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第三話


 ネロの豪華な食事と共に歓迎されたグレートヒェンは、あっという間に魔法舎の住人たちと打ち解け、今では彼らに囲まれて話題の中心に立っていた。大勢の人は苦手だ、と口にしていたのに、そんな素振りは一切見せない。そんな彼女をファウストは遠くから静かに見守っていた。

 さらにその様子を、フィガロは離れた場所からじっと窺っていた。ミチルやリケたちと話す彼女をじっくりと観察し、それを見守るファウストを窺う。ファウストはなにも言わないで黙ったまま彼女の様子をじっと見つめている。そうして楽しそうに笑う彼女を見ては安心したようにふっと頬を緩めて、次にははっとして視線を落とす。そんなことの繰り返しだ。


「フィガロ様、どうかしましたか?」
「レノ」


 横目でその様子を窺っていると、すぐそばまでレノックスがやって来て、不思議そうに首を傾げてきた。

 レノックスはフィガロが見つめていた視線を先を見つめて、納得したように視線を戻す。


「……グレートヒェン様のことですか?」
「ああ……」


 頷けば、レノックスもどこか気になる様子で曖昧に視線を彷徨わせた。


「レノ。おまえは、ファウストと一緒に彼女を迎えに行ったんだよね。会話はした?」
「会話というほどでは……ただ、ファウスト様と話しているのを聞いていたぐらいです」


 レノックスは「ファウスト様も、あまり話したくないようでしたし……」と続けた。聞けば、レノックスも彼女から忘れられていたらしい。やっぱり自分たちのことを彼女は覚えていない。その事実に「そうか……」と零せば「フィガロ様もですか?」とレノックスが聞き返してきた。それにそっと頷いて、テーブルに肘を立てる。


「どうして覚えていないんだ?」
「……わかりません。あの時、俺は二人と別れてしまいましたから。その後のことは、なにも……」


 表情の変化に乏しいレノックスはそう言って、自分を責めるような顔をして顔を俯かせた。

 フィガロはもっと前に彼らの前から姿を消してしまったが、レノックスは二人を見失うその直前まで一緒にいたのだ。そうして何百年もファウストを探して彷徨って、ようやく彼女にも再会を果たせたところで、この事態だ。再会できただけでも嬉しいことではあるが、上手く腑に落ちない。

 俯くレノックスを横目に、フィガロは片手に持っていたグラスをくるくると揺らす。


「記憶のこともそうだけど、他にもわからないな……」


 そう呟くと、レノックスは意図が分からず首を傾げた。それにフィガロは、くいっと首を動かして遠くにいるグレートヒェンを指した。


「彼女、全身にファウストの魔力がこびりついてる」
「……そう、ですか?」
「そうだよ。全身を呪詛に浸したみたい」


 あまりにも彼女に馴染んでいて、おそらく魔法舎の住人でも数人しか気づかないだろう。現にレノックスはそれに気づいていない。

 フィガロがそう言うと、レノックスはぎょっと目を丸くして首を振った。


「ファウスト様に限ってそんなことは……」
「分からないよ。俺たちは、この四百年間の二人を知らないから」
「それでも、あの二人に限ってそんなことは無い……と、俺は思います」
「……まあ、俺もそう思うけど」


 レノックスがそう言うのも、フィガロには理解できた。フィガロ自身も正直なところ信じられていない。それは、以前の彼らを知っている人物ならだれもがそう言っただろう。けれど目の前の事実は変わらない。グレートヒェンが忘れていることに関しても、彼女にファウストの魔力がこびりついているのも、この四百年間に二人になにかがあったはずだ。


「……ファウストは、なにか言ってた?」


 ちらりとレノックスを見やる。けれどレノックスは眉根を下げて、瞼を閉じて首を振った。


「……『なにも言わないでくれ』と」
「……」


 なにも言うな、ということは、踏み込むな、ということだ。ファウストは現状を維持したいのだろう。これはそういった拒絶だ。


「今は……」


 すると、ふとレノックスが独り言のように呟き出した。


「今は、どうしてグレートヒェン様が記憶を失ってしまったか分かりませんが……それでも、あのお二人が今までも一緒にいたのだと知れて、俺は心から良かったと思えます」


 レノックスはそう言って、にこりと優しく微笑んだ。今の二人の関係が以前とは違う、どこか違和感を感じるものであっても、レノックスはこうして二人が一緒にいると言う事実だけで満足していた。

 けれどフィガロは、それを素直に受け入れることができなかった。二人が今も昔のように一緒にいることに、嬉しく思う。しかしどこか歪さを感じる二人の隙間を、今のフィガロは目を瞑れなかった。