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心地好くも愛おしい
3rd Anniversary

カーテンの隙間からこぼれさす太陽の光に、目を覚ました。重い瞼を開け、何度かまばたきをすると、ようやく視界が鮮明になる。視界の目の前に見えるのは、隣で眠る零の姿。瞼を閉じ、心地よさそうに寝息を立てて、零は眠っていた。

首を動かして時計を見れば、針はまだ早朝を示していた。ようやく太陽が昇って、少し経ったぐらいだ。目を覚ました夜月はゆっくりと上半身を起こし、服を着替えて、零を起こさぬように部屋を出た。


夢ノ咲学院を卒業して、3年ほどの月日が過ぎた。時間が過ぎ去るのは早い。零も夜月も、もう子供じゃない。成人をして、独り立ちをしている。

卒業をした後、夜月はプロデューサーの道を選ばなかった。もともと夜月が夢ノ咲学院に来たのは、レオがそこを選んだから。夢があって、プロデューサーになりたくて来たわけではない。永い人生の暇をつぶすための、ただの通過点だった。

夜月は卒業をしても、なにをすることもなかった。レオはアイドルとして、作曲家としての道を選んだ。その世界に、もう夜月は一緒に行くことはない。レオはもう一人で立てる、自分はいなくても平気だと、ようやく夜月はレオを手放すことができたのだ。

夜月の存在が、ひどく儚く見えた。生にも死にも執着しない夜月。何をしてもつまらない、退屈を凌げるものなんてない。この永い永い人生が、ただ過ぎ去るだけ。この世界に夜月をつなぎとめていた存在はレオだった。しかし、その存在ももういない。レオも、夜月も、ようやくお互いを手放すことができたのだから。

そんな夜月を必死につなぎ止めたのは、他でもない零だった。今の夜月は、ひどく儚い。突然ふらっと姿を消して、そのまま帰ってこない予感までした。零は決して、その手を離さなかった。

卒業後、零は夜月を連れて海外へ出た。零の仕事関係や家の事情で1つの国に長く滞在することは無く、各地を転々としている。一緒に海外へ出ることによって夜月をつなぎ止めると同時に、零は『生きてほしい』と伝えていたのかもしれない。

各地に滞在するとき、零と夜月は必ず小さな宿に泊まった。都会から離れた穏やかな田舎町に身を置いた。今回もそうだ。2人は田舎町で宿を経営している老夫婦のもとに身を置いていた。老夫婦ははじめ、2人にどうしてこの国に来たのか聞いた。零と夜月は視線を合わせ、クスリと笑ってから「自分探しの旅へ」と口にした。ただならぬ関係を感じた老夫婦は、優しく2人を向かい入れた。


外へ出る際、宿の受付の前を通るとすでに老夫婦は起きていた。挨拶をし、散歩へ行ってきますと告げれば、老夫婦は「恋人は良いのかい?」と聞いてくる。その言葉に夜月は苦笑をし、何度目かの否定をする。此処へ来て少々困るのは、この老夫婦が零と自分のことを駆け落ちをした恋人だと勘違いしていることだった。夜月はそっと扉を開け、宿を後にする。

夜月はこの田舎町を気に入っていた。緑が多く、自然に囲まれている。人も少なく、若者が好みそうな煌びやかとした場所もない。穏やかに時間が過ぎさるこの場所に、夜月はほっと息を零した。

零と一緒に海外へ飛んでから、夜月は肩の身が落ちたように感じていた。自分は一人でも生きていかれる、そのすべを知っている。天才である夜月がこの世界で生きていくのは簡単だ。だが生きやすいわけはない。夜月にとっては狭かった。夜月の怪物性は、この世界では生きづらかった。そんな生き辛さを感じさせないくらい、この場所は穏やかだ。

夜月は道中にあったベンチに腰を下ろす。そしてぼんやりと目の前をみつめる。青い空と白い雲。緑豊かな木々や芝生。そのに咲き誇る色とりどりの花たち。さえずる鳥の声。優しく吹き付ける風。
ああ・・・・・・本当に、何も考えなくて良いほど穏やかだ。


「なーにしてんだ、夜月」
「・・・・・・零」


背もたれから覗き込んできたのは、零だった。夜月が少しだけ目を丸くすると、零はフッと笑う。零はそのまま夜月の隣に腰を掛けた。


「寝てなくていいのかい、今は朝だよ」
「気づいたらお前が隣にいなかったからなぁ」


「ふあ・・・・・・ねみ・・・・・・」欠伸をして零は眠そうに零した。仕事関係などで昼夜逆転が前より曖昧になり、1年や2年の時のように昼でも起きていることが多くなった。しかし太陽に弱いことは変わらず、再び昼夜逆転に戻ることもあった。

「勝手に居なくなんなよ。心配するだろ」夜月はクスリと笑って「心配性だな。勝手に居なくならないと、何度も言っているだろう?」と揶揄うように言う。そのたび零は信用ならないと微妙な表情を浮かべる。

しばらく2人は黙った。沈黙の中、穏やかな時間が流れる。


「なあ」


沈黙を破ったのは零の方だった。視線を向ければ、真っ直ぐと自分と同じ色をした瞳がみつめている。


「楽しいか、夜月」


「たのしい、か・・・・・・」夜月は零の言葉を復唱する。夜月がずっと求めていた自分の予想を超える刺激的なものは、もうここ3年感じていない。


「・・・・・・どうだろうね。でも・・・・・・こんな穏やかな日々も、悪くない」


目の前を見据えながら、夜月はそう告げた。
ふと、ベンチに置いていた手に温もりを感じた。視線を落とせば、零の手が上から重ねられ、指をそっと絡めている。そのまま手を持ち上げられ、指に唇を這わせた。


「好きだ、夜月」


瞳はじっとこちらを見詰めていて、熱っぽかった。


「お前と一緒にいると、俺は、今まで退屈だったもんが全部楽しく思えるんだ。この先ずっと、おまえと一緒にいたい」


指に這わせていた唇が、そっと薬指に触れる。愛おしいものを見るような目で、零は真直ぐにみつめてくる。その目を夜月はじっと見つめた。


「・・・・・・わたしもすきよ、零」


零は目を丸く見張って夜月を見る。けれどその表情はやがて困った笑みを浮かべた。少し残念がっているようにも見えた。その理由を、夜月は分かっていた。


「うん。今はまだ、ただの真似事。だからいつか、君と同じ気持ちにさせてよ、零」
「・・・・・・ほんと、おまえってやつは」


握っていた手をぐっと引き、傾いた上半身を受け止めて背中に両腕をまわす。そのまま後ろ手で夜月の頭を抱え込み、離さないとでも言うように強く抱きしめた。


「――だから、離してやれねぇんだ」


ゆっくりでいい。いつかという、遠い未来でもいい。ゆっくりと、この世界で、2人で歩いて行こう。この色づいた世界で、一緒に――。