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世界で一番おいしいもの知ってる


 オーエンたちが一度家に帰ってから数日が過ぎた。そろそろ帰ってくるだろうと賢者は思っていたが、そこからしばらく日数が過ぎてもふたりは帰ってこない。何かあったのではないだろうかと考えたが、オーエンはもともと魔法舎でみんなと暮らすことを嫌がっていた。これを機に魔法舎へは戻らない算段なのではないかと心配し、スノウやホワイトが一度様子を見に行ってこようと口にしたとき、ふらりとオーエンの姿が目に入った。

 外へ出て帰ってきたオーエンの姿を確かめ、お帰りなさいと声をかける。そこで賢者はオーエンの様子がおかしいことに気づいた。ピクリとも反応しないオーエンは、どこか荒んでいて、うつ向いている瞳はどこに向けられているのか分からない。ふと、オーエンの傍にクララが居ないことに気づいた。一緒に帰ってきたのではないのだろうか。あんなに傍を離れようとしなかったのに。賢者の頭に、なんだか嫌な予感が走った。


「お、オーエン。帰ってきたのか」


 ちょうど通りかかったカインが、笑顔を向けながらオーエンに声をかけた。しかし相変わらずオーエンの反応は無く、微動だにしない。カインも不思議に思い、どうかしたのかと首を傾げた。「そういえば・・・・・・」カインは辺りを見渡した。触れないと姿が見えない傷を負っているカインだが、まだ慣れずに見えない姿を探している。


「あの子は一緒じゃないのか?」


 その瞬間、なんの前触れもなくオーエンはカインに掴みかかった。思ってもみなかった行動に、カインも出遅れ、まともに避けることすらできなかった。眼光を開いて喉を掴みかかるオーエンは殺気立っている。片手で喉を締め上げられ、苦しげに顔を歪めるカイン。

 すぐさま賢者や双子が止めにかかり、騒ぎを聞きつけた他の魔法使いたちも何事かと集まり始める。


「オーエン、八つ当たりもそれくらいにしとくのじゃ」
「カインを離すのじゃ、オーエン」


 静かに自分を制する双子をゆっくりと見やる。視線を逸らせば、青い顔をして口元を抑える賢者や慌てて駆け寄ってくる他の魔法使いたちが見えた。ふん、と吐き捨ててオーエンはカインから手を離す。カインはようやくまともに息を吸い込むことができ、喉元を抑えて息を整える。

 賢者はカインに駆け寄って無事を確認したのに、オーエンを見上げたが、すでにオーエンはどこかへ姿を消してしまっていた。


「随分と荒れておるな」
「仕方がない。こればかりは、我らではどうすることも出来ぬ」


 スノウとホワイトは、オーエンが立っていた場所を眺めながら眉を下げてそんなことを呟いた。騒ぎを聞きつけて駆け寄ってきたフィガロが事情を聞くと、フィガロもスノウやホワイトと同じようにそういうことか、と納得したような表情を浮かべる。賢者やカインや他の駆け寄ってきた数人の魔法使いたちは事情が分からず、彼らに説明を求めるように視線を向けた。


「死んだんですか」


 あの魔女。

 すると、いつの間にか傍まで来ていたミスラが唐突に言い放った。突然の言葉に賢者やカインたちは理解できず、そんなことを言うミスラを見つめることしかできなかった。「なにを驚いてるんです」視線を受けたミスラが不思議そうに首を傾げた。


「死にかけだったじゃないですか、魔力の欠片も残ってないほど」


 誰も、気付かなかった。いや、反応を見る限り、数人の魔法使いは心当たりがあるような反応を示している。けれど大方は、そんなことを微塵も気づいてはいない。


「むしろ随分、よく持った方だよ」


 もうとっくの昔に死んでてもおかしくはなかった。フィガロがミスラの言葉を補足するように続けた。「相当無理をしてただろうね」死にかけで、魔力も欠片も無くて、それでも必死に抗って、笑顔を振りまいて、そんなことすら気づかせないように元気に振舞って、きっと過ごしていた。フィガロが話すには、今まで生きていたのが不思議なくらい酷い状態であったらしい。いつ死んでもおかしくない。明日か今日かの命だったという。


「ほんと、そうまでしても、一緒に居たかったのかね」


 フィガロと賢者は、魔法舎を見上げた。

 空には澄んだ青空が広がっていた。



◆ ◇ ◆



 バタン。乱暴に扉が閉められる。

 帽子を床に捨てて、手袋も外套も全部床に脱ぎ捨てて、オーエンはベッドに倒れ込んだ。ボフン、と柔らかい弾力に包まれる。息を吸うと、ベッドに染み付いたクララの甘い香りが鼻をかすめた。まだ此処に残っている、クララの存在。オーエンは枕に顔を埋めて、目をつむる。そうすれば、なんだか抱きしめられているような感覚がした。けれどしばらく経てば、その残り香も薄れていく。

 オーエンはポケットに手を入れて、そこに仕舞っていたものを取り出した。手を開くと、そこにはきらきらと光る神秘的な宝石が握られていた。雪のなか、砕け散った欠片を必死に集めたもののひとつ。その中で一番大きな欠片だった。

 指で掴んで角度を変える。不思議な輝きを放つ石は、クララの髪の色や瞳の色と同じ色彩を映す。こんな石がクララの成れの果てだと、嫌でも分かってしまう。

 そっと唇に触れた。ひんやりした冷たさに、固い感触。温かくて、柔らかい感触とは正反対だ。


 ――食べてしまえば、ずっと一緒だ。
 ――食べてしまえば、僕のものだ。


 おもむろに開いた口に、そっと石を近づける。一際大きく口を開いて、本当に食べてしまおうとした。けれどオーエンはそれを食べることはできず、開いた口を閉ざして、恨めしそうに宝石を見つめた。

 ふと、視線を上げると瓶詰が目に入った。机に置いてけぼりにされたままの瓶詰。カラフルで宝物みたいにきらきら輝いていた飴玉が入った瓶詰。今ではなんの輝きも放たない、ただの飴玉が入った瓶詰。クララのアミュレット。オーエンは美詰めに向かってクイっと指を折り曲げた。すると魔法で浮いた瓶詰はふよふよと空中を漂って、オーエンの手の中に収まった。

 身体を起こして、瓶詰を掲げる。揺らせば瓶詰に入った飴玉がコロコロと転がって、鈴みたいな音を響かせた。

 蓋を回して瓶詰を開ける。パカリと開けば、甘い香りが充満した。ひとつだけ飴玉を取り出して、舌に乗せる。コロコロ転がして、溶けだしたそれをごくりと飲み込む。甘い。クララが作ったお菓子だ。オーエンは瓶詰のなかに石を放り込んだ。カラカラ音を立てて、飴玉と一緒に詰め込まれた石を瓶詰の中に閉じ込める。蓋を閉めて、飴玉に埋もれる石を眺めて、オーエンは口角を上げた。


「・・・・・・ふふ、おまえは食べてなんてやらない」


 両手で瓶詰を掲げて、ざまあみろ、と笑った。

 そっと胸に引き寄せて、抱きしめる。壊れ物のように優しい手つきで抱きしめて、宝物のように両手で抱き寄せる。瓶詰を胸に抱きしめながら、オーエンはまだ微かに残り香が香るベッドに沈み込んだ。背中を丸めて、膝を折って、胸に閉じ込めた瓶詰に身体を寄せる。


「ずっと、大事に大事に、僕が持っていてあげる」


 ――ねえ、嬉しいでしょ、クララ。