ファースト・キス
映画や漫画そして小説などでよくある決まったオチ、いわゆるテンプレートというものがある。こうしたありがちなテンプレートは一般的に現実では起こるはずがないと、きっと誰もが思うだろう。こうしたテンプレートな行動は、現実ではわざとらしさがあるからだ。しかし、こうして意図もなく現実で起こってしまったのなら仕方がない。
夜月や零もこんな事態になるとは思ってもみず、また意図したことも無い。
最初に、零が足を躓いた。太陽の日差しに弱く夜型の身体をしているのにもかかわらず、昼夜問わず各国へ飛んでは帰ってきて、ろくに眠れずにいたのが原因だろう。ふらついた足元をすくわれるの容易い。
そして足を取られた目の前には夜月がいた。ちょうど零と話していたのだから、目の前にいるのは当然だ。距離も近いなか、突然足を取られ倒れてくる零を避ける反射神経は持ち合わせていない。
ふたりはバタリとその場に倒れ込んだ。
唇に、柔らかい感触がする。それを自覚するのは早かった。
勢いよく倒れ込みぶつけた背や倒れ込む際に支えた手の痛みなど、忘れていた。触れ合っているのがお互いの唇だと知ると、ふたりは赤い瞳をまるく見開いて、固まった。
長い間そうしているように思えたが、実際に流れた時間はたった数秒だけ。ふと、見つめ合っていた赤い瞳がそっと目を細めた。それを見て、零は我に返り触れていた唇を離した。
「わ、わるい・・・・・・」
「いや、大丈夫だよ」
夜月の上に覆っていた身体を退け、手を差し伸べた。夜月はそれを掴んで身体を起き上がらせる。
お互い何も話さず、沈黙が流れた。零は片手で口元を覆い、そっと視線を逸らす。しかし盗み見た夜月はいたっていつも通りで、先ほどの事態に動揺する仕草も気にする仕草も見せない。
するとこちらを見てきた夜月と目が合った。盗み見た視線と交わると、零の心臓はドキリと高鳴る。そんなことも知らず、夜月は目を丸くした途端、声を出して笑い始めた。
「ははっ、なんだその顔は。顔だけでなく耳まで真っ赤じゃないか、ふふ」
「うるせえなぁ・・・・・・」
破顔する夜月に、零は小さな声で言い返した。
「零でもそんな顔をするのか、知らなかったな」
「・・・・・・」
真っ赤な零を見てクスクスと笑う夜月に、零はムッと唇を尖らせた。一切気にすることも無く、赤面する自分を見て笑う夜月が不満だった。
「おまえ、初めてじゃなかったのかよ・・・‥」
不満げな声で言う。夜月はその言葉を聞くと、少し間を置いてから「零はどうなんだい?」と逆に聞き返す。揶揄うようにクスリと笑みを浮かべ、楽しんでいる。零はさらに不満げな少し拗ねた顔をして、フンとそっぽを向いた。
「教えてやらね」
唐突に思いついたネタをそのまま書き綴りましたので、捻りもなにも無いです。けど本編がアレなので、番外編であるしココで消化しないとですね。今回のお話は不注意で零とキスしてしまったといういわゆる事故チューのお話です。夢主はこういうことに興味は無いし注視もしないので、こういった反応の格差は回避不可能です。実際に二人がファーストキスだったのかは読者様のご想像にお任せします。