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Je vous aime


 窓から差し込む太陽の日差しと頬を撫でる生温い風に、目を覚ました。ぼんやりと瞼を開けると、空いた窓から吹かれる風に揺られて靡くカーテンが視界に入る。窓の外からは小鳥のさえずりも聞こえて来て、穏やかな朝だった。

 のそのそと身体を起こして、辺りを見渡してみる。部屋は広くて、部屋にある家具や調度品は洗練されたもので、まるでお城のなかに住んでるみたい。そんな部屋で、アシェンプテルは広々としたふかふかのベッドの上で目を覚ました。

 見慣れない場所に、覚えのない肌触りの良い寝間着。アシェンプテルは状況がつかめず、きょろきょろと部屋を見渡した。すると、部屋の向こうから話し声が聞こえて来て、すぐに扉が開かれた。


「あ、起きた? おはよう、アーシェン」


 部屋に入ってきたのは、金髪に青い瞳を持ったとっても綺麗な男性だった。その人は私に気づくと、優しく目元をやわらげて微笑みかけてくる。笑った顔もとても綺麗で、なんだか温かくてくすぐったい。

 朝食が乗ったプレートを持ってベッドに近寄ると、その人はプレートをベッドに備え付けたデスクにそれを置いて、隣に腰を下ろした。それからプレートに乗ったティーカップを持って、こちらに振り向く。


「あ、あの……」
「はい、これ。寝覚めのホットミルクティー。貴女は甘いのが好きだから」


 そう言って差し出されたティーカップを見つめ、その人を見上げる。彼は変わらず微笑んでいて、それに戸惑いながら「あ、ありがとうございます……」とそれを受け取って一口飲み込む。身体が温まってほっと息をこぼすと、彼は「美味しい?」と尋ねてきた。それにこくこくと頷くと、よかった、と言って手を伸ばして指で髪を耳に掛けた。それがくすぐったくて、思わず肩をすくませる。


「あの……貴方は……」


 見覚えのないその人に尋ねれば、彼はフッと綺麗に微笑んで改めて向き直った。


「はじめまして、俺はヒースクリフ。貴女の婚約者です」


 胸に手を当てて、お辞儀をするみたいに少しだけ上半身をかがめる。どうぞヒースと呼んでください、と彼は続けて微笑むけれど、アシェンプテルは目を丸くして瞬きを繰り返していた。


「婚約者……?」
「はい」


 ヒースクリフははっきりと頷く。

 彼は婚約者だと言うけれど、その覚えも無ければ彼のこともなにも覚えていない。戸惑うばかりの私に、ヒースクリフは腰を上げると棚から一冊のノートを取り出して、それを渡してきた。


「これが、今まで貴女が付けていた日記です。それに今までのことが書き留められています」
「私の……」
「ええ。まだたくさんありますよ」


 そう言ってどこか嬉しそうに笑うヒースクリフに首を傾げる。そっと彼がノートを取り出した棚に視線を向けてみると、同じような背表紙のノートのがずらりと並んでいた。きっとこのノートと同じ、私の日記なのだろう。

 ペラペラとノートを開いて、そこに綴られた文字を追う。最初のページには、自分が一日で記憶を失くしてしまうことが簡潔に書かれていて、以降は毎日その日に感じたことや過ごした事柄を詳細に綴っていた。私の知らない、私の思い出だった。読んだだけで、どれもこれもに幸福を感じた。そして愛しさも詰め込まれていた。

 ふと、隣にいるヒースクリフを見上げる。彼も一緒にノートを覗き込んでいて、こちらの視線に気づくとそっと微笑んでくる。


「ごめんなさい……私、なにも覚えてない……」


 愛しそうに私を見つめてくる彼に申し訳なくなって、思わずそんな言葉を零した。けれど彼は、いいえ、と首を振って、優しく手を握り込んできた。それに驚いているともう片方の手を頬に添えられて、視線が合うように優しく持ち上げられる。


「どうか謝らないで。俺はそれを分かって貴女と一緒になりました。俺が貴女を好きでいることに変わりはありません」


 真っ直ぐに、彼はそう言って伝えてくる。そこには嘘も偽りもなくて、強い意志の言葉に、その逸らすこともできない眼差しに、彼の純粋な感情がすべてのっていた。

 ヒースクリフは彼女を見つめたまま、それに、と言葉を続け目を細める。


「また俺を好きだと思わせれば良いだけの話です」


 にこりと微笑んだヒースクリフは、そのまま顔を近づけてアシェンプテルの額にそっと口づけを落とした。名残惜しさを感じながら距離を取って彼女を見つめれば、彼女は頬を染めていて、ヒースクリフはそっと笑みを零す。


「愛してます、アーシェン。今日も貴女との新しい思い出を作りましょう。そしてまた、どうか俺に恋してください」


 どきり、とアシェンプテルの鼓動が高鳴った。

 その愛しんだ眼差しに、その愛の囁きに、触れた手の温もりに、綴られた貴方との思い出に。私は貴方に恋をしていた。









――『Goodbye Hello My lady』END.