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第三話


「……貴方、結構頑固ね」


 彼女はデスクに肘を立てながらムスッとした顔で言い放った。じっと目を細め眉をひそめながら見つめる視線の先には、あれ以来毎日此処へ足を運ぶ青年がいる。

 青年はその視線を受けると、目を丸くして不思議そうに首を傾げた。


「そうですか?」
「普通なら、もうこの辺りで身を引くはずよ」


 彼女はため息を押しながら続けた。

 青年のように知識を求めて此処へやってくる人間や魔法使いはそれなりにいる。中には潔く諦める者もいれば、無断で立ち入ろうする者、青年のように根気強く粘る者がいた。けれど最後には結局、頑なな彼女に諦めを示して、彼らは此処を立ち去っていくのだ。しかし青年はいつまで経っても諦める様子を見せず、何度も誠意を見せてきた。彼女はそれが不思議で仕方が無かった。


「せっかく此処まで来たんです。今さら僕も引き返せません」
「……」


 そう言って笑う青年に、彼女は居心地が悪そうに視線を彷徨わせた。

 これでは自分が意地が悪いと責められているようではないか。いや、実際に意地は悪い。なにせ自分は陰気な東の魔女だ。今さら悪く言われようとどうもしない。そう高を括るも、どこまでも真っ直ぐな青年に、彼女は少しずつ絆されていた。それに彼女自身も自覚している。


「……なぜ、人間との共存を目指すの」


 此処へ足を運んでも基本的に黙り込む彼女が、初めて興味を示したような反応をした。それに青年ははっとし、思わず嬉しくなって緩む頬をなんとか堪えて、真剣に言葉を選んでいく。


「魔法使いは、人間に虐げられています。魔法使いであるだけで、恐れられる。そんなのは間違ってる。ただ魔力が有るか無いか、それだけの違いなのに」
「下手に知識や理性があるせいで、人間は自分たちとは違う存在を恐れ攻撃的になるのよ」


 今までだってそうだった、と彼女は暗く視線を落とした。

 この世界で、迫害を受けてこなかった魔法使いはきっといないだろう。それは仕方がない。人間という生き物は、共通した敵を持って共同体を作る生き物だ。自分たちとは違う存在というものを酷く恐れる。それは悪いことでは無い。誰だって未知なる存在は怖いだろう。ただ、ひどく浅はかで悲しいだけだ。


「なら、その連鎖をここで断ち切って見せる。僕たちが新しい在り方を始めるんだ」


 そう強く言い張る青年の瞳は闘志で燃えていた。

 此処へ毎日通う青年を見て、いくつか分かったことがある。青年が人間と魔法使いが手を取り合う国を作ると言った時、まだ夢を見る青臭い魔法使いだと思った。どんなに真剣な眼差しで訴えて来たとしても、それでもまだ彼女の中では夢物語を語る青年に過ぎなかったのだ。けれどここ数日、青年の見ていて気付かされる。彼は決して現実を見ていないわけではなかった。ただ夢を語って愚直に突き進む愚かな青年ではない。彼はしっかりと現実を見つめて、それを理解しながら、そんな夢を目指しているのだ。


「……貴方の夢は、輝いているのね」


 だからこそ、彼女は余計に青年が眩しく見えたのだ。それは、そっと顔をのぞかせた日の光に照らされるような、優しく包み込まれるような感覚に似ている。きっと、彼に動かされた人間や魔法使いたちはこの光を見たのだろう。

 彼女はなにかを考えこむように視線を外へ流した。そうしてゆっくりと瞼を閉じると、手もとに開いていた本をぱたりと閉じた。


「……わかった。私の負けよ」
「え、じゃあ……」


 目を丸くした青年と視線が交わる。それに頷くように瞬きをしてそっぽを向けば、青年はみるみると嬉しそうに顔をほころばせて子供みたいに満面な笑顔を浮かべた。


「ありがとうございます、グレートヒェン様!!」


 感激している、という言葉が似合うような反応をする青年に、彼女はくすりと不器用な笑みを浮かべた。

 革命者だなんて大層な肩書を持っているけれど、まだまだ青臭い。


「グリッタ」
「え?」


 突然脈柄も無くそう放たれると、青年はきょとんを目を丸めた。それを横目で流して、彼女は頬杖を付いて続ける。


「呼びにくいでしょう。敬称も要らない」
「えっと、じゃあ……グリッタ」


 青年はおずおずとした様子で敬語を外し、彼女の要望通りに彼女の愛称を舌で転がした。まだ違和感があって馴染めないけれど、彼女に歩み寄れた気がして、青年は心から嬉しく思った。その思いを胸にそっと抱きながら、青年は真っ直ぐに伝える。


「ありがとう、グリッタ。本当に、ありがとう」
「……ふん」


 心底からそう言うものだから、彼女はなんだか恥ずかしくなってそっぽを向いた。





* * *





「羊ってこんなに小さなものだった?」


 グレートヒェンは、魔法舎の中庭に群がっている小さな毛玉の塊を見下ろしてそう言った。

 白い毛玉の塊は羊で、人懐っこいそれは、メエ、と鳴く。触ってみると毛は思った以上にもふもふしていて、両手で持ち上げてみると想像より若干重かった。とはいっても、少し重力があるぬいぐるみぐらいの重さで、持っていても全く苦にはならない。


「小さくして連れてきたんです。置いてはいけないので」


 羊の毛の手入れをしながら、レノックスは答えた。

 話に聞くと、レノックスは南の国で羊飼いをしているらしい。今回突然に賢者の魔法使いに選ばれ、此処魔法舎に向かわなければいけないが、羊を置いてはいけない。そこでレノックスは魔法で羊を小さくさせて、バッグに詰め込んで此処にやってきたらしい。

 グレートヒェンはそれに、へえ、と相槌を打った。

 魔法舎に来てからファウストに、なにかあったらレノを頼るように、と言われているように、レノックスと過ごすことも多かった。レノックスは寡黙で、一緒にいると隠れ家で暮らしていた時のようなゆったりとした時間を過ごせるから、グレートヒェンもそれなりにレノックスを気に入っていた。ただ難点としては、同じ南の魔法使いであるフィガロも一緒にいることが多い点だが、幸いなことに今日はフィガロの姿を見ていない。


「貴方、私の知り合いだったようね」


 羊を撫でまわしながら呟くと、傍らではっと息を呑む気配がした。それにつられてレノックスに視線を向けてみれば、レノックスは目を丸くしていて、次には戸惑う素振りを見せた。


「えっと、それは……」
「フィガロが言ってたよ」
「なるほど……」


 グレートヒェンがそう言うと、レノックスは納得したように頷いて、止めていた手を再び動かし始める。


「だから貴方、私のことをそう呼ぶのね」


 レノックスはグレートヒェンのことをグレートヒェン様≠ニ敬称を付けて呼ぶ。ファウストにはそれをレノックスの癖だと教えられたが、レノックスの反応やたびたび絡んでくるフィガロのことを考えれば、そこにたどり着くのは必然だった。


「すみません」


 すると、なぜかレノックスは申し訳なさそうに頭を下げた。それに今度はグレートヒェンが目を丸くする。


「なぜ謝るの?」
「俺のことも、昔のことも知らないあなたからしたら、あまり好い印象ではないでしょう」


 知らない過去のことを追及してくるフィガロとは対照的なレノックスに、グレートヒェンは思わず目を見開く。

 確かにレノックスの言う通り、知らない過去のことを持ち出されても、それを知らない身としてはあまり好い印象ではない。まさにフィガロのそれだ。国の土地柄で性質が似るというが、同じ南の国の魔法使いなのにこうも違うのか、とグレートヒェンは心の中で呟いた。


「別に。そこまで気にしてないよ」


 とはいえ、実際はそこまで気にしていないというのが事実だ。

 グレートヒェンがそう言うと、レノックスはどこか懐かしそうにふっと頬を緩めた。その眼差しが少しくすぐったくて、グレートヒェンはレノックスから視線を外す。


「グレートヒェン様は、いつからファウスト様と一緒にいたことを覚えているんですか」


 少しばかりグレートヒェンとの距離感を掴めたのか、レノックスは珍しく自分から声をかけた。グレートヒェンはその問いに、ぼんやりと記憶を巡らせて昔のことを思い出す。


「十数年前かな」
「なら……ここ最近、ということですか?」
「どうかな。数年だけかもしれないし、数十年経ったかもしれない。あそこは時間の流れが分かりにくいから」
「そうですか……」


 そう言ってレノックスは、少しばかり感じた違和感は胸の中に仕舞った。