Puppy with a collar



カーテンの隙間から木漏れ日が指す頃、設定してあった目覚まし時計が音をならす。それに呼ばれて意識を浮上させ、布団の中から手を伸ばして時計を止める。そして何度か寝返りを打った後、ようやくベッドから這い出る。

目を覚ますためにもシャワーをひと浴びし、バスローブを羽織る。そのまま軽い朝食を用意して、椅子に座ってゆっくり食べる。それを終えれば、とうとう身支度の準備だ。

まだ体と髪に伝う水分をふき取り、シャツに手を伸ばす。いつも着ている服は、黒を基調にした黒白のタイトなもの。シャツを着て、ズボンを履き、ベルトを締める。シャツは一番上のボタンだけ開ける。鏡の前に立ち、今度は髪を整える。薄いメイクを施し、デスクに置いてあった魔法石のついた赤いチョーカーを首元につける。そして最後にハンガーにかけてある白のコートを羽織れば完成だ。

今日の予定を確認し、2冊の教科書を手に持ってヴィヴィアンは部屋を出た。


ナイトレイブンカレッジの教師に着任してから、もう数年が経っている。学生時代は時の流れは遅いものだと感じていたが、大人になって、こうして働いてみると、時の流れはとても速い。自分も此処の生徒として通っていたというのに、自分はもう30という歳になっていた。

朝は自分が持ったクラスに行って短いHRを終わらす。そのあとはすぐにそれぞれの1限が始まる。自分が担当するのは理系科目の中の主にデジタル系の科目だ。おもに魔法解析学を担当している。他にも、扱いの難しい錬金術や魔法薬学の補佐もしている。

今日は1限と2限に授業があって、間に休みがあって、また午後に授業だ。ヴィヴィアンはさっそく、担当授業のクラスへ向かった。

学生時代には長いと感じていた授業時間も、教える側に回れば短いものだ。限られた時間、限られた期限で教え、小テストや期末テストを作る。もう数年やっていることで慣れてしまったが、当時は大分大変な思いをしていた。大変な思いをするのも、この学園の生徒の特徴のせいもあるが。

1限と2限の授業を終えたヴィヴィアンは廊下を歩いていた。この後は暇だ。これを使って次の授業準備と小テストの問題作成をしてもいい、と歩きながら考える。


「ヴィヴィアン」


すると背後から声をかけられる。良く知る声だ。振り返ればこちらにスタスタと歩きよってくるデイヴィスがいた。デイヴィスはヴィヴィアンの前で立ち止まり、見下ろす。


「お前、このあとに授業はなかったな?」

「ないですよ。それが何か?」

「ちょうどいい。この後の錬金術に付き合え」


このように突然デイヴィスから授業の補佐を頼まれることも日常茶飯事だ。大抵授業がない時間にデイヴィスの授業があり、それが実践授業であると、当たり前のように補佐を頼まれる。

「次って、デイヴィスさんのクラスじゃありませんでした? 1年生でしょう?」1年生では基礎をするため、そう難しいものや危険なものは扱わない。とはいっても、錬金術自体が難しい科目であるが。「問題児がいるからな」少々疲れたようにため息交じりに言うデイヴィス。「なるほど」ヴィヴィアンは納得したようにうなずく。


「わかりました、いいですよ」


ならこの後の予定は錬金術に変更だ。ヴィヴィアンは考えていたこの後の予定を捨てる。

早速教室へ向かえばいいものの、目の前に立つデイヴィスはなかなか動かない。まだ何かあるのかと、幾分か自分より背の高いデイヴィスを見上げる。すると、おもむろに赤い手袋で覆われた手が頬に触れた。少し持ち上げるように触れ、柔らかい髪に指を絡めた。ふと、デイヴィスがフッと一笑する。


「今日も俺好みに仕上がっているな。よくできているじゃないか」


まるで自分のことのように自慢げに言う。この服装も化粧品もすべてデイヴィスが与えたもので、髪型もメイクの仕方も全部デイヴィスに言われた通りにしている。まさに全身が、デイヴィスの好み通りになっていた。


「・・・・・・何年間やってると思ってるんですか」

「それもそうだな。いい仔だ、ヴィヴィ」


まるで可愛い仔犬を呼ぶように、そう呼ぶ。
頬から首元になぞって、少し名残惜しそうにチョーカーの魔法石を持ち上げて離れていく。

全く独占欲の強い人だ、と心から思う。これを学生時代から続けているのだから、自分も随分手懐けられたものだ。数年間続けてきたこれは、もはや当たり前のようになっていた。


「ほら、授業でしょ」

「ああ、そうだな。楽しみは夜にでも取っておくか」

「何もないですよ。というか、学内でこういうのやめてって言ってんでしょ」

「お前の照れた顔は可愛いからな、つい」


色気をのせて余裕そうに微笑むデイヴィスを横目に、ヴィヴィアンはほんのり頬を染めながら不満げにデイヴィスを睨みつける。その様子は、まさに職場恋愛をしている熟年の恋人であった。

もはや恒例の光景となったこの2人について、好んで口をはさむ生徒はそうそういない。ここナイトレイブンカレッジで、クルーウェル先生とガードナー先生がデキてると専らの噂なのだから。