×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

image

純真はひずめばひずむほどに甘い


「それで? 最近どう、あの子とは」


 前にシャイロックのバーに行ってから、どれくらい過ぎただろうか。しばらく足を向けていなかったと思う。

 あの日と同じようにシャイロックのバーに足を運んだ――ほぼ強制的に眠れないミスラに連れてこられた――オーエンは、ミスラやブラッドリーと並んでカウンターの席に座り、甘いカクテルを頼む。用意された甘いカクテルに、さらにシロップを入れて甘くしていると、今日もバーに入り浸っているフィガロにそんなことを言われた。以前にバーへ運んだときの話の続きをしているのだろう。オーエンは答える気はなく、フィガロを無視してグラスに口を付けた。


「あなた、そういう趣味だったんですね。知りませんでした」
「は、殺すよ」
「いいですよ、どうせ俺が勝ちますし」


 隣で強いアルコール度の酒を飲むミスラがフィガロの話題に乗っかってきた。どうやら数日前のキッチンでの出来事を見てしまったミチルが、ミスラやルチルに顔を赤くしながら話して来たらしい。揶揄いなどは無く、ただ関心するように言ってくるミスラに苛立ちながら、オーエンはそれらを無視してカクテルを飲んでやり過ごす。しかしフィガロとミスラは一向に口を閉ざそうとはせず、特にフィガロはなにかしらを聞き出そうと何度も言葉を変えては同じ質問を投げてきた。


「それで、あの子が好きって気づいちゃった感じ?」


 オーエンはフィガロに視線を向けた。きっとニヤニヤした顔でこちらを見ているのだろう、と思っていた。カウンターに肘を立てて頬杖をつき、こちらを見つめてくるフィガロの表情は、目元を和らげて微笑を携えていた。

 ――きもちわるい。愛とか恋とか、そればっかり。浮かれて、はしゃいで、笑って、驚いて、怒って、泣いて。


「馬鹿みたい」


 カクテルを半分残したまま、オーエンは席を立った。気分が削がれたのか、そのままオーエンはバーを出て行ってしまう。後ろからミスラが気だるげに引き留めたが、返答もしないであっという間に姿を消してしまった。

 オーエンが退出したバーで、カウンター越しに洗ったグラスを拭っていたシャイロックがクスリと笑んだ。


「ふふ、健気で可愛らしいですね」
「あれのどこが、健気で可愛いんだよ」
「ええ? 可愛いじゃない」


 シャイロックとフィガロは微笑ましそうに笑みながら同意見に頷くが、ブラッドリーは理解ができないと首を振った。

 だってさ、とフィガロは言葉を続ける。手に持ったグラスを手首でくるくると回す。グラスに入ったカクテルが波をたて、氷がカランコロンと音を響かした。水面に自分の顔が反射している。フィガロはグラスを口元へ運び、スッと目を細めた。


「柄にもなく、必死に、繋ぎとめようとしちゃってさ」


 ――羨ましいな。
 少し、憎らしく思った。



◆ ◇ ◆



 バーから帰ってきたオーエンは、なんだか苛立っている様子だった。

 オーエンがミスラに無理やりバーへ連れて行かれてからそれほど時間は立っておらず、まだ起きていたクララは早々に帰ってきたオーエンを出迎えた。しかし反応がない。雰囲気から、機嫌が悪くなっているのが伺えた。バーで何かあったのだろう。下手に刺激を与えないようにおとなしくしていると、コツコツと靴を鳴らしてベッドまでやってくる。そして、強引に腕が迫ってきた。

 性急にも似た勢いにクララは驚きを隠せなかった。苛立っているせいで、掴んでくる手の力も痛く、荒っぽくて乱暴だ。一体なにに苛立ってこの行為に移し替えているのか分からない。抵抗もせず受け入れるばかりだったクララは、初めて拒絶のそぶりを見せた。


「なに、嫌なの」


 苛立ちに加えクララに抵抗されたのが気に食わないオーエンは、さらに不機嫌になっていく。

 クララの抵抗は、抵抗と呼べるほどのものではなかった。そこには恐怖心も嫌がる仕草もなく、ただオーエンを一度落ち着かせようとして取った行動に過ぎない。しかしクララがオーエンに異を唱えることなど今までにほとんど無く、弱い抵抗であっても、オーエンを苛立たせるには十分だった。


「ふ、ふつう・・・・・・好き同士とかがする行為だと、思う・・・・・・んだけど・・・・・・」


 少し言いにくそうに視線を逸らして、指遊びをして気を紛らわせながらクララは言った。

 オーエンの動きが止まり、沈黙が流れる。

 オーエンは、この行為の意味を知っているのだろうか。今までの行為の意味を、オーエンは知っていたのだろうか。そもそも、これらの行為にどんな意味があるのだろうか。想いを確かめ合うもの、想いを伝えるもの。違う。想いが無くたってできる行為だ、こんなもので想いが伝えきれるものか。きっと意味なんて無い。満足感を得たいだけの、満たされたいだけの独り善がりだ。


「おまえは僕が好きだろ」


 逸らしていた視線を、覆いかぶさるオーエンに向けた。
 きゅっと眉根を寄せて、迷子みたいな瞳で見下ろしてくる。


「僕が好きならいいの?」


 オーエンは口角をあげて、ニタニタした笑みを浮かべた。


「ふふ、好き。大好き、愛してる」


 戯言みたいな言葉。羅列されるだけの文字。中身に意味がない。そんな言葉を、オーエンはまるでうわごとのように呟く。


「ねえ、クララ」


 少しだけ弾んでいた声色が静けさを取り戻す。縋るように名前を呼ばれた。わずかにあった距離を詰めて、オーエンは額が触れ合う距離まで身体をかがめた。落ちるオーエンの前髪が、ふんわりと額をくすぐる。お互いの息が触れ合うほどのなか、色の違う左右の瞳は揺れていた。


「なんでもいいから、全部ちょうだいよ」


 両腕を伸ばして、頭を包み込むように、胸の上でオーエンを抱きしめた。
 ――アタシの全部はとっくにオーエンのものなのに、へんなの。