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第四話


 なんだか眠れる気がしなかったグレートヒェンは、真夜中に部屋を抜け出して、中庭にある噴水の縁に腰を掛けた。のんびりと空を見上げれば、夜空には星が浮かんでいる。隠れ家から見上げる星空の方がもっと綺麗で星もよく見えたが、此処から見上げる星空も悪くはない。そう思いながら、グレートヒェンはガウンで身体を冷やさないように暖を取りながら、静かに星空を眺めた。


「グリッタ、なにをしているんだ」
「ファウスト」


 足音が聞こえて振り向けば、同じように真夜中に部屋を抜け出したファウストがそこに立っていた。ファウストはそのままグレートヒェンに近づいて、彼女の隣にそっと腰を下ろす。

 ふいにファウストが呪文を唱えると身体がぽかぽかに温まって、思わずほっと息を零した。


「眠れないのか」
「そんなところかな」


 グレートヒェンは頷いて「目が冴えてしまって」と言いながら視線を夜空に向けた。それにファウストが、そうか、と相槌を打って、同じように星空を見上げる。「ファウストは?」と視線をそのままに聞き返せば「僕もそんなところだ」とファウストは短く応えた。二人して今日は寝付けないなんて、とグレートヒェンは思わず小さく笑った。

 星空を見上げる二人の間にたいした会話はなかった。それは隠れ家で暮らしていた時からのことで、とくになにを思うこともなかったが、此処に来てから久しぶりにファウストと二人きりで過ごすものだから、なんだか懐かしく感じてしまった。


「……此処での生活には慣れた?」
「うん。此処の人たちは良い人ね」
「……それなら良かった」


 ファウストはそれを聞くと、少し安心したようにふっと目元をやわらげた。

 グレートヒェンが魔法舎に来てからファウストはずっと気を張っていた。そこまで過保護に気にしなくてもいいのに、ファウストは心配性だから仕方がない。ずっと隠れ家で暮らして他者との関りを絶っていたから、きっと必要以上に気にしているのだろう。


「大勢の人に囲まれるのは苦手だけど、こんな日々も良いものね」


 今まで二人きりだったから、と続ければ、ファウストは嫌味を言いながらも、そうだな、と頷く。

 なんだかんだでファウストも此処での生活に居心地の良さを少なからず感じていたのだ。ずっと他人を避けてきたファウストにとっては良い傾向だ、とグレートヒェンは何気なく思う。


「それに、此処の図書室は広くて本も多いから好きよ」
「君が好きそうな場所だ」


 魔法舎の図書室は広く、幅広い本が揃えられている。年代も様々で、なかには貴重な古文書まで保管されていた。それらに触れられるのはとても楽しい。本好きのグレートヒェンにとっては夢のような場所で、此処でならいくらでも暇をつぶせるとさえ思えた。


「……でも」


 ふと、グレートヒェンは静かに言葉を切った。

 それにファウストは不思議がって、星空に向けていた視線をそっとグレートヒェンに移す。グレートヒェンの瞳に見上げた星の光が反射していて、思わず見惚れた。


「もっと広くて、大きくて。壁一面に、天井まで昇るくらい本が突き詰められた場所……」


 星空を見上げているはずなのに、その瞳はどこか別のものを見ているようで、ひどくグレートヒェンの存在が遠くに感じた。同じ場所にいるのに、手を伸ばせば届く距離にいるのに、けして触れることができない。


「……そんな場所なら、飽きそうにない」


 星空から視線を外したグレートヒェンが、ふっと目を細めて微笑んだ。彼女の瞳には星空ではなく、今度はファウストが映り込む。

 それを見たファウストは、きゅっと眉を寄せた。そうして固く口を閉ざして、堪えるように唇を噛んだ。思わず膝に乗せていた手に力が入って、ぎゅっと拳を作っていた。

 そんなファウストに気づかないのか、グレートヒェンはまた星空を見上げた。


「……グリッタ」
「なに、ファウスト」


 星空を見上げたまま答えたグレートヒェンが、小首を傾げて再び視線を向けてくる。

 ファウストは言葉を続けようと息を吸い込んだ。けれど口から言葉が発せられることはなくて、ただ呼吸音だけが静かな夜に響く。


「……いや」


 そう言って、ファウストはまたグレートヒェンから視線を逸らした。