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ダンス・ホール・ケーキ


 書類整理に一段落が付き、休憩を兼ねて談話室に向かってみると、そこにはソファに腰かけぼんやりと待ちぼうけをしているオーエンを見つけた。賢者はオーエン、と声をかけ挨拶をする。オーエンは特に反応を示さず、賢者に視線を逸らした。向かいに座っても良いか、と尋ねると好きにすれば、と言われたので賢者はそれに従って向かい側に腰を下ろした。


「オーエンは何をしているんですか?」
「あいつのお菓子を待ってるの」


 あいつ、という明確な示しのない言葉に賢者は首を傾げた。お菓子を待っているというなら、ネロだろうか。視線を斜め上へ向けて考えていると、キッチンにいたであろうネロが談話室に居るオーエンに向かって歩いてきた。お菓子を手に持っていないネロを見て、賢者はあれ、と首を傾げる。ネロは少しばかり眉尻を上げて怒ったような顔つきでオーエンに声をかけた。「おい、オーエン」オーエンはだるそうになに、と視線を上げた。


「お前、あんな子供に今まで菓子作らせてたのか」
「はあ?」


 ネロの言葉に、なにを言っているんだと言いたげな様子でオーエンが声を上げた。賢者はこのやり取りで、お菓子を作っているのはオーエンが連れてきた子だと気づく。料理が得意なのかな、と呑気に思う賢者とは反対に、ネロは子供にも無理強いさせているのではないか、と心配していた。ネロは面倒見がいいため、リケやミチルよりも小さいクララを気にかけているのだ。そんなネロにオーエンはお菓子作りはあいつの趣味だよ、と答える。良く知りもしない癖に憶測だけで自分を責めるなんて酷い、と嫌味たらしくいつもの調子で続けるオーエン。安心とまでは行かないが、ひとまず納得したネロはほっと息を零す。


「あんま無理させてやるなよ、まだ小さいんだから」
「は?」


 それだけ言い終えると、ネロはそそくさと談話室を出て行ってしまった。言い残されたオーエンは、ポカンとまた意味が分からないと言いたげに言葉を零す。そのまま出ていくネロを見送ると、オーエンは足を組みなおした。

 間を置いてオーエンの様子を伺いながら、賢者が控えめに尋る。「あの、聞いても良いですか」オーエンは賢者様は何が聞きたいの、と促した。賢者は聞きたかった質問を口にする。


「あの子とはどういう関係なんですか?」


 質問を口にすれば、オーエンはまたか、という顔をしてため息を落とした。


「そんなに気になる? それってそんなに重要?」


 何度も聞かれて突っぱねているのに、めげず聞いてくる賢者にオーエンは呆れる。興味本位でそこまで聞いてくるものなのか、それともその答えは何か重要性があるのか、と言い方を強めて言ってやると、賢者は慌てて首と両手を左右に振って違うと示した。関係性は気になるが言いたくないのであれば答えなくていい、と慌てて言うと、オーエンにあっそ、と言い捨てられて拒絶するようにそっぽを向かれてしまった。流石に聞き過ぎてしまったな、とひとり反省していると、再び談話室に人が入ってきた。


 視線を向けてみれば、甘そうなお菓子をトレーにたくさん乗せて持ってきたクララがいた。作っていたお菓子が作り終えたのだ。一瞬賢者に視線を送ってすぐに迷いなくオーエンのもとへ歩いて行って、ニコニコと楽しそうに目の前のテーブルに手に持ったそれを置いていく。オーエンもご機嫌に笑っている。お菓子をフォークで切り取って口に含めば甘い、と呟いて次々に口に運んでいく。それを嬉しそうに見つめ、自分が作ったお菓子をいろいろと勧めるクララ。完全に賢者は蚊帳の外にされていたが、目の前で花の咲くような幸せな空間を作りだすふたりに、まるで自分のことのように嬉しそうに眺めていた。本当に仲が良い。


「あ、賢者様にオーエン、と・・・・・・」
「おや、可愛らしいお嬢さんがいるね」


 声をかけてきたのはクロエとラスティカだった。その後ろにはシャイロックやムルもいる。西の国の魔法使いたち全員が揃っていた。彼らの視線は美味しそうにお菓子を食べるオーエンとその隣に座る見知らぬ子どもに向けられており、西の魔法使いたちに気づいたオーエンは少し嫌そうな顔を歪めた。「なになに、隠し子? 恋人? それとも誘拐?」ムルはワクワクした様子で次々に言葉を並べる。そこでクロエは、その子供が以前に話を聞いたオーエンが連れてきた子だということに気づき声を上げると、周りもああ、と納得した。

 オーエンの隣でじっとこちらの様子を伺ってくるクララに、クロエが最初に口を開いた。


「はじめまして。僕はクロエ、よろしくね。良かったら今度、きみの服も作りたいなあ」
「ふく?」


 首を傾げれば、クロエは嬉しそうにして力強く頷いた。裁縫が得意なんだ、というクロエの話をクララがぼんやりと聞いていると、今度は隣に立っていたラスティカが一歩前へ出た。


「こんにちは、僕はラスティカ。よろしくね、可愛いお嬢さん」


 朗らかに笑うラスティカは「美味しそうなケーキだ。よかったらみんなでお茶会なんてどうかな」と、テーブルいっぱいに置かれたお菓子を見て提案したが、すぐさまオーエンが「ぜんぶ僕のためにこいつが作ったものだよ。きみたちなんかにあげないよ」と、不機嫌に睨みつけ独り占めをした。オーエンのそんな態度を微塵も気にせず、ラスティカはそうだったのかい、とまた朗笑を浮かべる。ぼんやりした魔法使いだな、というのがクララの印象だった。

 オーエンはすぐに西の魔法使いたちがいなくなるのを望んでいたが、彼らは見知らぬクララにすっかり興味を惹かれてしまって、なかなか談話室から出て行こうとしない。ムスッとしたままケーキを頬張るオーエンを横目に、賢者は彼らの様子を見守った。

 ムルがクララに名前を尋ねるが、返ってきた言葉は「好きに呼んで」というそっけない一言だけ。名前を秘匿するクララにムルは何故かと目を輝かせる。不思議に思うクロエやラスティカに、賢者は事情を話した。すると、楽しげな声がこぼれ落ちた。


「おや、そういう遊びをしていたのですか? 危うく口にしないで良かったです」


 ふふ、と笑ったのはシャイロックだった。口振りに疑問を持っていると、彼女とは以前からの知り合いであることをシャイロックは告げた。「彼女は北と西の国の境目でお菓子屋を営んでいるんです」初めてクララに関する情報を聞き、賢者たちはへえ、と感心に声をあげた。ならお菓子作り得意なのも伺える。ご両親の手伝いでもしていたのかな、なんて呟けば、シャイロックはまた面白気に笑みを浮かべた。


「女性に前で言うのもですが、彼女はこう見えても私と同世代なんですよ」
「ええっ?!」


 賢者とクロエの声が揃う。ラスティカとムルはそうなんだ、ぐらいの反応で特に驚くようなことはなかった。


「シャイロック・・・・・・」
「ふふ。いいえ、貴方は立派なレディですよ」


 クララが少し声色に不愉快を滲ませてじとりとした視線を共に呟けば、シャイロックは面白がりながら訂正を入れた。

 声をあげたふたりが同時にクララへ目向ける。どう見ても子供だが、双子のスノウとホワイトも一番年長者であるのにも関わらず、見た目年齢は一番若い。つまり、そういうことなのだろう。しかしクララがシャイロックと同世代であることが信じ難い。シャイロックと同世代ということは、ムルやミスラとも年齢が近いということだ。それはつまるところ。


「・・・・・・てことは、オーエンより年上・・・・・・て、ことだよね・・・・・・」


 つまり、そういうことになる。オーエンはミスラたちよりは若いのだ。となると、今までのオーエンが幼い子供を連れてきた構図が途端に瓦解し、実際の年齢上下は逆であったことになる。これに驚かない訳はないだろう。

 ふと、ケーキを頬張るオーエンに目を向ける。視線に気づいたオーエンが、至極不機嫌に文句でもあるのかと問うように「なに?」と一層睨みを効かせてきた。賢者は急いで首を横に振る。ふん、と吐き捨てたオーエンに、隣に座るクララは次のお菓子を笑顔で差し出していく。

 クララがオーエンより年上であった事実に、ますますふたりの関係性が謎に包まれていくのを賢者は眺めた。