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第四話


 グレートヒェンの歓迎会による賑やかな一日はあっという間に終わって、今は物静かな夜がこの場を支配していた。夜も更けたこの時間では、住人の半分はすでに眠っている。それはグレートヒェンも同じで、慣れない場所に来て、加えて大勢の人に囲まれて疲れたのだろう。よく眠るように言いつけて、ファウストは彼女を部屋に送った後にふらりと中庭に立ち寄った。

 なにか用があったわけではない。ただまだ眠れる気がしなくて、今日は賑やかだったから静かに過ごしたかっただけだ。けれど、それはどうやら叶わないらしい。


「やあ、ファウスト」
「……」


 振り返れば、手を振って呑気に笑っているフィガロがいる。きっと一人になるのを狙っていたに違いない。

 ファウストは眉を吊り上げてじろりとフィガロを睨みつける。そうしてふいっとそっぽを向いて、うんざりするようにため息を落とした。


「いやあ、今日は一段と賑やかだったね」


 しかしフィガロはそれを毛ほども気にした様子を見せず、呑気に会話を続ける。こういうところが嫌いなんだ、とファウストは内心で毒づいた。それからもフィガロはありきたりな世間話を繰り返すばかりで、全く意図が読み取れない。時間を無駄に浪費するばかりで、早くひとりになりたいファウストは苛立ちばかりが募った。


「……なに。用がないなら、僕はもう戻るけど」
「あー、うん……」


 そう言ってやれば、フィガロは苦笑を零した。まるでこちらを気遣っているような態度に、さらに神経を逆撫でられる。

 用件を言わないなら帰る、と暗に伝えてフィガロを再び睨みつければ、フィガロは視線を左右に揺らす。そうしてゆっくりと口を開いた。


「グリッタのことだけど――」
「彼女に近づくな」


 食い入るように鋭い声色でファウストはぴしゃりと言い放った。

 それにフィガロは一瞬目を丸くして、だんだんと眉をひそめる。睨みつけてくるファウストを真っ直ぐ見つめ返して、淡々と言葉を続ける。


「ファウスト。彼女の記憶は……」
「お前には関係ない」
「記憶だけじゃない。グリッタの様子だって……彼女、前はあそこまで柔らかい性格じゃなかっただろう」
「誰だって時間が経てば変わることもある。僕だってあの頃とは違う」


 どれだけ言葉を並べても、ファウストはありきたりな上辺だけの理由を並べて、最後には、関係ない、と切り捨ててくる。確かに、もう自分には関係の無いことかもしれない。勝手にひとりで居なくなった自分が踏み込めるものではないのかもしれない。けれど、今の二人をフィガロは放っておくことはできなかった。


「……彼女にきみの魔力がこべりついてる」


 それを聞くと、ファウストははっと息を呑んだ。ファウスト自身の魔力だ、自覚していないわけがない。ファウストはこれ以上踏み込んでくることを拒むように、無言のまま強く睨みつけてくる。それでもフィガロは言葉を続けた。


「きみが呪い屋だなんて似合わないことをしていたのは知ってたよ。でも、あんな呪詛めいたもの、きみが彼女に掛けるなんて……正直信じられない」
「……」


 ただ魔力がこびりついているだけなら良かった。それが祝福による魔法なら良かった。彼女を守るための物であったなら良かった。でも、彼女に纏わりついているファウストの魔力はそれらとは全く違った。あれは呪いだ。呪詛と言っても良い。それくらい強いものが、彼女には纏わりついている。そしてそれが周囲に感知されないくらい、彼女に馴染んでいる。ここ数年によるものではないことは明らかだ。

 そんな呪詛を、ファウストがグレートヒェンに掛けるはずがない。二人はそんな関係では無かった。きっとあの中で、二人は誰よりも互いを尊重し合っていたし、誰よりも互いに寄り添っていた。それをフィガロはずっと見てきた。だからこそ、今の二人が信じられない。


「ねえ。この四百年間に、きみたちになにが……」
「黙れッ!!」


 夜の静けさに、ファウストの怒号がひどく響く。わずかに吹いていた風さえ鳴りを潜めて、静寂が流れ出す。

 わずかに驚いたフィガロは口を噤んだ。そうして目の前のファウストをじっと見つめる。睨みつけるファウストは起こっているようだけど、それとは違ってどこか焦っているような、そうした違和感を覚えた。細めた瞳が、不安と焦りにゆらゆらと揺れている。


「今更、僕たちに関わってくるな。彼女にはあの頃の記憶が無い、それでいいだろう。僕たちのことは放っておいてくれ」


 ファウストはそう言って強く目を瞑ると、そのまま振り返って歩き出してしまった。もうこれ以上話すことはない、とファウストは全身で拒絶している。

 いったいなにが、ファウストをそうさせているのか。フィガロには分からなかった。


「ファウスト」
「彼女になにか吹き込んでみろ……許さないからな」


 最後にそう言って一瞥をして、ファウストは魔法舎の中に消えてしまった。

 中庭に一人残ったフィガロは、もう見えなくなってしまったファウストの背中をいつまでも追い続ける。けれどファウストの背中はもう見ていなくて、思い出すのは先ほどのファウストの表情だ。複雑に感情が絡んだ、なんともいえない顔だ。たぶん、ファウストだってこのままではいけないと思っているだろう。彼はそういう人だ。でも、それを足止めるなにかがファウストにはあるのだろう。


「困ったな……」


 フィガロはそう呟いて、あの頃の二人の背中を思い出しながら、寂しげに空を見上げた。