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第一話


 『知識の宝庫』と呼ばれる図書館にたどり着いた青年――若き魔法使いファウスト――は、その守り手と呼ばれる魔女――グレートヒェン――に真摯に言葉を投げかけた。しかし彼女から得られたのは、色の良い返事ではなく、不愉快そうな表情だった。


「嫌よ」
「っ、どうかお願いします! 貴女の力が必要なんです!!」


 ふいっと視線を逸らしてはっきりと拒否を述べた彼女に、青年は必死に頼み込む。けれど彼女は迷惑そうな表情を浮かべるだけで、全くこちらの話を聞いてくれない。しかし青年はここで諦めるわけにはいかなかった。なんとか彼女からの承諾を得たい。そう強い意志を胸に秘めながら、青年は素性を語っていく。


「僕は今、中央で革命を起こす準備をしています。人間と魔法使いが手を取り合って共存する国を目指して……僕たちは今、立ち上がる準備をしているんです」


 青年は、いま混乱を極めている大陸の中央で、人間と魔法使いが共存する国を目指して革命の準備を進める、その革命者だった。そう語ると、彼女の興味を少しは引けたのか、彼女は再び青年に視線を向けた。


「人間と魔法使いの共存……大層な夢物語ね」
「いいえ、これは夢ではありません」


 夢物語だと言って暗に実現不可能だと笑う彼女に、青年は首を振って真摯に続ける。その眼差しがあまりにも純粋で真剣なものであったから、彼女は黙って青年の話に耳を傾けた。


「僕たちは手を取り合えるはずだ。僕には人間の幼馴染がいます。彼は人間だけど、魔法使いである僕を受け入れて、一緒に人間と魔法使いが共存する未来を目指してくれました。僕たちは分かり合えるんです」


 革命者である青年の隣には、同じく革命者である人間の幼馴染がいた。彼らは、それぞれが魔法使いと人間の指導者として先頭に立ち、革命を先導している。二つの種族の共存を目指す彼らのその姿は、きっと多くの魔法使いと人間に夢を見せたのだろう。

 青年は続ける。


「革命を成功させるためには、知識が必要です。戦術だけじゃない、あらゆる知識が僕たちの力になるはずです。だから、僕は貴女のもとに来ました」


 青年の穢れのない真っ直ぐな瞳が、彼女に向けられる。その眼差しに、彼女は思わず居心地が悪そうに身じろぐ。


「魔女グレートヒェン様、どうか僕に知恵を授けてください。貴女の弟子として、此処で学ばせてください」


 青年の瞳を見れば、一目で理解できた。彼がどれだけ真剣に先の未来を見ているのか。どれだけ多くの魔法使いや人間たちを思っているのか。どれほど優しく誠実であるのか。そのすべてを、彼と言う瞳が語っている。けれど彼女には、その瞳はあまりにも眩しすぎた。


「師を乞うのなら、私でなくとも良いはず。私はたかだが四百年しか生きてない、ただの引きこもりの魔女にすぎない」
「いいえ、貴女でなければいけません。僕は数多くの知識を学びたいのです。それに僕からしたら、貴女は長年生きている偉大な魔女に変わりありません」


 そう言って、青年は人懐っこい笑みを浮かべた。ああ、こうして彼は相手の懐に入って行くのか、と此処数分の対話だけで理解してしまう。彼の人柄に、革命を謳う者たちは集まってきたのだろう。


「……断る。貴方は買いかぶり過ぎよ」


 けれど自分には関係ない、と彼女は手元の本に視線を落とした。

 彼女にとって、魔法使いと人間の共存などはどうでもいい事柄だった。他者との関りを遮断して、森の奥深くに隠れ住み、あらゆる知識を愛して、ただ活字を追い本に読みふける毎日。それを数百年間、彼女は続けてきた。この暮らしに不満など無い。変わりたいとも思えない。今さら、外へ出る気など彼女には無かった。

 青年は彼女の言葉に肩を落とした。最初から受け入れてくれるとは思ってはいない。この夢を押し付けるつもりもない。けれど実現するためには知識が必要だ。それには彼女がどうしても必要だった。


「……わかりました。では、また明日来ます」
「え」


 潔く頷いた青年はそう言って、お辞儀をしてから踵を返した。けれど青年は言葉通り、まだ諦めていない。


「突然の訪問、失礼しました。それでは、また明日」


 扉の前で深く一礼をした青年は、そのままドアノブを引いて図書館を出て行く。その様子を、目を丸くした彼女は呆然と見つめていた。

 明日にまた来る、と青年は口にした。また来るのか、と眉をひそめ、けれどすぐに諦めるだろう、と思い込む。しかしあの真っ直ぐな眼差しを思い出して、彼女は頭からそれをかき消すように頭を振って、誤魔化すように活字を追い始めた。





* * *





 隠れ家で暮らしていた時と変わらずいつもと同じ時間に目を覚ましたグレートヒェンは、身支度を整えてから一階の食堂へ向かった。中を覗いてみると、魔法舎の住人が何人か集まっていて、席に着いて食事をしていた。相変わらずにぎやかだ。

 もう此処へ来て数日経ち、最初は賑やかな食事に不慣れを感じていたが、今ではもう慣れてしまった。グレートヒェンは挨拶を交わしてくる住人に挨拶を返しながら、食堂に繋がっている厨房に顔を出した。


「おはようございます」
「おう、おはよう。朝飯食う?」
「はい、いただきます」


 厨房にいるのはネロだ。隠れ家での生活ではグレートヒェンが食事を毎日作っていたが、魔法舎に来てからは皆と同じようにネロが作った食事を食べている。それに感謝し、ネロが作ってくれた食事が乗ったトレーを受け取ってグレートヒェンは食堂に向かった。

 席に着いた場所は、ヒースクリフとシノがいる席だった。基本的に出身国同士で集まって席に着いていて、同じ性質の人たち同士気が合うことが多かった。それはグレートヒェンも同じであり、また二人が気に掛けて同席を勧めてくれたことがきっかけで、グレートヒェンはお礼を述べながら椅子に腰を掛けた。

 三人で食事を進めていると食堂にファウストが現れて、ファウストは流れるように東の国出身者で集まるテーブルに着いた。


「おはよう、ファウスト」
「ああ、おはよう」


 いつも食堂に足を運ぶ住人内で最後に食堂に来たファウストを見計らって、ネロが二人分の食事を持ってテーブルに来た。そのうちの一つをファウストに渡し、もう一つは自分の前に置いてネロも椅子に腰を掛ける。

 基本的に、このメンバーで会話をするのはヒースクリフとシノだった。この中で一番若いこともあり、年齢が離れているファウストとネロは保護者として彼らの話を聞いていることが多い。それはグレートヒェンも同じだが、なにかとヒースクリフやネロが気に掛けてくれて話題を振ってくれることが多かった。此処に来てからほぼ毎日こうした食事の時間を過ごしているが、今までは二人で静かな食事を過ごしていたため、なんだか不思議な気持ちになる。


「グリッタ。明日、僕らは賢者と任務で出かけるから、なにかあったらレノを頼りなさい」
「うん、わかったよ」


 皿の上が綺麗になった頃、ファウストはグレートヒェンにそう言った。

 戴冠式を終えてから、彼らは各国で起きている異変を調査したり人間たちの相談事を受けていた。それに今回は東の国の魔法使いたちが向かうらしい。

 グレートヒェンはそれに素直に頷いて、席を立つ。そのままトレーを持って食器を片付けて、一言告げてから食堂を後にする。

 この後に予定があるなら自分は早く退散すべきだろう、と思っての行動だろう。そんな彼女を引き留めることはせず、ファウストは黙って彼女の背中を見送る。そうして姿が見えなくなった頃、ファウストは視線を戻してコーヒーを飲もうとした。しかしそれは、三人から向けらる視線によって阻まれる。


「……なんだ」
「い、いえっ!」
「前から気になっていたが、ファウストとあいつはどういう関係なんだ?」


 気遣って首を振るヒースクリフとは対照的に、シノは素直に疑問をぶつける。

 グレートヒェンを此処へ連れてくるにあたり、ファウストは一緒に暮らしている子≠ニだけ説明していた。それ以上はなにも知らされておらず、ファウストとグレートヒェンがどういった関係なのかは誰にも分からない。ただ二人の様子を見ているに、ファウストがグレートヒェンのことを大切にしていることだけは窺えた。


「……別に。これと言ったものはないよ」


 シノの問いに、ファウストは一瞬ぴたりと動きを止めた。けれど何事も無いようにファウストは口元でカップを傾け、答えにならない返答を返す。


「あ、そうなんですか。俺はてっきり、ファウスト先生のお弟子さんかと……」
「へえ、先生の恋人じゃないの?」
「違うよ」


 ネロの揶揄うようなそれに、ファウストはじとりと睨みつける。睨まれたネロはそれに軽く笑いながら謝り、ファウストはそんなネロに、まったく……、ため息を落とした。


「……別にいいだろ、彼女の話は」


 恋人でもなければ、弟子でもない。なんでもない、ただ一緒に暮らしている子。ただそれだけの存在で、それ以上でも以下でもない。

 ファウストはそう言い聞かせて、そっと瞼を閉じた。