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身体全身が浮遊感に襲われた。地面から足は離れ、身体は傾く。重力に従って下へと落ちていく感覚を、なすすべもなく受け入れる。下へと落ちていく身体とは反対に、視界は空を仰ぐ。そのまま夜月は水の中に落ちていった。

水の中は苦しかった。思うように動くこともできなければ、息もできない。重力で身体は川の底まで沈んでいく。落ちた際、不幸中の幸いだったのは川が深かったことだ。浅ければ落ちた時に打ち付けて死んでいた。

息ができなくて、意識が遠のいていく。ぼやけていく視界の中、力も抜けてそっと瞼を下ろす。流れに従うまま、重力に従うまま、水中の中を漂う。その時、強く腕を掴まれた。



魔法も使えない生徒が名門校に入学を許可され、そのうえ寮の監督生に任命されたことに、不満を持つ生徒は多い。理不尽にこちらへ連れてこられた夜月にとっては迷惑この上ないが、彼らが不満に思う気持ちも分かった。彼らの目を気にしていては疲れる。もともとそう言ったことを気にしたい質だった夜月は、それらを視界に入れずに過ごしていた。

そんな態度を気に入らない人はいるし、過激な人もいる。たまに強硬手段に出る生徒もいた。女である夜月が力で勝てるわけもなかった。

今だってそうだ。たまたまグリムもいなくて、エースやデュースもいなかったとき。一人で歩いている時をわざわざ狙われた。絡まれた夜月は穏便に彼らをスルーしようとするが、腕を掴まれ行くてを阻まれる。力づくて絡んでくる相手と揉めていると、遅い夜月を心配した3人がそれを見つけ、凄い喧騒で走ってきた。大声をあげて怒鳴るデュースたちの姿が見え、ほっと安心したのがいけなかった。

安心したせいで力が抜け、相手の力に押される。身体を強く突き飛ばされ、夜月の身体は傾いた。揉めた場所も、突き飛ばされた場所も悪かった。ちょうど川に橋が架かった場所だった。突き飛ばされた夜月の身体は橋の淵の向こうへ傾く。夜月も、目の前の相手も、駆け寄ってくる3人も、目を見開いた。傾いた身体はそのまま重力に従って落ちていき、次の瞬間に水が弾いた。


「ヨヅキッ!!」


デュースたちが駆け付いた時には一歩遅かった。落ちる夜月を助けようと手を伸ばしたが、指の先も掠らずに夜月は落ちていった。全身から血の気が抜ける感覚と、煮え滾る怒りが沸き上がる感覚を同時に味わった。


「テメェッ、なにしてやがるッ!!」
「ふな〜っ、ヨヅキ〜っ!」
「デュース! 今はほっとけッ! 早く下行ってヨヅキを――――」


相手の胸倉を掴みかかって今にも殴りそうなデュースに、エースは声を上げた。夜月を救い上げないと、と言葉を続ける前にエースは飲み込んだ。ふと影がかかりそちらに視線を向ければ、そこには目を見開いて真っ直ぐと目の前だけを見据えたフロイドがいた。フロイドは淵に足をかけ、そのまま何の迷いもせずに飛び込んだ。一瞬の出来事だった。

目を丸くしていると、ジェイドとアズールがフロイドの後を追ってこちらに走ってきていた。


「お二人とも、此処は僕に任せてヨヅキさんの所へ向かってください。この方は僕たちがお相手します」
「人魚のフロイドならすぐにヨヅキさんを引き上げることができます。そのあとは保健室へ」


2人の言い分に、エースとデュースは急いで頷きグリムを抱えて走り出した。2人を見送ったあと、アズールとジェイドは眼光を見開いて相手を睨みつける。「・・・・・・さて、どうしましょうか」相手は青ざめ、腰を抜かしてその場に崩れ落ちた。



* * *




「――ん」


ぼんやりとする意識の中、誰かの声がした。「――ん、――ちゃ」かすれた声が何度も聞こえる。ぼんやとした意識がはっきりしてくるのと同時に、かすれた声もはっきりと聞こえてくる。


「――ちゃん、――ビちゃん」


何度も何度も呼びかけられ、身体をゆすられる。重い瞼をゆっくりと上げた。


「小エビちゃんっ!!」
「・・・・・・あ」


ぼんやりとした視界が鮮明になっていくなか、映し出されたのはこちらを覗き込むフロイドの姿だった。人魚の姿のフロイドは焦ったような、泣きそうな顔をしている。目を覚ました夜月を見て、フロイドは息をのんだ。


「生き、てる・・・・・・」


目を覚ました夜月にほっとしたのか、フロイドはそんなことを零した。「い、きてる・・・・・・いきてる・・・・・・」うわごとのように繰り返し、ペタペタと濡れた手で夜月の顔を触れた。それから瞳いっぱいに涙をためて、ポタポタと大粒の涙を夜月の頬に落とした。


「よかったぁ・・・・・・うぅ・・・・・・小エビちゃん・・・・・・っ」


そのままフロイドは子供のように大泣きをして、夜月を抱きしめた。でもいつものような力を込めたものじゃなく、壊れ物を恐る恐るに抱きしめるような、弱弱しい力だった。抱きしめる腕は微かに震え、嗚咽を零して泣く。


「・・・・・・ありがとう、フロイド先輩」
「小エビちゃ・・・・・・」
「だから、ね。泣かないで。私は大丈夫だよ」


フロイドの背中に腕をまわし、安心させるようにトントンと叩く。抱きしめられ、夜月が喋ったことに安心したのか、フロイドは少しだけ腕に力を込めて抱きしめ、肩口に顔を埋めた。夜月は頭を抱え込むように腕をまわし、フロイドの頭を撫でた。

人間は脆い。水中で息をすることもできない。尾びれが無いから、水中でまともに動くことさえできない。血が出ただけで死んじゃう。少し傷ついただけで死んじゃう。力を込めただけで死んじゃう。脆くて弱い。守らないと、すぐにいなくなっちゃう。


「オレを置いてかないで・・・・・・」


はじめて、フロイドは失うことへの恐ろしさを覚えた。





章指定のないお話です。いつかこんな話書いてみたいなぁ、と思ったやつをフロイドで書いてみた。私の中でフロイドの話を考えると、なぜか必ずフロイドは泣いてる。何故だろう。アズールは絶対赤面してるし。オクタヴィネルはかっこいいをかけない気がしてきてます。