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スカラビア寮での一件が終わり、そろそろ終わるホリデーの後半を謳歌していた今日この頃のある日、夜月とグリムはスカラビアに来ていた。スカラビア寮の前で夜月とグリムは目の前に立つジャミルを見上げる。ジャミルは2人を見て眉間にしわを寄せ、夜月は申し訳なさそうに視線を逸らす。グリムは呑気に「また来てやったんだゾ」などと口に零す始末。ジャミルははぁ、とため息を落とした。


「そう毎日のように来られても困るんだが?」
「すみません・・・・・・」


ジャミルの言葉に夜月は素直に頭を垂れた。「いつでも来いって言ったのはそっちなんだゾ」不満そうな顔をしたジャミルにグリムは言う。「今日もたらふく食べてやるんだゾ〜」グリムの言葉通り、スカラビアへ来た理由は食事をご馳走してもらうためだ。いつでも来い、と言ったカリムの言葉に甘え、すっかりスカラビアの料理を気に入ったグリムはあれ以来、毎日のようにスカラビアに入り浸った。流石に夜月は甘え過ぎだと自重したのだが、食欲旺盛のグリムが言うことを聞くはずもなく。またこうしてスカラビアへと来てしまった。


「おっ、ヨヅキ〜!」
「あ、カリムせんぱ――ッ!?」
「今日も来てくれたのか! 嬉しいぞ!」


夜月を見つけたカリムはぱあっ、と花が咲いたように喜んで大振りに手を振って駆け寄っては嬉しそうに抱き着いた。ギュウッ、と背中に腕をまわして抱きしめてくるカリムに戸惑いながら、夜月はほんのりと頬を赤く染めた。先日の絨毯で散歩をした夜のことを、夜月はまだ整理できていなかった。一方、カリムはあの日以降も特に何も変わった様子はなかった。変化した部分と言えば、以前よりもスキンシップが増えたくらいで、変に意識をした態度はしなかった。

ギュウギュウと抱きしめてくるカリムに困って狼狽えていると、それを見かねたジャミルがカリムの肩を掴んで引き離す。


「おいカリム、そろそろ放してやれ」
「あ、ちょっと強くしすぎたか。悪いな」
「い、いえ。大丈夫です」


口では謝るものの、カリムは口元を緩ませて少し照れ臭そうにしていた。えへへ、と笑みを零すカリム。それにつられて夜月も照れ臭そうに微笑み返した。

「おいカリム、今日もオレ様が来てやったんだゾ」偉そうに言うグリムにカリムは視線を向けた。「おうグリム! 今日もたくさん食っていけよ、今から昼餉の準備をするところだったんだ」気楽に今日も了承したカリムにジャミルは深くため息を落とす。「作るのは俺なんだが?」用意する人数が増え、面倒そうに零した。

あんなことがあって以前より過保護な従者ではなくなり言葉にも棘があるが、やはり長年染みついたものは中々拭えず、なんだかんだでカリムの助けをしている。そのたびこうして深いため息を落としている。


「まあ良い。ヨヅキ、食事の手伝いをしてくれ。ついでに作り方を教える」
「はい、是非お願いします」


スカラビアにお邪魔するたび、夜月は料理を手伝うついでに約束通りジャミルに料理を教えてもらっていた。夜月は喜んで頷く。夜月はグリムをカリムに預け、ジャミルと共に大食堂のキッチンへ向かった。

ハーツラビュル寮にはキッチンが付属しているが、サバナクロー寮やスカラビア寮にはキッチンが整備されてないらしく、わざわざ大食堂のキッチンを使わなければいけないのが手間だ。

キッチンに香ばしいスパイスの香りが漂い、軽快な包丁捌きの音や焼けるジューシーな音が響く。ジャミルは人に教えるのが上手だ。順調に料理を進めながら的確に教えてくれるため理解しやすく、いろいろな味付けも教えてくれる。夜月にとって、ジャミルから料理を教えてもらうのは最近のお気に入りの時間だった。


「最近、カリムと何かあったのか?」
「え?」


ある程度作り終え、お皿の盛り付けなど細々とした作業をしているとき、ふと突然なんの素振りもなく問いかけられた。思わず気の抜けた素っ頓狂な声が出た。ジャミルはじっと横目で夜月を見詰めた。なにかあったのか、という問いに夜月は先日のことを思い出してしまい言葉を濁らし目を泳がせた。


「フ、君は誤魔化すのが下手だな」
「べ、べつに。なにもないです・・・・・・」
「ふーん・・・・・・?」


じーっと見てくるジャミルの目から逃れるようにそっぽを向く。凝視してくる瞳から逃げたくて、目をそらした夜月は背中に冷汗を流した。幸いなことに、ジャミルはそれ以上聞いてくることはなかった。追及されなかったことに、夜月はほっと胸を撫でおろした。

料理が出来上がってジャミルと夜月はせっせとスカラビア寮へ戻り、談話室で胡坐をかいて待っていたカリムやグリムの前に並べる。ジャミルと夜月も床に腰を下ろし、やっと昼餉にありついた。グリムは目の前の料理に目を輝かせ、パクパクと次々に口に運んでいく。そして美味しそうに食べるグリムに「こっちも美味いぞ!」とカリムは無理やりグリムの口に運ぶ。もはや恒例行事なっている。大半を平らげたグリムは吐きそうなって床に転がるのもいつものことだ。

一息ついたところで夜月はお手洗いに腰を上げた。案内をしようかと言うカリムに場所は知っていると言って断り、談話室を後にする。お腹が膨れて転がるグリムとジャミルとカリムが残った談話室で、ジャミルが口を開く。


「ヨヅキと何かあったのか?」
「え? え、っと・・・・・・」


突然の問いにカリムは肩をビクリと揺らし、夜月と同じような反応をした。じっと見つめれば、カリムはもじもじとしながら恥ずかしそうに頬を染めて、ためらいがちに口を開く。


「その、実は・・・・・・こないだ勢い余って、その・・・・・・キス、しちまって・・・・・・」
「――――は?」


ジャミルは目を見開き口をポカンと開けた。カリムはそれに気づかず、おずおずと恥じらいながら続ける。

「ヨヅキって不思議なヤツなんだ」いつも笑ってて、楽しそうで。初めて絨毯で雲の上に連れてった時なんか、目をキラキラさせて目の前の光景に見入って、ありがとうって素直に笑ってくれて。真っ直ぐオレを見詰めて、魔法が使えないのに怖がらずオーバーブロットしたジャミルを助けてくれて。お礼にドレスやアクセサリーを用意したんだけど、それよりもまた絨毯で散歩がしたいって言って。連れてったらまた嬉しそうにありがとうって喜んでくれたんだ。


「オレ、ヨヅキのことが好きみたいなんだ」


初めて恋をした喜びに、初めて好きな人ができた歓喜に、カリムは子供のように目を輝かせて語る。それを見て、ジャミルは目を見開いて口を開ける。そして自分で聞いたにもかかわらず、そんな返答が返ってくるとは思っておらず、なぜカリムの惚気話を聞かなければならないと苛立ちを募らせる。そわそわと嬉しそうにするカリムとは正反対に、ジャミルはみるみるうちに不機嫌になっていった。

するとお手洗いに出ていた夜月が良くも悪くも談話室に戻ってきた。出ていく前の2人の様子と比べ、夜月は目を丸くして首を傾げた。元居た場所に腰を下ろし、次はデザートを食べようと言うカリムとデザートの単語に目を覚ましたグリムを横目に、あからさまに不機嫌なジャミルに目を向ける。「どうして不機嫌なんです?」と声をかければ「ふん」とそっぽを向く。隣からくるピリピリした空気に、夜月は肩を落とした。

デザートも食べ終え一息ついたところで、今度は食べ終えた食器を下げにジャミルと夜月が立ち上がった。夜月が「食器ぐらいは私が洗います」と言えば「1人じゃ持てないだろ。それに、2人でやったほうが早い」と素早くジャミルは言い放った。食器を片付けに再びキッチンに2人は戻ってきた。積み上げた食器を流し台に置いたところで、狙ったようにジャミルは口を開いた。


「カリムとキスをしたようだな」
「え。な、なんで・・・・・・」


狼狽える夜月にジャミルは「カリムに聞いたらあっさり教えてくれたぞ」と答える。それを聞き、夜月は知られてしまった事実に頬を染め片手でそれを隠すように顔を覆った。


「君は、カリムのことを好いているのか? それとも、恋人にでもなったのか?」
「恋人だなんて、そんな・・・・・・人として好きではありますけど・・・・・・」
「ほう。じゃあ君は、好きでもない恋人でもない相手に唇を許したのか?」
「ゆ、許すもなにも。突然のことで・・・・・・」


拒む暇もなかった、と夜月はしどろもどろになりながら答える。腕を組んだジャミルに見下ろされ、次々に言葉を放たれ、夜月は肩をすくませた。怒られているような雰囲気に身を縮ませる。その姿をみたジャミルは、間をおいてから深いため息を大きく吐きだした。それにビクリと肩を揺らす。


「君はもう少し危機感を持て。そう簡単に男と2人きりになるな。俺が君に何もしないとでも思ったのか」


その言葉に目を丸くして瞬きをし、呆れた顔をするジャミルを見上げた。「なにかするんですか」単純で、素直な問いかけだった。問いかけたというより、ジャミルの言葉を反復したに近い。目を丸くして見上げてくる夜月に、ジャミルはそっと目を細め口端を上げた。


「――さあ、どう思う?」


怪しく微笑んだジャミルは一歩、また一歩と夜月に向かって足を動かす。徐々に近づいてくるジャミルに比例して夜月が一歩ずつ後退る。此処は狭い場所だ。もともと夜月が立っていた場所が流し台の前だったこともあり、あっという間に夜月はジャミルの両腕に閉じ込められ身動きが取れなくなる。台所の淵に手をついて夜月を閉じ込めたジャミルは、怪しい笑みを浮かべながらゆっくりと顔を近づけた。鼻が触れ合いそうな距離まで来たところで、夜月は片手でジャミルを押し返し、抵抗らしい素振りを見せる。


「ジャミル先輩は、べつに私のことが好きなわけじゃないでしょう?」
「好きでもない相手にキスぐらいできる奴はそこら中にいるよ」


距離を取ろうと弱い力で押し返し視線を逸らしながら言う夜月に、ジャミルはフッと笑みを零す。ジャミルの放った言葉に何か言い返そうと口を開くが、言葉が見つからずに閉ざす。何も言えず、夜月は黙り込んで顔を俯かせてしまう。


「まあ、俺はどうだか知らないがな」


「え?」と独り言のように呟かれた言葉に顔を上げると、思ったよりも近くにいたジャミルに戸惑い、サッと視線を逸らす。髪から除く耳がほんのりと赤く染まっていたのを見て、ジャミルは満足そうに笑みを零した。


「ほら、さっさと後片付けを始めるぞ」
「え、あ・・・・・・は、はい」


何もせずにジャミルは夜月から離れ、何事もなかったかのように後片付けに戻る。熱を帯びた頬に気をやらず、これ以上余計なことを考えないようにと夜月はすぐさま頷き、言われた通りに食器の後片付けに手を伸ばした。普段通りにとふるまう夜月を横目に、ジャミルはそっと口端を上げた。



* * *



結局、今日も夜月とグリムは夜までスカラビアにお邪魔して夕餉まで取らせてもらった。いつものようにカリムは泊っていけと言ってくれるが、これ以上は迷惑だからと夜月は断り、グリムは閉じ込められた時の記憶がまだ浅く首を横に振った。


「またいつでも来いよ! 明日も来ていいぜ」
「また飯食いに来るんだゾ〜!」


食い意地を張るグリムにあはは、と苦笑を零す。流石に毎日来るのは迷惑すぎる。今度こそスカラビアに入り浸ろうとするグリムを止めなければ、と夜月は秘かに思う。「それじゃあ、今日もありがとうございました」お礼を告げ、夜月はお辞儀をする。笑顔で手を振るカリムを背に、スカラビアを出ようとした。すると背後から「ヨヅキ」とジャミルに名前を呼ばれ、腕を掴まれる。はい、と返事をして振り返ったその時だった。


「――――」


振り向いた顔に手を添えられ、流れるような手つきで口づけをされた。理解するのは早かった。触れられた唇に目を丸くしていると、ゆっくりと瞼を上げたジャミルがそれを見て、妖美に目を細め口端を上げた。まるで蛇に睨まれたように、身動きができなかった。やがてゆっくりと唇が離される。唇は熱を帯びていて、わずかに濡れていた。


「道中には気を付けて帰れよ、ヨヅキ」


妖艶に笑うジャミル。夜月は顔を真っ赤に染め上げ、片手で口元を覆い隠した。

一方、カリムとグリムは目の前でされた光景に大きく目を見開いて大口を開け、呆然としていた。口端を上げて見つめるジャミルと赤く顔を染め上げる夜月。何も言えず、動くこともできずに、ただ呆然を立ち尽くした。その状態から先に復帰したのはカリムだった。


「ジャ、ジャミル・・・・・・? え? えぇっ・・・・・・?!」


ゆらゆらと揺れる指でジャミルを指さし、信じられないとでもいうような顔をするカリム。それを見て、ジャミルはニヤリと口元を歪めさせた。


「もう遠慮はしないと言ったからなぁ、カリム」
「い、言った、けど・・・・・・! こんなの聞いてない!」
「そもそも、最初に手を出したのはお前だろう。お前がとやかく言う権利はないと思うが?」
「うっ・・・・・・そ、そうだけど・・・・・・」


まさかジャミルが自分の恋敵だなんて思ってもみなく、カリムは狼狽える。「いくらジャミルでも、夜月は譲れない!」ジャミルを真っ直ぐに見て宣言するカリム。「ならせいぜい頑張るんだな」ジャミルはニヤリと口元を歪めさせ、吠えるカリムを上から見下ろした。


「わ、わたし・・・・・・帰りますッ!」


口論を始めた2人の外では顔を真っ赤に染め上げた夜月がとうとう恥ずかしさに耐えられず、グリムを抱き上げてそそくさと鏡をくぐってスカラビア寮から逃げ出した。「あっ、ヨヅキ!」慌ててカリムが振り向くも、夜月はすでに鏡をすり抜けてしまった。伸ばした手は行き場をなくし、呆然と鏡の向こうを見詰める。そんなカリムを背後から見詰め、ジャミルはフッと笑い唇を舌で舐めとった。





C4後の後半ホリデー期間のお話です。厳密に言えば、C4-32の数日後のお話です。本編で書かなかったジャミルに料理を教えてもらう話とプラスαだったんですけど、プラスαがメインになった。他の話よりボリュームが大きくなってしまった。個人的にクルーウェル先生のご褒美の話と同じくらい上手く書けたと思ってます(笑)。本編でもカリムが最初に主人公に手を出しましたが、私的にスカラビアは一番手が早いと思ってる。早いと見せかけてサバナクローは遅いよ。個人的に各寮の恋愛特徴・表現を述べると、ハーツラビュルはTHE・青春/THE・思春期男子高校生な恋をすると思ってる。代表がエーデュース、トレイ先輩もなんだかんだ思春期してると思う。サバナクローは態度で好意を表現するタイプ。言葉では絶対言わないけど態度が物語ってる感じ。オクタヴィネルは行動態度2つで表現するタイプ。そして奥手。全員恋愛初心者で言葉ではまず語ってくれない。フロイドも口下手そう。そしてスカラビアは行動型。まあカリムは全身全霊で言葉もくれるけどどちらかというと行動タイプ。宴をすぐに開いたりするしね。ジャミルは今まで抑え込んでたこともあって素直に口で表現するのは苦手そう。従者っていうのもあって、好きな人にはとことん尽くすタイプだと思う。今回のお話のジャミルは気になるし好意もあるけどまだ主人公に恋愛感情があるわけじゃない。ただカリムに先こされてムッとして手出しちゃっただけ。でもこれを境にどんどんハマっていっていつの間にか自分が思ってる以上に好きになっちゃう、ていう展開です。長々と失礼しました。