夕焼けの獅子と太陽ノ狐



一人故国を出て、どこに留まることもなく悠々と各国、あらゆる地域をあそび歩いていた。
そんなとき、突然どこからともなく入学案内書が届いた。

ナイトレイブンカレッジというその学校は、魔法士を育成する名門校と言う。入学許可は、ナイトレイブンカレッジにあるという闇の鏡に選ばれた者のみだという。言葉通りそこは、狭き門をくぐった、選ばれた生徒のみが在籍する名門校であった。入学申請を送れば、入学式当日に黒き馬車が迎えに来ると言う。何故、自分が選ばれたのかはわからない。闇の鏡に選ばれたのなら、如何なるものも入学を許可する。ゆえに年齢など些末な問題なのであろう。とはいっても、男子校であるゆえに男児であることと、魔法士育成学校であるゆえに魔法が使えることが前提だが。

入学案内書を掲げ、巴はニッと口端をあげた。

このかた学校と言うものには通ったものはない。今さらそんなものに通う必要性もないが、そろそろ退屈になってきたところだ。せっかく闇の鏡とやらに選ばれたのだ。参加する以外、選択肢はなかろう。たかだが4年間の学期期間。そんなもの、いともたやすく過ぎ去る。楽しいことがあるかもしれないのだ。行かねばならぬだろう。

こうして、巴は名門魔法士育成学校ナイトレイブンカレッジに入学した。



入学式に参加するために、式典服と言う洋服に着替えた。洋服には不慣れだ。獣人用の洋服であるが、それに九つの尻尾を出せるほどの穴は無い。巴は仕方なく、尻尾を一つにして入学式に参加した。

鏡の間とやらに集まった自分と同じ新入生を盗み見る。闇の鏡に選ばれた生徒というくくりだけあって、様々な出身者が在籍するらしい。地域によって獣人は珍しい人種であるように伺えたが、ここには獣人族も多く在籍するらしい。これなら自分の尾も耳も目立つまい、と巴は思う。

全寮制のここは、寮決めを闇の鏡に行わせるらしい。寮は七つ存在し、闇の鏡がその人の本質を見出し、選別するのだという。新入生の反応を見るに、これは心高鳴るイベントであるらしい。寮決めは順番に行われる。鏡の前に立ち、名を語り、選別が始まる流れのようだ。その様子を眺めながら順番を待っていると、とある生徒の登場によって生徒たちはざわざわと騒ぎ出した。

みなが反応した、鏡の前に立つ生徒に視線を向ける。マントから見える尻尾と被ったフードの形から、獣人族であることが伺えた。周りの人間は、その人物を盗み見て、口々に噂話をする。どうやら彼は夕闇の草原という国の王族であるらしい。王族と同級生になるとは、希少な経験をしたものだ。彼はサバナクロー寮に選別された。選別が終わった後も、囁き声は鳴りやまなかった。

ようやく自分の番に回ってきたとき、顔を伏せた彼を、巴はそっと盗み見た。囁き声に包まれた彼は、どこか諦めているように見えた。



入学をしてから早くも時は過ぎ去り、もう二ヵ月が過ぎ去ろうとしていた。

あのあと、巴もサバナクロー寮に選別された。不屈の精神に基づくそこは、特徴として、獣人族と運動神経に長けた生徒が集まるらしい。周りの人はみな、逞しい身体つきをしていた。ゆえに獣人族ではあるが小柄で細身な巴は寮には珍しく、それを理由に馬鹿にしてくる輩や突っかかってくる者が多々いた。

若気の至りというやつか、相手にならない輩を相手にするほど面倒で退屈なものはない。大抵の輩は油断をし、まんまと巴に屈服した。それでも輩は後を絶たない。流石は不屈の精神と言ったところか。

面白いことがあるだろうと入学してみたものの、そんなものはなかった。授業は退屈だし、愉快なことも起こらない。面白そうな奴も、これだけの生徒がいるにも関らず一人もいない。しかし・・・・・・強いて言えば、一人気になるものがいる。

入学式から一目置かれていた、レオナ・キングスカラー。

同学年で同じ寮ともなれば、遭遇することも多い。それで少し、わかったことがある。

どうやら獅子の獣人である彼は夕焼けの草原の第二王子であるらしい。このとこに関しては全く知識を持ち合わせていないが、噂によると、第二王子は恐れられているらしい。いってしまえば、嫌われ者の第二王子と言ったところだ。現国王である第一王子が聡明で周りに慕われるがゆえに、第二王子である彼はその影に覆われてしまったらしい。兄弟を持ったものの定めというものか、彼にはそれが顕著に出てしまったらしい。

それゆえか、いつも周りは嫌悪や畏怖のような類の目で彼を見る。そして口々に噂をするのだ。しかしそれを本人は怒ることも無かった。聞き流していた。この状況に慣れてしまったのだろう。また、彼はひどく警戒心が強い。基本的に一人を好むらしく、誰かと共にいたところを見たことがない。安易に近づこうとすれば、鋭い眼光で睨まれる。まるで警戒心の強い猫のようだ。

そんな彼に絡む輩も多い。しかし巴と同じく、大抵はやり返されているという。弱肉強食の社会で生きているだけあって、そういうことにも強いらしい。

だが、実際目の前で遭遇するとは思わなかった。

退屈な授業をサボって、日向が心地よい中庭で昼寝でもしようと思って足を向けたその先には、同じく授業をサボった同寮がいた。どうやら奴らはレオナに絡んでいるらしい。これは面倒だ、助けたほうが良いだろうか。巴は物陰に隠れて彼らを伺った。しかし、それも杞憂に終わった。

殴り合いになったが、多勢の相手をレオナは易々と組み敷いていく。バタバタと倒していく姿に、巴は感嘆を垂れた。しかし、しつこい相手は立ち上がっては挑んでくる。するとレオナは殴りかかってくる相手の腕を掴み、呟く。その途端、レオナが掴んだ相手の制服は徐々に塵に変化していった。

触れたものを塵に変える。それが、レオナのユニーク魔法であるようだ。

それを味わった相手は途端に怯え、負け犬ように慌てて立ち去っていく。一人残ったレオナは無傷のまま、面倒そうに息を吐いた。
ああ、これは思った以上に面白いかもしれぬ。すべてを塵と化す魔法。まるで自分とおなじじゃないか。巴のレオナへの興味が最高潮へと達していた。


「おぬし、なかなか面白いものを持っておるのう?」

「っ!? 誰だっ!」


浮遊して、レオナの背後を取るとそのまま上から覗き込むようにしてレオナに話しかけた。全く気配を感じなかったレオナは目を見開いて驚き、咄嗟に手を払って距離を取った。距離を取られ、巴は地面に足をつける。レオナはキッと巴を睨みつけた。それを気にせず、巴は笑みを浮かべて呑気に話しかける。


「妾は巴じゃ。おぬし、妾とトモダチになろう!」

「・・・・・・はあ?」


レオナは目を丸くして素っ頓狂な声を零す。「おぬし、なかなか面白そうじゃからな」だから仲よくしよう、と巴は続ける。「ここに来てから退屈じゃ。面白いものもおらぬしのう・・・・・・」一人で次々語る巴を目の前に、レオナは怪訝な目を向ける。


「それに、妾とおぬしは似た者同士のようだ」

「似た者同士だと?」


「妾も嫌われ者じゃ」フフっと笑いながら答える巴。そこから放たれた言葉に、レオナは言葉を飲んだ。それは同時に「おまえは嫌われ者だ」と改めて言われているようだった。「それと、妾もすべてを塵へと返す魔法を持っておる」レオナはハッと顔を上げ、巴を見た。巴は片手を前へと出した。すると、ボウッと突然赤い炎が現れた。「妾の炎はあらゆるものを燃やす」おぬしと似ているじゃろう、と無邪気な笑顔を向けた。


「・・・・・・仮に、俺と仲良くしてどうすんだよ。俺は第二王子だ、なんの益もねぇぞ」

「なんじゃ、そんなことか」


そんなことを気にしているのか、と暗に言われレオナは目を吊り上げた。「別にそんなもの望んでおらん。妾は異国の者じゃ、こちらの国事情について何も知らぬ。俗世の事情など甚だ興味もない」巴はそういって、一切をはっきりと切り捨てた。そしてレオナはうかがうように巴を見た。信用してもいいのか、そうではないのか、判断するように。


「妾と仲よくしよう、レオナ。おぬしの隣は、とても楽しそうじゃ」

「――――」


握手を求めるように、手を差し伸べっられる。その相手は、無邪気な子供のように笑う。
それはまるで、すべてを照らすような太陽であった。



――二年前の或る日の話。