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Détermination


 ヒースクリフと賢者は、椅子に座ってフィガロの質問に答えるアシェンプテルの背後に立って、じっと二人を見守っていた。

 ちょうど今日で、アシェンプテルが魔法舎に来てから一ヶ月が経った。此処に来てから数日おきにフィガロによって行われていた彼女の経過観察は、とうとう今日で終わりを告げる。それを、療養としてアシェンプテルを魔法舎に誘った賢者とこの約一ヶ月間長く彼女と過ごしたヒースクリフが見守っていた。


「それで、どうですか?」


 診察と質疑応答を終えたフィガロに、賢者が尋ねる。フィガロは腕を組んで、難しそうな顔をした。


「うーん、やっぱり長くウブリの花の影響を受けすぎてたからね。回復の見込みは難しいかな」
「そんな……」


 それを聞いて、賢者は思いつめるような表情をした。

 もともと彼女の回復の見込みは低かった。期間もたった一ヶ月間なのだから仕方がない彼女の記憶喪失の原因が『ウブリの花』の影響と分かっただけお手柄というものだ。

 ヒースクリフはそっとフィガロと向き合うように座っている彼女に視線を向けた。彼女は落ち込んでいる様子も無く、ただ黙って事実を受け入れている。


「ヒース、きみは彼女とずっと一緒にいたんだろう。きみから見て彼女の記憶はどうだい?」


 すると、ふいにフィガロがヒースクリフに視線を向けた。まさか自分に向けられるとは思わずヒースクリフは目を丸くしたが、すぐに気を取り直して今までのことを思い出しながらフィガロの問いに答えた。


「俺が知る限り、次の日まで覚えていたことは無いかと……やっぱりノートを手掛かりにしないと」
「だろうね」


 そう言ってフィガロは頷く。ちらり、フィガロの視線が落ち込んでいる賢者に向いた。そうして、いくらか沈んだ場を持ち上げるように軽くフッと笑い「まあ、今後も回復しないとは言い切れないってことだけは言っておこうか」と続けた。その言葉で、落ち込んでいた場の空気がいくらか軽くなる。


「あくまで、今回は一ヶ月程度だったからね。数年かければ回復する可能性も無くはないよ」


 ね、とフィガロが愛想よく笑う。それを向けられたアシェンプテルは、目をぱちぱちと瞬きをさせてそっと静かに微笑みながら、はい、と頷いた。

 その笑顔には、落胆もなければ期待もなかった。諦めているわけではなくて、彼女だって治せるかもしれないと思ったから魔法舎に滞在することを決めた。けど回復の見込みが無いからと言って、悲しむ理由にはならない。彼女は最初から自分と向き合えていたし、それを悲しむことも卑下することもなかった。最初から彼女は、自分を自分として受け入れて生きているのだ。


「アーシェン、ごめんなさい……力になれなくて」


 賢者がそう言うと、アシェンプテルは驚いて目を丸くした。まるで自分のことのように落ち込む賢者を見て、自分のことを思ってくれるのが嬉しくて、アシェンプテルは心からの笑顔を浮かべた。


「いえ、気になさらないでください、賢者様。私はちっとも気にしていません。確かに忘れてしまうのは寂しいけど……悲しくはないんです。私は大丈夫ですよ、賢者様」


 ありがとうございます、と彼女は嬉しそうに頬を緩ませた。それを見て、落ち込んでいた賢者もつられて微笑む。すると二人はくすぐったくなったのか、二人して、ふふ、と笑い合った。それがなんだか姉妹みたいに見えて、フィガロはうんうんと頷いた。なんだか父親みたいだ。

 そんななかヒースクリフはそっと静かに視線を逸らして、人知れずぎゅっと胸元で拳を作った。





 フィガロの部屋を出てアシェンプテルを部屋に送りとどけたヒースクリフは、駆け足で賢者の姿を探した。


「あの、賢者様!」
「ヒース、どうかしましたか?」


 廊下を歩く賢者の後姿を見つけて声をかければ、賢者は不思議そうな顔をして振り返った。賢者の前まで駆け寄って、足を止めて息を整える。そうして改めて賢者と向き合えば、賢者は首を傾げた。


「あの……アーシェンのことなんですが」


 ヒースクリフがそう口火を切って続ける。


「今後、彼女をどうするつもりですか?」


 アシェンプテルは、一ヶ月間の期間付きで魔法舎に迎い入れられた。それが過ぎてしまった今、今後の彼女のことを考えなくてはいけない。それがアシェンプテルを迎い入れた賢者やヒースクリフたちの役目だろう。

 賢者は顎を指で挟んで、考え込みながら続けた。


「いつまでも魔法舎に置いておくことはできませんし……誰か、彼女を引き取って面倒を見てくれる人を探してみようと思います」

 それが妥当な提案だろう。一日しか記憶を保てない彼女がひとりで生きていくのは難しい。誰かがそばで彼女のことを見ている必要がある。ノートの書き残しを頼りにしていても限度があり、また今回のように書かれていたことを頼りにどこかへ行ってしまうことも考えられる。それは、一度彼女の身を預かった者として見過ごせないことだった。

 それを聞いて、ヒースクリフはぎゅっと拳を握りながら真剣な表情で声を上げた。


「あのっ! その件についてですが――俺に全部任せてはくれませんか」