×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

image

瓶詰めにしてきみにあげたい


 自室の部屋の前で、壁に寄りかかりながら立ち尽くす。どれくらい時間が経ったのか分からない。コツコツと踵を鳴らして、腕を組んだ状態でトントンと指を叩く。すると目の前の扉が音を立てながら開かれ、ハッと顔を上げたオーエンは腕を下ろして一歩前へ踏み出した。


「一命は取り留めたよ」


 部屋の前で律儀に待っていたオーエンにクスリと笑って、フィガロは安心させるように言った。命に別条はない。それを聞き、オーエンはそっと顔を俯かせて小さく安堵の息を零した。フィガロは傷のせいで一時的に熱が出るかもしれないと告げたあと、さらに言葉を続けた。


「傷も塞いだし、痕も残らない。でも完全には治ってないから、扱いには気を付けてね」
「は、なんで治さないわけ。医者なんて言う癖に、あんな傷さえおまえは治せないの」


 おまえに言われたくないなあ、ときつい言い方をするオーエンにフィガロは苦笑いを零した。


「魔法で完全に治すことはできるけど、その分身体に負荷がかかる。過多な魔法による治癒は避けたほうが良い」


 魔法でも治せない病や怪我は存在するが、ある程度の物なら完全に治すことができる。しかし自然から得た神秘の力を使っての治癒は、目に見えない場所で負荷を負う。徐々に自己再生するはずだったものを、魔法を使って一瞬で治してしまうのだ。身体が追い付くことができず、逆に悪影響を及ぼすことがある。


「そんなの、人間相手の話だろ」
「うん、そうだね」


 にこりと笑顔で頷くフィガロに、オーエンは眉をひそめた。

 それ以上は何も発そうとしない。愛想の良い笑顔を浮かべて、黙ってこちらを見てくるだけ。ムカつく。不愉快だ。オーエンは眼光を鋭くしてフィガロを睨みつけた。そんなオーエンに、フィガロは仕方がないとでも言うように分かりやすくため息を落とした。それが、さらにオーエンの神経を逆撫る。

 オーエン、と子供に言い聞かせるような声音で言う。その言い方が嫌いだ。そうやって聞き分けの良い振りをして押し付けてくるのが嫌いだ。知りたくもないことを晒してくる。


「あの子が大切なら、覚悟しておくんだね」


 そうやって、分かり切っていることを、わざわざ言葉にしてくるのが、嫌いだ。





 そっと部屋を覗く。音を立てないように扉を開き、隙間から瞳を覗かせる。クララはベッドに横になって、穏やかな寝息を立てていた。身体を滑り込ませて、扉を閉める。フィガロが座っていただろうベッドの傍に移動させた椅子に腰を下ろし、眠るクララを覗き込んだ。手袋を取って頬に触れてみると、わずかに体温が高かった。熱を持った肌に触れたオーエンの指はひどく冷たい。高熱というほどのものではないが、フィガロの言う通り徐々に熱が上がってきているのだろう。

 ぱちり、クララが瞼を上げた。


「オー、エン」


 肌から伝わる感触と温度に目を覚ましたクララは、まだぼんやりとした意識でオーエンの姿を追った。そしてオーエンを見つけ、視線が交わると、嬉しそうに顔を綻ばせる。

 色違いの瞳を細めた。頬に触れていた手を滑らして、怪我を負った腹部を布団の上からそっと撫でる。


「・・・・・・痛い?」
「ううん、大丈夫。心配してくれてありがとう、オーエン」


 意識がはっきりしてきたのか、クララの言葉に覇気が出てきた。布団の上から労わるように優しく撫でたオーエンの手に自分の手を重ねて、クララは応える。いつもみたいに笑顔を浮かべるクララを見て、ようやく息ができた気がした。

 そう、と短く言葉を零して伸ばした腕を仕舞う。しばらくふたりの間に沈黙が流れ、横になったまま見上げてくるクララの瞳はこちらの様子を伺っていた。オーエンは静かに口を開いた。


「なんで、僕を庇ったの」


 目を丸くして、クララはオーエンを見上げた。きゅっと眉根を寄せて口を噤み、じっとこちらに訴えかけるように見つめてくるオーエンの表情は、怒っているとも悲しんでいるとも見えた。こんな表情をするオーエンは初めて見たかもしれない、とぼんやりと考えていた。


「僕が死なないの、知ってるだろ。それとも、なに。あんな人間相手に僕が出遅れるとでも思ったわけ。僕は北の魔法使いだよ。人間程度に僕を傷つけられるわけないだろ。そんなことも分からないくらい、おまえは馬鹿なの」


 次々に言葉を投げられる。隙間がないくらい言葉を並べられる。わずかに普段よりも話す速度が上がっている。強い口調で発せられた言葉たちを聞きながら、クララはなんだか温かい気持ちになった。


「ごめんね。でも、オーエンのこと考えたら、身体が勝手に動いちゃったんだ」


 少し、照れ臭そうに笑った。ほんのり頬を染めて、恥ずかしそうにしながら頬を緩める。まるで、恋をしてる女の子みたいだ。

 言葉を、無くした。もっと言ってやりたい言葉もあったのに。これだけじゃ全然言い足りないのに。もう言葉が出てこない。思わず下唇を噛んだ。

 押し黙ってしまったオーエンは、もう一度手を伸ばした。指の背で頬を撫でれば、くすぐったそうに笑う。相変わらず肌は熱を持っていて、熱かった。いつの日かクララが風邪を引いてしまった時のことをふと思い出した。確かあの時も、こんなだった気がする。


「・・・・・・熱、出るかもだって」
「うん。少し、休もうかな。オーエンも一緒にお昼寝しよ」


 クララはそう言って、布団を持ち上げた。

 短く返事をしたオーエンは、外套や帽子を床に脱ぎ捨ててクララの体温で温まった布団の中へと入り込む。少し熱いくらい、布団の中は熱を持っていた。怪我に障らないように自分からクララに身体を寄り添って、労わるように再び布団の上から腹部を撫でる。早く傷が治ればいいのに。そんなことを考えながら、傷を撫でた。


「オーエン。今日のお出かけは台無しになっちゃったから、また今度、一緒にお出かけしようね」


 すぐに返事ができなかった。もともと外へは出させたくなかったというのに、今回でこんな事態に陥ってしまった。瞳を逸らして返答を曖昧にするオーエンに、クララは困ったように笑った。ね、と続けるクララ。オーエンは逸らしていた視線をクララに向け、応える代わりに不満そうな表情を浮かべた。


「もう寝ろよ」


 会話から逃げるようにオーエンが言う。オーエンと言う通り、今はしっかりと休んで傷を治さなくては。これ以上、オーエンを心配させるわけにはいかない。今はその話は置いて、傷を治すことだけに専念しよう。クララは笑いながらそうだね、と頷いた。


「おやすみなさい、オーエン」


 クララは幸せそうに、瞼を下ろした。