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第二話


「そろそろ僕は魔法舎に戻るよ」


 ある日、のんびりと午後を過ごしていた時にファウストがそう言った。向かいの席に座ってハーブティーに口を付けるファウストは一口それを飲み込むと、ゆっくりとした動作でそれを降ろす。


「もうすぐ〈大いなる厄災〉が来る頃だからね。賢者の魔法使いたちが集まる頃合いだ」
「そういえば、もうそんな時期だったのね」


 ついこの間までは、そろそろ近づいてきたな、ぐらいに思っていたのに、いつの間にか空に浮かぶ〈大いなる厄災〉である月は大きく地上を見下ろしていて、いつ降って来てもおかしくないほど近づいていた。思い返せば、最近は森の精霊や動物が騒がしかったし、風邪や天候もどこかおかしかったかもしれない。


「時間の感覚があまりないから、忘れてたよ」


 そう言って、グレートヒェンはとくに様子も変えないまま静かにハーブティーを飲み込んだ。

 森に囲まれたこの場所では、時間の感覚はあまり感じない。ゆったりと流れる時間を窓から差し込む日差しで判断するのがいつものことだ。加えて毎日することも無いから、余計に時間の感覚が分からなくなる。

 するとファウストは、ティーカップの持ち手に絡ませていた指をきゅっと曲げて、押し黙るように口を噤んだ。けれどそれを誤魔化すように、ファウストは再びティーカップを持ち上げて、閉ざした口を再度開く。


「いつも言っていると思うけど、戸締りをして、絶対に外には出てはいけないよ」
「分かってる。ちゃんと家でじっとしているよ」


 ファウストが家を空けるときは、必ず彼はこう言う。心配性なのか、最期は念を押してそう言うのだ。

 それに聞き分け良く頷く。


「それと、もし僕が帰ってこなかったら……」


 そう続けるのもいつものことだ。ファウストは出掛けるたびにそう言って、最後の部分を濁して押し黙る。それ以降はなにも言わなくなってしまうから、口を噤んでしまったファウストの代わりにグレートヒェンが言葉を続ける。


「そんなこと言わないで。貴方はちゃんと、私のところに帰ってくるよ」


 グレートヒェンがいつものようにそう続けると、ファウストはふっと口角を上げて自嘲する。


「……どうだろう。今度こそ僕は石になってしまうかもしれない」
「平気よ。貴方は優しいから」
「どうだか……」


 はっと吐き捨てるようにまた自嘲して、ファウストは視線を逸らしてから掛けている眼鏡をくいっと指で押し上げた。

 二人の間に沈黙が流れ出して、まるで真夜中のような静寂がこの場を支配した。けれどそれに切っ先を入れたのは優しく吹き付けるただの風で、グレートヒェンはそれに誘われるようにカーテンが揺れる窓に視線を逸らした。ゆらゆらと風に吹かれて揺れるカーテンとその隙間から見え隠れする外の景色を見つめる。

 ファウストはそんなグレートヒェンを黙って見つめていた。風に吹かれて彼女の髪が揺れて、差し込んだ日差しが彼女を照らす。その様子はどこか儚げで綺麗なものだった。きっと眩くて、暗いガラス越しではないと彼女を見つめられなかったかもしれない。


「……僕は優しくなんてないよ」


 ぽつり、零した言葉を飲み込むように、ファウストは瞼を閉ざして苦くなったハーブティーを飲み込んだ。