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Tension


「お帰りなさい、ヒースクリフ、シノ」
「ああ、今帰った」
「ただいま戻りました、賢者様」


 ヒースクリフとシノは予定通り魔法舎を発った二日後に戻ってきた。事前に帰りの知らせを聞いていた賢者とファウストそしてネロは玄関前で二人を出迎え、無事を確認する。ヒースクリフの表情は明るく、シノも上機嫌な様子を見て、出迎えた三人はほっと胸を撫でおろした。


「お帰り、ヒース、シノ」
「お帰り。こっちはなんの問題も無かったぜ」


 ファウストとネロがそう言えば、ヒースクリフはよかったと表情をやわらげ、シノは機嫌が良いまま片手に持った箱をずいっとネロの手前に差し出した。


「ネロ、奥様がレモンパイを焼いてくださった」
「お、良いね。んじゃ、さっそく切り分けるか」


 以前から話に聞いていたヒースクリフの母親の手作りレモンパイを受け取ると、ネロは「じゃあ、今日の三時のおやつはこれな」と言って足先をキッチンへと向けた。その後をシノも付いて行き、他のみんなも自然と二人の後を付いて行った。

 ふと、ヒースクリフがきょろきょろと辺りを見渡した。姿が見えないアシェンプテルが気になって、ヒースクリフは前を歩くファウストとネロの背中に投げかけた。


「あの、アーシェンは?」


 すると二人は足を止めて、くすりと笑って振り返った。


「彼女なら、すぐ近くまで来ていると思うが」
「ヒースに会うのが楽しみ過ぎて緊張してるんだと」


 ずっとヒースの話をしてたぜ、とネロが笑う。

 それを聞いてヒースクリフはきょとんと目を丸くしたあと、今すぐに彼女に会いたい、という感情がじわじわと溢れ出てきたのを感じた。


「お、俺! ちょっと行ってきます!」


 すぐさまヒースクリフは駆け出した。後ろ背にネロやシノの声が聞こえた気がしたけど、それに立ち止まっている余裕はなくて、ヒースクリフは夢中で彼女の姿を探した。

 近くにいると言っていたけど、何処にいるだろう。廊下を駆け足で走りながら視線をきょろきょろと見渡して、彼女の姿を見逃さないように隅々まで見やる。すると、ちょうど廊下を曲がったところで彼女の姿を見つけた。背中を向けて、なにかを悩むように行ったり来たりと足踏みをする。


「アーシェン!」
「――!」


 彼女を見つけてすぐ名前を呼べば、彼女はびくりと驚いて振り返り、目を丸くした。彼女は自分のことを覚えていないから、声が大きかったのもあって、驚いたのだろう。

 彼女の前まで駆けよって、膝に手をついて息を整える。そんなに走ってないはずなのに、気持ちが先走っていたせいで息が切れきれだ。そうして改めて向き合うと、少しのあいだ顔を合わせていなかっただけなのに緊張して、いつもの合言葉もすっかり頭から抜け落ちてしまった。


「あ、えっと……」
「貴方がヒースクリフ?」
「――!」


 自分が言うよりも先に、彼女はあの時のようにそう言ってきた。じっと見上げてくる瞳は真っ直ぐで、どこかそわそわしている様子は子供みたいで。ヒースクリフはフッと微笑んで頷いた。


「……はい。俺がヒースクリフです。はじめまして」


 喜びをかみしめながらしっかりと頷く。彼女はそれを見てぱっと表情を明るくさせると、照れ臭そうに笑顔を浮かべた。


「は、はじめまして、ヒースクリフ。私、貴方のことがたくさんこれに書かれていたから、貴方に会うのを楽しみにしていたの」


 そう言って、彼女はノートを掲げて見せた。それに書かれた姿も知らない名前だけが記された自分のことを思って、会いたいと思ってくれる彼女が嬉しくて、ヒースクリフは愛しさを滲ませた眼差しでそっと目を細めた。


「俺も、また貴女と会って話すのを楽しみにしていました」


 ヒースクリフがそう言うと、アシェンプテルは瞬きを繰り返してそれから、ふふ、と子供っぽく笑んだ。


「ふふ、おそろい」
「うん、そうだね」


 なんだか嬉しい、と零す彼女。それはヒースクリフも同じだった。お互い離れていても同じことを思って過ごしていたなんて、その事実だけでこんなにも舞い上がってしまう。単純だとも思うけど、嬉しいことに変わりはない。


「あ、そうだ。今からみんなでレモンパイを食べる話になっていて、良かったらアーシェンも一緒にどうかな?」
「レモンパイ? とっても美味しそう」


 それじゃあ行きましょう、と差し出した手に小さな手が触れた。






 食堂に着けばちょうどネロが切り分けたレモンパイと紅茶を用意していて、後から来たヒースクリフとアシェンプテルもシノたちに混ざってテーブルについた。左からシノ、ヒースクリフ、アシェンプテルと並んで席に着き、テーブルを挟んでネロ、ファウスト、賢者と向かい合う。テーブルに出された、綺麗にカットされたレモンパイは見るからに美味しそうで、どこかきらきらしているようにアシェンプテルには見えた。

 談笑をしながらおやつを食べるなか、ヒースクリフは実家に帰っていたあいだにあったことをアシェンプテルに話した。それはアシェンプテルも同じで、お互いにお互いが居なかったあいだのことを話し合う。それは二人にとっては、ヒースクリフにとっては、いつも繰り返していることで特別なことはなかったが、その様子を眺める賢者たちにとっては微笑ましい光景だった。

 そのとき、ふとアシェンプテルが首を傾げた。


「そういえば、ヒースはどんな用事で実家に帰っていたんですか?」


 純粋な疑問に、ヒースクリフは身体を強張らせて唇をきゅっと結んだ。

 ヒースクリフはアシェンプテルに、急な用事で実家に帰ることは伝えていたが、それがいったいなんの用事であるかは伝えていなかった。アシェンプテルにとっては素朴な疑問だ。けれど、それを此処で伝える勇気はヒースクリフには無かった。


「あー……それは……」
「ふふん、言ってやれよ、ヒース。どうせ遅かれ早かれ言うんだろ?」
「ちょっと、余計なことしないでよ、シノ」


 ずっと上機嫌のままのシノがにやにやと笑いながら口を挟んできた。それをヒースクリフが咎めれば、シノは余計ににやにやと頬を緩まして、ヒースクリフはぐっと言葉に詰まる。そっとシノから隣のアシェンプテルに視線を移せば、彼女はきょとんと目を丸くして自分を見上げていて、ヒースクリフは左右に視線を逸らしてから真っ直ぐとそれを見つめかえした。


「あ、その……大事な話、だから……あとで改めてその話をしても良い、かな……?」
「……? もちろん!」


 頬をほんのりと染めて言うヒースクリフに、意図が察せないアシェンプテルは首を傾げるも笑顔で頷く。ヒースクリフはほっと安堵の息を零して、誤魔化すように笑みを浮かべた。それでこの話題は一度持ち越しになって、アシェンプテルはあらためてフォークで刺した一切れのレモンパイを口に運ぶと、美味しいですね、と綻ばせた。ヒースクリフは、そうですね、と笑って、二人は自然と笑い合った。


「ふふん、ヒースも男になったな。俺は誇らしい」
「ちょっと、本当にやめてよ……」
「どうしてだ、俺は心底嬉しいぞ」
「もう! 本当にやめてってば!」


 けれどシノの口は止まらず、ヒースクリフは顔を真っ赤にさせてついに椅子から立ち上がった。この様子では、シノが黙ることは無さそうだ。不安になりながらちらりとアシェンプテルを見やれば彼女は小さく笑っていて、それに恥ずかしくなりながらも、笑ってくれるならいいか、と思えたのは、全部彼女のせいだ。

 それくらい、彼女のことを想ってる。