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第一話


 僕ひとりを残して石になって砕けた彼女を呪った。
 僕だけを生かして僕を置いて逝った彼女を恨んだ。
 満足そうに笑いながら死にゆく彼女が許せなかった。

 あそこで終わって良かった僕を生かしておいて、生きて欲しかった彼女はひとりで死んでしまった。ひとりで逝くくらいなら、僕も一緒に連れて行って欲しかった。僕にはもうなにも無いのに、僕はもう終わりたかったのに。それでも彼女は、僕を生かしてひとりで死んでしまった。

 許せなかった。

 僕は死にゆく彼女にありったけの呪詛を吐き出した。ひとりで死のうとする彼女に、僕を残して逝く彼女に、満足そうにその幕を下ろす彼女に。僕は思いつくだけの呪いめいた言葉を彼女に吐き出した。

 そして空しくも、彼女は僕の腕の中で石になって砕け散った。

 きらきらと輝く彼女だったものは、ころころと地面に転がって、僕の腕の中から零れ落ちていく。もう彼女の姿が見えない。もう彼女の面影すらない。でも、ただの石と化したそれを見れば、これが彼女なんだと理解できてしまった。

 僕は泣きながら砕け散った彼女を拾い集めた。欠片となった彼女の一つすら零れ落ちないように、大事に大事に腕の中に閉じ込めて、どこか温もりを感じる石を、腕の中に抱えて蹲った。

 生き残った僕はその後、東の国に住み着いた。人が立ち入らない森の奥に引きこもって、なにをすることも無く、じりじりと痛む身体を癒しながら時間が過ぎるのを待った。

 手の中には、いつも石となった彼女を握っていた。最後の形見であるかのように、僕はそれに縋った。けれど分かっている。これは形見じゃない、亡骸だ。それを分かっていながら、僕は葬ることもせず、今だけは、と願って縋り続けた。

 しばらくして、傷も癒え東の国での生活も慣れた頃。ようやく僕は、砕けた彼女を手放そうと思った。

 彼女はもう死んでしまっている。いつまでもその亡骸を、僕が持っているわけにはいかない。彼女は葬られ、安らかに眠るべきだ。それが、ひとり生き残った僕ができる彼女への唯一の弔い方だと思った。だから僕は、大切に持ち続けた石をあるべき場所へ返そうと持ち出した。

 けれど――僕は手放すことができなかった。

 何度も手放そうとして、土に埋め、川に流し、炎に焼べようとした。でも結局最後には、石を両手で抱きしめて、その場に蹲ることしかできなかった。

 僕は彼女を手放せなかった。

 それを何度も繰り返して、時間だけが過ぎ去って行き、彼女を手放すことすら諦めた頃――彼女が現れた。


「おはよう、ファウスト」


 そう言って笑いかける彼女は、生前の彼女そのもので。声も、姿かたちも、彼女となにひとつ変わらなかった。

 気が付けば、僕は泣きながら彼女を抱きしめていた。縋るように腕の中に引き寄せて、もうなに一つ手放さないようにと強く強く抱きしめる。そんな僕を、彼女はおかしそうに笑いながら抱き返してくれた。

 その温もりが、たとえ血の通わない死人のように冷たくても、僕は――心から嬉しかったんだ。

 最初の頃はなにひとつ疑わなかった。本当に彼女が僕のもとへ帰ってきてくれたのだと思い込んだ。けれど、彼女と過ごす日々を重ねていくうちに、僕は目を覚まさせざるを得なかった。

 声も、姿かたちも、全て彼女そのものなのに。彼女ではないことを突きつけられる。

 彼女は、よく笑う人ではなかった。いつもムッとした表情をしていて、眉尻を下げて困った顔をすることの方が多かった。けれど時々、ふとした時に優しく微笑む。

 彼女は、物腰が柔らかい人ではなかった。いつも真っ直ぐに相手を見つめて、はっきりと物事を口にする。そのせいで他人から誤解されがちだったけれど、他者を思う優しい人だった。

 彼女は、家事ができる人ではなかった。いつも図書館に引きこもって、食事も眠ることも忘れて、ひたすら本に読みふけるような人だった。だから、本を読むこと以外には基本興味が無くて、家事もろくに出来ない困った人だった。

 よく似ているけれど、違う。なにひとつ変わらないはずなのに、なにひとつ違っている。

 彼女はこんな社交的で、万人に愛されるような、平凡でどこにでもいるような普通の女の子ではなかった。もっと彼女は高尚で、なによりも知を愛していて、誰よりも死に誠実だった。

 これは、いつか僕が夢見た、なににも縛られずに静かにそして穏やかに暮らす彼女そのものだ。

 そう思い知れば、すべてが瓦解した。


「ファウスト」


 彼女が僕を見つめるたび。
 彼女が笑いかけるたび。
 彼女が僕の名前を呼ぶたび。

 僕は、犯してしまった罪過に苛まれる。


 これは、君を手放せなかった――僕への罰だ。