似た者同士



――この男が嫌いだった。
――鏡合わせのように似ていてけれど違うこの男に、ひどく腹が立った。



「やあ、君が骨喰夜月さんか?」


その男と知り合ったのは、1年生のとある日だった。

いつも通りに過ごしていたその日。暇な時間は本を読むことで時間をつぶしていた。その日はちょうど天気が良く、秋空にしては晴れやかだ。だから外で本を読むことにした。ベンチに座って、本を開く。此処には誰も来なかった。

座っていたベンチの背からひょっこりと顔をのぞかせたその男は、笑みを浮かべてこちらを見ていた。どうなんだ、と分かっているのに首を傾げるその男は、気負いもせず自然に話しかけてくる。


「そうだが」


面倒そうに答えた。
すると男は「そうかそうか」とニコニコと笑い、頷いた。


「知り合いから君の話を聞いてな、是非とも話してみたかったんだ」


笑みを絶やさずに、その男は言う。その笑顔に敵意は無く、その声色に警戒心は無い。人の好い、愛想の良い態度だ。


「そう。私は君に興味はないよ、三毛縞斑」


まだ名乗ってもいないその男の名前を言えば、男は大げさに喜んだ。「おお! 俺のことを知ってくれてたんだな、さすが夜月さんだ!」と、言う男に「興味はないが、それなりに知っている」と、言い返した。


「そうか、夜月さんも俺のことが気になっていたんだな!」


男はまたしても喜ぶような仕草をする。そして「夜月さんは俺のことをどれくらい知ってくれたのかなー・・・・・・うーん」と、独り言をつぶやき、ひとり悩みだしす。


「たとえば・・・・・・俺の両親のことや、この土地と信仰の関係とか?」


男を見た。男はそっと目を細めて笑っていた。先ほどまでの無害な満面の笑みとは違っていた。知っていたうえで、この男は語っていた。


「『神様』は好き?」


意味もなく、問うてみた。


「『神様』なんてものは実在しない。それは虚構で、架空の存在だ。信じたところで何かが起きるわけでもないし、願い叶うこともない」


大人びた台詞。馬鹿な子供のように信じていれば、可愛げもあっただろうに。大人になってしまった子供は、もう何も知らない無邪気な子供には戻れない。



その日を境に、その男は頻繁に私の下へ現れた。
一つの場所に長く居座ることは無く、助っ人として忙しなく動き回っているというのに、空き時間ができると頻繁に私の下へ来た。

その男が来るたび、言葉を重ねた。
大抵はその男の笑い話やくだらない話ばかり。けれど時々、お互いの深層心理を読み解けるような会話をした。実際に紡いだ言葉は少ないが、相手を理解するには足りていた。

互いを理解したのちにたどり着いたのは、すれ違いと苛立ちだった。

私とその男は似ていた。まるで鏡合わせのようだった。けれど、決定的に違っていた。

足元を見つめてみれば、血の海が広がっていた。誰かが傷つき流した血の海だ。振り返れば、今まで関わってきた人たちの死体が山のように積みあがっていた。川岸から、こちらを見つめてくる人たちがいる。みんな、恐れていた。

男はそれ以来、以前より増して私の下へ通った。そして強引に手を引くようになった。ひとりであろうとする私を許さず、その男はお節介にも人の輪へ連れ出した。『怪物』であろうとする私を許さず、その男はヒトであることを説いた。

腹が立った。

この男を知れば知るほど、腹が立った。
この男を理解すればするほど、苛立ちが募った。


諦めの悪いこの男に腹が立つ。周りに理解されないと知りつつ、自分がいつか壊してしまうと知りつつ、そして退屈だということを知りつつ、この男は諦め悪く足掻き続けていた。

その男は言った。ひとりでいるのは、ひどく寂しいから。けれど壊してしまうのが怖いから、ひとりでいる。だから、天才も凡人も『神様』も一緒になって騒いで笑い合える祭りが好きだ、と。


「夜月さんも自分のことを『怪物』だなんて言わないで、みんなのところへ行けばきっと楽しいぞ。ひとりでいるのは、寂しいじゃないか」


似た者同士は、他人よりも互いを理解してしまえる。だから余計に腹が立つ。

零には腹は立たなかったのに、とふと思う。零は土足で内側へ踏み込みはしなかった。自分が踏み込まれるのが怖いからだ。けれどこの男は理解しながら土足で踏み込んでくる。思えば、人の輪に居ようとする部分で、この男と零は似ている。


「ひとりが寂しいのはお前だけだ。私は『怪物』でいたいんだ、ヒトには成りたくないね。結果は分かり切っているのに馬鹿馬鹿しい、無駄としか言えない。さっさと諦めてしまえばいいものを」


この男の言葉に、私はいつも嫌味たらしく答えた。早く諦めてしまえば良いと、この男の言葉を否定する。返す言葉もないと、項垂れてしまえばいい。

しかし、男は決まって笑顔を浮かべるのだ。悲哀に染まるときも、不思議そうに首を傾げるときも、笑い飛ばすときも。最後は必ず、その男は笑うのだ。

それを見て、私は決まって腹が立った。
そして、腹を立てるほどこの男を注視してしまっていることを思い知る。
それを自覚して、私はまた苛立ちを募らせた。


「どうして夜月さんは、そこまで『怪物』であることに固執するんだ」


その言葉に応える気は無かった。けれど、無意識に私は口を開き、言葉を発していた。


「『怪物』でいれたら、この退屈な世界から解放される」


――結局のところ、私は、私が選べなかった道を辿ったこの男に、嫉妬していたのだ。




今回はメインストーリーの補足として、夢主と斑との関係性のお話を書きました。出会いからどう関係が変わっていったのか、というお話ですね。夢主は唯一斑に苦手意識を持っている設定でしたが、その理由が分かったのではないでしょうか。夢主にとって斑はレオや零に次いで重要な人物なんですよね。分かりにくかったかもしれないので補足を入れますと、夢主は他人にも退屈な世界にも諦めてしまったが、逆に斑はそれらを諦めなかった、ということ。全部分かり切っているのにめげずにいる斑が夢主にとっては腹立たしかったのです。まるで諦めの悪い自分を見ているようで(鏡合わせとはこのこと)。補足はこれぐらいです。
もし「この時のキャラの心情」「これはどういうことか」など細かな部分でもちょっとした疑問があれば質問箱にてお答えしますので、気軽に質問してください。夢主は非常にわかりにくいですし、やはり全てを文章に載せることは難しいので、気になる部分があればどうぞ。


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