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Vous voulez danser ?



 一言で言って、ダンスパーティーは大成功した。

 貴銃士と一般生徒たちとの交流を目的としたダンスパーティーに、主役として踊るナイトを任せたエルメとのダンスを終えて、マスターはほっと安堵の息を零した。一時はエルメのやる気消失にどうなることやらと思ったが、なんとかエルメのやる気も戻り、この通りダンスは無事に終えることができた。一般生徒や貴銃士たちから送られた拍手に、練習を頑張ったかいがあったと心から思えた。アシスタントを任されていたタバティエールに至っては感極まった様子でいた。それもそうだろう。

 主役のダンスを終えれば、一般生徒や貴銃士も混ざってダンスを楽しんだり、食事を楽しんだり、会話を楽しんだり、みんなそれぞれパーティーを楽しんでいる。エルメに至っては、一般生徒に囲まれて順番にダンスをしていた。

 そんな様子を眺めながら、マスターは会場の隅に立って貴銃士たちや一般生徒たちの様子を見ていた。


「はい、どうぞ」


 その時、声と共にジュースが入ったグラスが視界に入り込んだ。

 顔を上げれば、二つグラスを持ったシャスポーがにこりと微笑んで、こちらにグラスを差し出していた。


「ありがとう、シャスポー」
「どういたしまして」


 受け取れば、シャスポーは嬉しそうに頬を緩めて、隣に並ぶように身体を寄せた。

 ダンスで喉が渇いていたのか、ジュースを飲むと喉が潤って、それと一緒に身体の力も抜けてほっと息が漏れた。


「踊っている君はとっても素敵で、綺麗すぎて目を奪われたよ。隣で踊るエルメが羨ましくてたまらないよ」
「そんなことないよ。でも、ありがとう。嬉しいよ」


 シャスポーはそう言って、ダンスのことを誉めてくれた。これでもかというほど賛辞を並べて、恥ずかし気も無く素直に言葉にして伝えてくるものだから、なんだか照れ臭くなってしまい、思わず肩をくすめた。


「シャスポーは踊らないのかい?」


 話を逸らそうとして、シャスポーにダンスパーティーの会場を指しながら聞いた。

 シャルルヴィルやグラースは何人かの一般生徒と躍っているようだ。タバティエールは踊ってはいないが、一般生徒と会話をしているようだった。貴族社会の中心にしばらくの間いた彼らは、やはり一番人とのコミュニケーションが得意なのだろう。

 問われたシャスポーは、ああ、と少し申し訳なさそうにしながら話した。


「僕は、君以外とは踊りたいと思えないから」


 だからいいんだ、とシャスポーは続ける。


「それじゃあ本末転倒だ。これは君たち貴銃士たちとの交流会なんだから」


 私以外とも交流してくれないと、と明るく笑いながら言うが、シャスポーはどこか納得がいかないような様子で頷く。


「うん、わかってるよ。でも、僕は特別君以外の人と仲良くしたいわけでも、交流を深めたいわけでもないんだ」


 シャスポーも理解していた。どうしても貴銃士の存在は、人間から遠巻きにされがちだ。それは、存在や七年前の革命のこともあるから、仕方のないことだ。それでも自分たちのことを考えて、少しでも居心地を好くしてくれようとして、教官たちやマスターがこのダンスパーティーを開いてくれた。理解している。自分たちのことを想ってくれるマスターの気持ちに応えたいとも思う。けれどシャスポーにとって大事なものはマスターだけであって、他の人は正直なところどうでも良かったのだ。


「もちろん、マスターのためにも他の人との友好な関係は保つけど。でもそれ以上は必要ないんだ」


 必要以上の関係は要らない。マスターの不利益にならないぐらいの、一定の友好だけで十分だ。

 マスターの好意に応えたいけれど、自分の心情にそれが付いて行かない。それを申し訳なさそうにしながらも、嘘偽ることなく素直に吐き出すシャスポーに、マスターは「そっか」と微笑んで頷いた。


「まあ、人それぞれ意思があるから、強いるようなことはしないよ」


 シャスポーがしたいように生きればいいよ、とマスターは続ける。

 貴銃士は銃であるけれど、人の形を得て、人の身体と心を持っている。意思がある。厳密に人間であるかどうかなんて関係なく、意思があるものとして、生きている人として、その思いは尊重すべきだ。

 優しく微笑んで、好意に答えられなくてもそれでも自分のことを尊重してくれるマスターに、シャスポーは胸が温かくなった。それと同時に、ますますマスターのことが好きになって、より一層その存在が愛しく思えてくる。彼女がマスターで良かった、と心からそう思えた。


「ねえ、マスター。手を貸して?」


 おもむろに手に持っていたグラスをそっと奪い去って、近くのテーブルにそれを置くと、シャスポーはそう言って手を差し出した。

 その行動の意味が分からず首を傾げながらも、言われた通り差し出された手に自分の手を乗せる。するとシャスポーは親指で手の甲を撫でると、そのままその場にしゃがみ込んで、そっと握った手を引いた。

 手の甲に、柔らかい感触が触れた。

 感触が離れると同時に、リップ音がする。そこで、口付けられたことに気づいた。

 こういうことには慣れていない。それに加えて、シャスポーの立ち居振る舞いは、まるで絵本に出てくる王子様そのもので、なんだか恥ずかしくなってしまう。頬に熱が集まるのを少し感じる。注目というほどではないが、少なからず周りから視線を集めているのも肌で感じる。

 ほんのりと頬を赤らめて、戸惑いながらも視線を逸らさずに自分を見つめてくれる彼女に、シャスポーはふっと口元を緩めた。


「僕と一緒に踊ってくれませんか」


 ――君の隣に立つ栄誉を、僕にちょうだい。マスター。




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