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最後の一撃が敵を討つ。
決着はスローモーションのように、厳かに、だが迅速にアーチャーの胸を貫いた。


「――――」


驚きはダン・ブラックモアのものだった。
彼は何か、天啓を見たような面もちで、自らを倒したランサーを見つめている。

ダン・ブラックモアと同じように、夜月もまた息を飲み込んでいた。
そっと瞼を下ろし、ゆっくりと開ける。


「……いや、そうだった。わしはまだまだ未熟だったようだ……本当に愚か。わしは最後に、亡くしたものを取り戻したかった。だが――わしが願ったのは、一体どちらだったのか」


「妻か……それとも、軍人になる前、一人の人間としての――」と、老騎士は続ける。
独白は遺言のように。

老騎士の姿が薄れていく。彼と、そのサーヴァントであるアーチャーも。
運命に応じるように足下から露散していく。


「君の一撃に迷いは無かった。言葉にできずとも、譲れないものがあったのだろう」


末期の笑いは晴れやかだった。
サー・ダン・ブラックモアにかつての苛烈さは見られない。老騎士の顔は、自らの孫を見守るような、穏やかさに満ちている。


「……すまねぇ、旦那。無名の英霊じゃ、アンタの器には応えられなかった」


傷を負ったアーチャーが呟くように言葉を吐いた。
それに対して、ダン・ブラックモアは首を振る。


「いや、謝罪をするのはわしの方だアーチャー。わしの我儘ゆえに、戦い方を縛り付けた」

「……今更おせぇーっつの。つうか、なに? 誤ってんじゃねぇよ。それじゃ俺がバカみたいじゃねぇか。俺のことはいいんだよ、楽しけりゃオッケーなんですよ俺は。ま、旦那との共闘はつまなかったですけどね」


彼らしく、笑みを携えてそう言った。


「はは、ますます済まんな。騎士の誇りなど、おまえには無価値だったろうに」

「……ああ。生前、縁はなかったがね。一度ぐらいは格好つけたかったんだよ、俺」


少し照れくさそうに、小さな声で言ったその言葉が彼に届いていたかは分からない。
聞かせる気も、なかったのだろうか。


「……だから、謝る必要なんかねぇんだ。十分、いい戦いだった。恥じるところなんか何処にもねぇ。生前の俺は、それだけは、手に入れることがなかった。だからいいんだ……最後に、どうしても手に入らなかったものを、掴ませてもらったさ――」


その横顔には悔いはなく。
かつて村を守るために英雄の衣をかぶり、ただ勝つためだけに森の茂みに隠れ続けた青年。
村を守るために戦いながら、一度たりとも村人たちに称えられなかった彼は――わずかに、満足げに微笑んでいた。


「……すまない。ありがとう、アーチャー」


ダン・モアはアーチャーにそう伝える。
アーチャーを一瞥した後、老騎士は夜月を見つめた。ダンは「戯言を聞いてほしい」と言い、続ける。


「これから先……誰を敵に迎えようとも、誰を敵として討つことになろうとも、必ず、その結果を受け入れて欲しい。結果を拒むことだけはしてはならない。すべてを糧に勧め。覚悟とは、そういうものだ」


ダンの言葉は胸に響いた。それは年配のせいか、人生を歩んできた先輩のせいか……否、そうではない。
彼の言葉だから、心に酷く響くのだ。

真っ直ぐとダン・ブラックモアを見つめるマスターを、ランサーは瞳だけを動かして伺った。
彼女の瞳は真っすぐだ。だが、視線を下げれば彼女の両手は強く拳を作っている。力をいれすぎて、プルプルと震えていた。
耐えているようだった――耐えているのだ。


「そして、戦う意味を見出してほしい。何のために戦うのか、何のために負けられないのか、自分なりに答えを模索し――最後まで、勝ち抜いた責任を果たすのだ」


「忘れるな」と、ダンは念を押す。


「……えぇ。その言葉はいつまでも、刻み続けるわ……」


声をしっかりと出したが、少しばかり、声は震えていた。夜月は心臓部を強く握る。
その言葉と彼女の様子を見たダンは、満足そうに微笑み、安堵の息をつく。


「さて……ようやく会えそうだ。長かったな――――」


最後に聞こえたのは、女性の名前。
老騎士、サー・ダン・ブラックモアは、こうして量子の粒となり空へと舞って露散した。

マスターのほうが量子となるのが早く、結果あとに残ってしまったアーチャー。
彼は「今回は俺が後かよ……たく……」と呟き、舞い上がったマスターの量子を見上げた。
そしてすべてが消えた後、アーチャーはふぅと息を吐き、自分の足元を見る。彼の足も量子となって、着々と自分の分解も進んでいた。


「なぁ、そこのサーヴァント」


アーチャーはランサーを呼ぶ。
自分の足元から顔をあげ、赤い障壁の向こうにいるランサーを見た。


「オタクのマスターの扱いは気を付けろよ。危なっかしいし、無茶するし、ぶっ壊れちまいそうなくらい……傷だらけだ」


アーチャーの言葉に驚き、夜月は声をかけられたランサーを思わず見上げる。
彼は眉一つ動かすことなく、アーチャーに問いかけた。


「お前は、我がマスターを知っているのか」


しかしアーチャーは答える気はなく、笑って「さてね」と言うだけ。
ランサーもそれ以上は聞かずに、素直に「……肝に銘じておこう」と応え、頷いた。


「――お嬢」


今度は夜月に目を向け、優しい声で呼ぶ。
弾かれたように無意識に俯いた顔をあげ、アーチャーを見つめた。彼は優し気な声と笑みで伝える。


「大丈夫さ、今度はその英霊がついてんだ。心配する事なんて、何一つねぇ。だからさ、お嬢。勝って――アンタの願いを、きっと……」

「――――」


それを最後に、緑衣のアーチャーは完全に量子の粒となって散った。その時の顔も穏やかで、満足そうに笑んでいた。
彼が消える直前、夜月は何かを言おうと口を開いたが、何も言うことは無く言葉を飲み込んだ。

彼女は唇を強く噛んだ。そうして耐えるようだった。その姿は痛々しく、女の小さな背中は酷く小さかった。
カルナはそんなマスターの背中を見つめた。ずっしりとした重みに耐え続ける、小さな背中を。



Battle closing

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