ますんで、待ってて下さーい!」


 まさかこれにハマるなんて……レオナさんと一緒に美味いもん食ってるくせに、意外と庶民っぽいのが好きなんだよなあ。

 しかし、ほぼ衣しか無いコレのどこが気に入ったのやら。そんなことを思いながら揚げ終えたものを皿に移していく。心外だが、まるで母親になったような気分だ。


「ラギー、ラギー! 妾、考えたんじゃ! これにサムのトコで仕入れた天つゆをかければ天ぷらになる! あ、塩でも良かったかもしれん」
「いや、なら最初から具の入った天ぷら食えよ……」


 タンポポの草よりも絶対そっちの方が美味しいだろ。

 揚げ終えたそれを渡せば、巴はそれを急いでテーブルに持っていて、自分で仕入れてきた天つゆや調理室にある塩などを振りかけて、サクサクと音を立てながら食べ始めた。美味しそうに頬を緩ませて、耳をピクピクと動かし、尻尾を振る。


「はあ……ほんと、変なひとだなあ……」

 ラギーは改めてそう思った。