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C'est un secret.



 ここ最近、ほぼ毎日のように繰り返していることがある。


「やあ、マスター。今日も素敵だね」


 食堂に足を踏み入れたところで、後ろから声をかけられる。振り向けば、愛想の良い笑顔を浮かべるグラースが、熱い視線を向けて立っていた。


「よかったら、今夜一緒に食事でもどう?」


 ネコを被った時の甘い猫撫で声で、グラースはいつものように食事に誘った。

 ここ最近、このやり取りずっと繰り返している。


「夜景はもちろん、ディナーも最高級の三ツ星レストランだよ」


 グラースはそう言って、誘ってきたレストランについて話し始めた。

 夜のレストランの楽しみの一つは、綺麗な夜景を眺められること。昼間とは違う景色を一望でき、それをゆっくりと楽しんで食事もできることが、重要なポイントであるらしい。


「ワインを一緒に飲みたいところだけど、君はあまりお酒を飲まないから、ノンアルコールを用意してあるところにしてみたんだ」


 最初時はおすすめのワインを進められたが、飲酒はしないと言ってからは、ノンアルコールを提供できる場所へ誘ってくることが多くなった。

 その気遣いは嬉しいが、今回も同じセリフを言って首を振った。


「ありがとう。でも、今回も遠慮しておくよ」


 すでに何度も誘われて、そのたび食事を断っている。すぐに諦めて他のところへ行くと思ったが、断られっぱなしは、どうやら彼のプライドが許さないらしい。

 断れば、グラースはだんだんと甘い笑顔を歪ませ、不満そうに唇を尖らせた。


「いったいなにが不満だって言うんだ。フランスじゃ予約を取るのも一苦労な高級レストランだっていうのに」
「美味しそうだとは思うけど、どうしても気後れしてしまってね」


 グラースが誘ってくるのは、いつも高級レストランだ。一般市民や学生では到底手が出せないような場所に行くのは、なんだか身に余ってしまう。いくら任務に参加していて給料が出ていると言っても、身の丈に合わない。

 いつものように断られると、グラースは不機嫌そうにこちらを睨みつけて踵を返した。


「フン。あとで行きたいって言っても連れてってやんないからな」


 そう言って、すぐさま目の前から立ち去って行くのも、毎度のことだ。







 そしてしばらく経って、それはまたやってきた。


「やあ、マスター。今日こそは僕と食事に行ってもらうよ」


 グラースはまたネコを被って食事に誘ってくる。けれど今回はいつもと違い、その笑顔に自信が現れていた。


「今回は君の好みに合わせてグレードを落としてみたんだ」


 そう言って、グラースが自信満々に笑みを浮かべる。その様子に苦笑をしながら、どんなところ、と聞けば、グラースはにやりと口角を上げて、今日のレストランについて話し始めた。それを頷きながら聞けば、グラースは増々笑みを深める。


「これなら君も文句無いだろう?」


 自信満々に話す彼に申し訳ないと思いつつ、またいつものように首を振った。


「悪いけど、今回も遠慮するよ」
「なっ・・・・・・!?」


 途端、繕っていた笑顔はみるみるうちに崩れ、いつもより増して一層不機嫌に顔を歪める。


「なんでだよ! お前が気後れするって言うから、ワンランク落としたじゃねえか!」
「初期位置が高すぎて一つくらいじゃ変わらないよ」


 グラースの言う通り、彼はこちらの要望に応えてレストランのグレードは落としたが、最初から頂点にあったために、グレードがオチらところで高級に変わりはなかった。それを指摘すれば、グラースは納得がいかないと言わんばかりに眉を吊り上げる。


「・・・・・・じゃあ、おまえはどんな場所なら納得するって言うんだよ」
「ほんと、普通なところで良いんだよ。どこにでもあるようなさ」
「・・・・・・たとえば」


 こちらを睨んだまま、具体例を尋ねるグラース。
 頭の中で自分が好む場所を思い浮かべて行く。それを口頭で説明しようとしたところではっと止まり、今度は自分がグラースに尋ねた。


「そうだ。グラース、来週末になにか用事は?」
「・・・・・・なんだよ」


 不満そうにしたまま、怪訝そうにこちらを窺うグラースに、にこりと笑って続ける。


「用事がないなら一緒に出掛けよう。そこで私のお気に入りの場所に連れて行ってあげる。そしたら、君に私の好みを教えてあげられるだろう?」


 自分は好きな場所へ行って食事ができ、グラースに自分の好みを教えられるし、一緒に食事もできる。一石二鳥だ。
 
すると、グラースは目を丸くしてこちらを見下ろした。何度誘っても断られるから、まさか向こうから誘ってくるとは思わなかったのだ。やがて丸くしていた目を細め、疑り深く彼女を見つめた。


「ふたりでか?」
「そのつもりだけど。嫌ならシャスポーでも誘ってみようか?」


 そう聞くと、グラースは「ふぅん」と零して、しばらくこちらを見下ろした。すると、徐々に口元に笑みを浮かべて、いつもの様子に戻って行く。


「仕方ないから一緒に行ってやるよ。間違ってもシャスポーを呼ぶんじゃねえぞ」
「はいはい」


 強く釘をさすグラースに苦笑しながら返事をして、それじゃあ後日に、とその日はその場で別れた。

 しかし、毎日学校の授業や訓練や任務に追われていれば、あっという間に来週の週末の日はやってきて、とうとうグラースと約束を舌日を迎えた。事前に二人分の外出届を出していたから、問題はない。
 さっそく出掛ける準備をして、士官学校の制服ではなく私服に着替える。こうして私服に着替えるのは久しぶりだ。そろそろ待ち合わせの時間であることを確認して、外へ出る。途中で、一緒について行く、と離さないマークスやシャスポーに掴まったが、なんとかライク・ツーとタバティエールの協力で抜け出すことができ、やっとの思いで待ち合わせ場所にたどり着く。


「僕を待たすなんて、良い身分だな」
「ごめん、マークスとシャスポーに捕まって・・・・・・」
「ま、だろうな」


 分かっていたようにグラースはそう言って鼻で笑った。

 そもそもマークスたちにはグラースと出かけるとは話していなかったのだが、予定を知っていたということは、きっとグラースが揶揄って教えたのだろう。まったく困ったものだ。

「で、これからどこに行くんだよ」
「ああ、まずはバスに乗って街に降りよう」


 まずは街に降りないと話にならない。士官学校は、少しばかり街とは離れた場所にある。敷地も広いし、士官学校が街中にあるのは、街の人も落ち着かないだろう。

 士官学校から出ているバスに乗って、街へ降りる。相変わらず街は人で溢れていて、賑やかだ。今日は休日であるから、なおさら人が多い。そのまま前を先行して、目的地に向かって歩き出す。後ろを歩くグラースは黙って先行する自分に付いていたが、しばらく歩き続け、人混みもだんだんと減ってくると「おい、まだ着かないのか」と痺れを切らして聞いてきた。それに、もう少しだよ、と何度か諫めたあと、ようやく目的地にたどり着く。


「此処だよ」
「は、此処?」


 すっかり人の気配も減って、こじんまりとした場所にある、小さな店を指さす。そうすれば、グラースは目を丸くして聞き返した。


「はは、予想外だった?」
「此処、本当にレストランか?」
「レストランって言うより、カフェかな」


 グラースの想像していたものとは全く違うものに、思わず呆然とする。そんなグラースの手を引いて、開いているのかもわからない扉に慣れた手つきで彼女は入って行った。

 レストランというよりカフェの内装は、煌びやかではないが落ち着きがあって、心地好さがあった。客も一人か二人ぐらいで、席やテーブルも少なく、小さい。店は、店主とウェイターの女性がひとりしか居なかった。

 店に入って彼女が手を上げて挨拶をする、そのまま店内を進んで、奥の席に着いた。


「グラースは何を食べる?」
「おまえはどうすんだよ」
「私は、もういつもので決まってるから」
「なら、僕もそれでいい」


 そう言うと、今度は彼女が目を丸くして「好きな物でいいんだよ」と口にした。「おまえの好みを知るために来てんだ、なら一緒のもん食った方がいいだろ」そう答えれば、彼女は「そっか」と少し嬉しそうに笑った。

 ウェイターを呼んで、いつものをふたり分、と言えば、ウェイターは頷いてニヤニヤとした笑顔で彼女を小突いた。


「この人があんたの恋人? 素敵な人じゃん」
「・・・・・・恋人じゃないよ」


 恋人≠ニ言われるとは思っていなかったのか、彼女は驚いて目を丸くしたあと、そう言って困ったように笑った。ええ、とウェイターが驚くと「あんたが『連れてきたい人がいる』って言うから、絶対そうだと思ったのに」と項垂れた。それを聞いてグラースは、へえ、と口角を上げた。その様子を見た彼女が少し恥ずかしそうに、勘違いだ、と続ければ、ウェイターは「勘違いもするよ」と続けた。


「だってあんた、男はおろか友達だって連れてきたことないじゃない。いつも一人でさ」


 それを聞いて、今度はグラースが驚いて瞬きを数度した。

 ウェイターが残念そうに席を離れていくと、ようやく落ち着きを取り戻して、彼女はほっと息をつく。


「誰も連れてきてねえのか?」


 ウェイターが言っていた言葉を聞き返すと、彼女は素直に頷いた。


「ほら、自分の好きな物って誰かと共有もしたいけど、独占もしたくなるだろ?」


 そう言って笑う彼女は、少し子供っぽかった。


「それに、君となら良いかなって思って」


 グラースは動きを止めて、思わず彼女を見つめた。


「だから、みんなには内緒ね」


 ふふ、と彼女はそう言って悪戯っぽく唇に人差し指を立てて笑んだ。
 その笑顔が少し、悔しかった。







 食事を終えて、店を出たころはちょうど昼過ぎあたりだった。


「どうだった、私の好みは分かった?」
「まあな」


 下から覗き込んでくる彼女に、グラースは少し不服そうに頷いた。

 彼女が好むものは、本当に一般的な料理と場所で、特別性はあまりない。決して食事が不味いわけではないが、素朴だ。到底、自分では選びそうにない。


「本当はまだまだ好きな場所があるんだけど、一日で行くのは大変だからね」


 だから一番お気に入りの場所を厳選したんだ、と彼女は嬉しそうに語った。自分の好きな物を共有できて、少なからず楽しいのだ。

 それを聞いたグラースは、少し考えこんでから、にやりと笑んで口を開いた。


「ならそこにも連れてけよ。おまえの好みを教えてくれるんだろ? だったら全部僕に教えろ」


 てっきり自分の好みには合わないと文句を言うかと思えば、その逆のことを言われる。「・・・・・・結構数があるよ」驚いたまま窺うように言えば、グラースはフッと笑って「いいぜ、付き合ってやる」と上機嫌に言った。

 それが少し、嬉しかった。


「グラースが良いなら、また一緒に出掛けようか」
「そうこねえと。おまえの好きな場所を行き終えるまでは、毎週僕とデートだ。もちろん、いいよな?」
「任務が入らない限りね」


 毎週の楽しみが増えたな、と秘かに思ったのは、私だけの秘密だ。




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