後にも先にもお前だけ



そいつは飽きもせず、毎日毎日付き纏ってきた。


「おお、レオナ! 探しておったぞ〜!」

「チッ」


自分を見つけるなり、そいつは犬みたいに大きい尻尾をブンブン振り回して駆け寄ってくる。寮内外いつもそうだ。温室でのんびりと昼寝をしていれば当たり前のように駆け寄ってきて、ひとり廊下を歩いていれば音も気配もなく突然上から覗き込んできて、選択科目の授業でも必ず同じものに付いて来る。鬱陶しにもほどがある。

しかもどんなに冷たくあしらっても、ニコニコと機嫌よく世間話を振ってきて無視を決め込んでも、少しも気にした様子はない。あえて目で訴えようと不機嫌な視線をおくれば、そいつは目があったとさらに瞳を輝かせる。
そんな鬱陶しくて騒がしい日々がずっと続いていた。

だが、その日は珍しくそいつは絡んでこなかった。

いつもなら温室で一人昼寝をしているとようもないのに鬱陶しくついて回ってくるが、今日は温室で昼寝をしていても巴は現れない。きっと用事があるのか、それとも飽きたのだろう。気にすることは無い、と寝返りをうって瞼を閉じる。だが最近、毎日毎日鬱陶しいくらい付き纏ってくる巴に慣れてしまったせいか、居ないだけで違和感を感じてしまう。いると鬱陶しいが、いないと気になる。

レオナは不快そうに舌打ちをして温室を後にした。

巴は基本的に神出鬼没だ。その時の気分で行動する奴の居場所を突き止めるのは難しい。だがそこら辺を歩いていれば、自分の姿を見つけて向こうから現れるだろう。巴はいつも、レオナの姿を見つけるたび一目散に寄ってくるのだから。

そうして辺りに目をやりながらほっつき歩いていると、ピクっと耳が動いた。微かな話声が聞こえた。声のしたほうに目を向けてみると、そこには巴とサバナクローの寮生が二人いた。はたから見た様子からみると、どうやら巴は二人に絡まれているようだ。巴は面倒そうに二人を見上げている。

絡んでいる寮生は嘲笑交りに巴に暴言やら侮辱を吐く。だが巴はそんなことを一切気にした様子は見せず、ぼーっと見上げて聞き流している。その態度にも腹が立ったのか、寮生はだんだん声を荒げていき、ついには関係ないレオナの話にまで飛躍していった。ここ最近いつも一緒にいたからだろう。それに加え、レオナも巴もサバナクロー寮では上級生から目を付けられていた。話はすっかりレオナへの暴言へと変わり、嘲笑し、巴に同意を求めてくる。おまえだってそう思ってるだろう、と。


「・・・・・・」


レオナの中でなにかが冷めてしまった。

暴言を吐かれるのは慣れている。嘲られるのも慣れている。だが、同意を求められた巴が表情を一切変えずに相手を見上げる様子に、なにかが冷めてしまった。巴がそう言ったわけではないと理解はしている。レオナはそっと目を伏せ、踵を返した。


「で? 話はもう終わったかえ?」


いつもより一段低い冷めた声に、踵を返したレオナも立ち止まった。
目を鋭くさせ、普段の様子から一変させた巴に、絡んだ二人も戸惑っている。


「妾を嘲け嗤うのは一向にかまわぬが・・・・・・妾の友を侮辱するのは許さんぞ」

「――・・・・・・」


声を低くし睨みつける巴に、寮生たちは怯んだ。あまりの変わりように戸惑っている様子もある。そこで逃げ去れば良かったものの、寮生たちは怯みながらも激昂し、おもむろに手を上げた。掴みかかり、頬に一撃喰らわす。身体にバランスを一瞬崩しながらも立ち、抵抗も一切せずに受け止めた。そして空笑いを浮かべ一寸の安堵を見せた寮生に、巴は言い放つ。


「満足したかえ」


身の毛もよだつような、恐怖を感じていた。冷めた目、鋭い眼光、見下ろしているはずなのにまるで見下ろされているように感じる感覚。それを身をもって感じているというのに、無謀にもまた殴りかかろうとする。だがその手が巴に届くことは無かった。


「おい」


振り上げられた手は、いつのまにかレオナに掴まれ宙に浮いていた。

間に入ってきたレオナに、寮生たちも巴も目を丸くして驚いた。腕を掴まれた寮生は若干怯みながらもレオナに突っかかるが、グルルと喉を鳴らし鋭利に射貫く瞳を見て血の気を引く。ギリギリと骨が軋むほど握られた腕をなんとか振り払って、寮生たちは一目散に逃げていく。

逃げていく寮生たちを鼻で笑い、レオナは巴に視線を向けた。巴はぽけーっとした間抜けな顔で見上げていた。そして徐々に、嬉しそうに頬を緩ませた。


「レオナではないか〜! なんじゃ、妾を探しに来てくれたのか?」


嬉しそうな声色で、そういう。今にも飛び跳ねそうなほど、上機嫌に。全身で喜びを放つ巴とは反対に、レオナはじっと表情を変えずに巴を見下ろす。
レオナは視線を巴の頬に向けた。殴られた頬は赤くはれている。おもむろにその頬に向けて手を伸ばすが、触れる寸前でそっとその手を下ろした。


「・・・・・・」

「・・・・・・? なんじゃ、どうかしたのか? 妾がいなくて寂しかったのや〜?」


その行動の意図が分からずに、巴は呑気に首を傾げる。


「・・・・・・どうして避けなかった」


「・・・・・・? ああ、これか」レオナから発せられた言葉に目を丸くした後、その言葉の意味を読み取る。「ああいうのは抵抗せずに一発くらっておけば、早々に事がすむからのう」なんでもないように巴は応える。こうしたほうが早いと、まるで処世術のように話す。「じゃがあやつら、妾の友であるおぬしを侮辱したからのう・・・・・・あとで報復でもしとくかの」クク、と悪戯っ子のように笑って言う巴。レオナは一瞬目を丸くした後、ふっと息を零すように口端を上げた。


「・・・・・・そうか、よ!」

「む? ぅわっ!?」


突然腰に両手を添えてきたかと思えば、そのまま力を入れて抱き上げられる。肩に担ぐように背負われた巴は目を丸くする。「え、え? なんじゃ?」意味が分からず狼狽える巴に「暴れたら落とすからな」と言い放ち、そのままレオナは歩き出した。

レオナが向かった先は保健室だった。誰もいない保健室に入ると、レオナはベッドに担いだ巴を下ろし座らせ、自分は棚に向かって手当の品を探した。


「友に手当てしてもらうなんて、嬉しいの〜!」


棚をあさるレオナの背に向かって、巴は上機嫌に言う。


「チッ、だから違ぇっつってんだろ」

「・・・・・・? レオナは妾の友じゃろ?」


振り返れば、不思議そうに首を傾げる巴がいた。子供みたいに、その瞳は純粋だった。そんな巴をしばらく見つめた後、レオナはそっと目をそらして再び棚に目を向ける。

「トモダチごっこがしたいなら他のヤツとやってろ」そう、冷たく言い放つ。
巴の今までの発言から読み取れる。巴はどうにも”友人”というものに拘っているらしい。だからこうして自分を”友”と呼んでくる。だが、それは自分でもなくていいのではないか。レオナはそういった意味を込めて切り捨てた。

「なぜじゃ?」その言葉に、巴はさも不思議そうに目を丸くする。そしてまた首を傾げるのだ。


「妾はおぬしと友になりたい。おぬしと仲良くなりたい。他のやつなどどうでも良い」


消毒液の入った瓶を取る手が止まった。微かに、目を見開いた。
巴は語る。自分はレオナと友人になりたいのだと。この学園の中で唯一そう思えたのだと。だからもっと話して、仲を深めたい。巴はそう語る。
そっと後ろを振り返って、顔を綻ばせるそいつを見た。


「妾はレオナが良い」


キュッと、胸が締め付けられる感覚がした。


「――・・・・・・勝手にしろ」