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お菓子のお城とメレンゲドール


 結局、魔法舎へ連れてこられた日は部屋に閉じこもって外に出ることは無かった。オーエンの部屋に連れてこられた後、そのまま一緒に昼寝をしてしまったし、久しぶりにゆっくりとオーエンと時間を過ごしたかったから、魔法舎の住人に会うのは止めた。なによりオーエンがあまり人に会わせたくないようにしていたから、それに従うことにした。魔法舎や魔法使いたちのことを聞いていた流れで、魔法舎では過ごすにあたって自分はどこで寝泊まりすればいいのかと聞くと、オーエンは当然だというようにこの部屋だと答えた。どうやら一緒に部屋を使っていいらしい。トランクが置かれた部屋の隅にある小さく開けられたスペースはそのためみたいだ。クララはオーエンと同室であることに大いに喜んだ。そのあとはオーエンが食堂から持ってきた食事を部屋で食べて、その日は終わった。

 次の日も同じで、オーエンが食堂から食事を持って来るものだから部屋を出る必要が無く、一緒に付いて行こうとしても嫌そうな顔をして部屋に留められた。クララは完全にオーエンの部屋に閉じ込められていた。それ自体に嫌悪感は無く、もともとオーエンとしか関わって永いこと生きてきたため、他者との関りがなくとも問題はない。暇つぶしに本や遊ぶトランプなどが欲しくなれば何処からか取ってきてくれるため、不自由なことも無い。しかし。


「ねえ、オーエン。アタシ、外出たいよ」
「だめ」


 魔法舎へ来て数日程度が経った頃、我慢ならなくなってオーエンに部屋の外へ出たいと訴えかけたが、首を横に振って即答するオーエンに、ムスッと頬を膨らませた。部屋に閉じ込められていたり、移動範囲が狭いことが問題ではない。もともとあの家だけを行動範囲として生きてきたのだ。しかしそれは趣味や好きなことに没頭していたからである。今の生活では趣味であるお菓子作りさえ取り上げられている状態だ。さすがに、料理をするにはキッチンのある食堂に行かなければならない。だからせめて食堂へは行かせてほしいと訴えた。お菓子という単語に一瞬オーエンが揺らいだ。魔法舎に来てからは中央のケーキ屋や食事担当のネロに甘いものを作らせて食べていたが、オーエンの好みを把握しきって作られた食べなれたクララのお菓子にはやはり負けてしまう。オーエンにとってもクララのお菓子を食べたい気持ちはあったが、食堂は談話室と同じくらい人が集まる場所のため、人目に晒したくないオーエンは素直に頷けなかった。


「だって・・・・・・このままだと、オーエンが悪く言われる・・・‥」


 オーエンは目を丸くして瞬きを数回繰り返した。

 クララが外に出たい理由は、何もそれだけではなかった。むしろこちらの方が本命であった。魔法舎の住人は、無論オーエンが一歩もクララを外に出させないようにしているのを認知しているため、時折それについて非難しているのを扉越しに聞いたことがあった。どんな理由があろうとオーエンを悪く言われるのは気分が悪い。それを解消するためにも、クララは外へ出たかったのだ。


「オーエン」
「・・・・・・わかった。わかったから、静かにして」


 随分と思い悩んだが、結局オーエンの方が折れて頷く羽目になった。ぱあっと喜ぶクララにオーエンはただし、と言って人差し指を鼻先で向ける。


「双子はまだ良いけど、ミスラとブラッドリーには近づかないこと。オズとフィガロも当然。あと、僕のことについて余計なことを喋らないこと。できる?」


 言いつけをしっかりと守って行動できるか、確認するように言い渡すオーエン。鼻先で向けられた指から少しかがんでこちらに視線を向けるオーエンを見上げ、しっかりと頷いた。それを誉めるように、手袋嵌めた手を下ろして頭を撫でてくれた。撫でつけた手を頭を離すと、オーエンは促すように首で扉を指さす。


「ほら、行かないの。もうすぐお昼終わっちゃうよ」
「行く!」


 クララはオーエンの手を引っ張って、結界が解かれた部屋を後にした。



◆ ◇ ◆



 昼食を終えたほとんどの魔法使いたちは各々の自由時間を過ごすため食堂を後にしていた。そんななか昼食を終えた後も食堂の椅子に腰を掛けて居座り続ける者もいる。キッチンで食事の後始末をしているネロや、賢者と一緒に話し込んでいるカインやヒースクリフやシノ、そして仲良くこの後どう過ごすか話しているミチルとリケがそうだ。キッチンに居るネロに今日のおやつは何かと尋ねる最年少の魔法使いたちを横目に、賢者たちは腕を組んで思い悩んでいた。


「やっぱり、怖がらせたせいでオーエンも怒らせてしまったんでしょうか」
「突然初対面の人に囲まれたら、怖がりますよね・・・・・・」
「分からないぞ、オーエンが外に出させないように閉じ込めてるだけかもしれない」
「そもそも、オーエンと連れてきた子の関係ってなんだ?」


 四人はオーエンが連れてきた小さな女の子について話していた。連れてきてすぐに――意図していたわけではないが――大勢で取り囲んでしまい注目してしまったせいで怖がらせてしまったのではないかと思い悩んでいた。実際、その子はオーエンの後ろに隠れいた。警戒されていたのは一目瞭然だ。賢者の言葉に、人が苦手なヒースクリフも同意し、その隣では単純にオーエンが外に出さないとではとシノが別の予測をする。その可能性も十分ある。謝って改めて紹介をさせて欲しいと何度も尋ねたが、そのたびオーエンに必要ないと切り捨てられた。完全に魔法舎の誰一人にも会わせるつもりがないようだった。

 一方でカインはオーエンとその子の関係性について言及した。それはオーエンを知る者なら誰もが気になっている事だろう。とくにカインは以前にオーエンに目玉を抉り取られて互いの目玉を代わりにはめ込まれている、因縁の関係だ。オーエンにとってその子がどういう存在なのか、その子にとってオーエンがどういう存在であるのか、それを知らなければならないと半ば使命感のごとく思っていた。しかしオーエンに尋ねてみるも素直に応えてくれることはなく、関係ないの一言で終わってしまう。

 しかしいつまでもこのままでいるわけにはいかない。もし怖がらせてしまったのなら謝って、同じ屋根の下で暮らすのだから仲よくしたいと思う。閉じ込められているのなら、オーエンに話をして外に出させてあげたいと思う。どちらにしても全く話を取り持ってくれないオーエンを説得し、こちらの話を聞いてもらわなければならない。どうしたものかと何度も挫折しながら頭を抱えたところで、飴玉を転がしたような声が、食堂に響いた。


「ねえ、オマエがいつもご飯を作っているの?」


 食堂にいた全員が手を止め、口を噤み、声のした方へ目を向けた。癖毛の金糸の髪を結った小さな女の子が、そこに立っていた。音もせず、突然そこに現れたかのように立つ女の子を、全員が呆然と見つめた。女の子はちょうどキッチンから出てきたネロの目の前に立って、見上げていた。声をかけられるまですぐ傍にいた女の子に気づかなかったネロも、目を丸くして呆然と見下ろしている。こくり、と首を傾げられてネロはハッと我に返り、動揺しながらも頷く。


「あ、ああ・・・・・・俺だけど・・・・・・」
「アタシとオーエンのお昼ご飯はある? 甘い?」
「えっと、今日の昼飯はオムレツで、甘いモンなら食後にアイスがあるけど」


 戸惑いながら聞かれたことを答えていくネロ。そんなふたりを周りは黙って見守る。「オムレツ? それって甘いの? パンケーキはある?」初めて聞く単語なのか、きょとんとした顔で首を傾げている。それは甘いのか、パンケーキはあるのか、と次々に尋ねられ、ネロは言葉を詰まらせる。そんなネロを助けるように、リケが近づいてきた。「我儘はいけません」リケの後についてきたミチルもやってきて、他より目線の近いふたりに視線を移した。


「ネロは忙しいんです。我儘を言ってはいけません。それに、ネロはリクエストをすれば必ず作ってくれます。パンケーキはまた今度にしてはいかがですか」


 ネロの料理はどれも絶品なんですよ、とまるで自分のことのように自慢げに話すリケを、ぼんやりと見つめていた。屈託のない笑顔を浮かべるリケと、何を考えているのか分からずそれを見詰め続ける女の子を、ネロとミチルは交代に目をやりながら行き場を見守る。すると悩むような仕草をしてわかった、と女の子が頷いた。それを見てリケもはい、と頷く。コミュニケーションの取れたふたりの様子を見た大人たちは、やはり子供相手には子供が良いと思い知る。


「んじゃ、ふたり分持ってくから、あんたは座って待ってな」


 目元を和らげたネロが笑ってそう言い残すと、食事の準備をするために再びキッチンへ戻っていく。子供たちはその後姿を見送るように目で追っていた。

 そのとき、離れた場所で彼らを見守っていた賢者の視界に靡く白いマントがよぎった。吸い寄せられるように視線を向ければ、ゆったりとした動作で歩くオーエンを捕らえる。オーエン、と零した声を無視して食堂へ入ると、賢者たちや子供たちからも離れた場所に腰を掛け、足を組む。視線は様子を伺ってくる賢者たち四人に向けられ、一睨みするとそのままふん、と鼻を鳴らすとそっぽを向かれてしまった。

 あの、とタイミングを見計らっていたミチルが口を開いた。自然と視線がそちらへ向く。


「はじめまして。僕はミチル、南の魔法使いです」
「僕は中央の国の魔法使い、リケです。よろしくお願いします」


 早速自己紹介をするミチルとリケ。困ったことがあれば何でも言ってくださいね、と言うミチルは自分よりも小さい女の子を見て、自分がおにいさんにでもなったかのような気分だった。人懐っこく笑いながら、頼って欲しいと全身が伝えていた。リケも自分よりも小さな存在である女の子を守り優しくすべきと思っていた。魔法舎の最年少のふたりがすっかりおにいさんになっている様子を、賢者たちは微笑ましく眺めていた。すると賢者の隣に座っていたカインが立ち上がり、三人の方へ歩き出した。近くまで来ると、カインは眩しい笑顔を浮かべる。


「そこにいるんだよな。悪いが俺の手に触れてくれないか? 厄災の傷のせいで、触れないと姿が見えないんだ」


 困ったように頬を指で掻いて、手のひらを差し出してくる。初めて聞く厄災の傷という単語に疑問を抱きながら、目の前に差し出された手を迷うように見比べた。助けを求めるように向こうにいるオーエンに目を向けると、オーエンは頬杖をつきながらこちらをじっと見つめていた。帽子の影から除く片方の赤い目が、しっかりと自分へ向けられている。否定も肯定もしないオーエンを伺いながら、人差し指で突くように一瞬だけ手のひらに触れる。するとカインはようやく姿を見ることができ、合わなかった視線が交えた。


「俺はカイン。中央の国で騎士をしている。よろしくな」


 ニカッと白い歯を見せて屈託のない少年みたいな笑顔を浮かべる。それを何かを観察するようにじっと見上げた。カインは今まで姿が見えなかった分周りからどんな子なのか話を聞いていたが、予想していたよりも幼い見目をしていて、わずかに驚く。いくつぐらいだ、と思案するようにリケやミチルと見比べながら女の子を見下ろす。その時、髪で隠れた赤い瞳が隙間から見えた。それを見て、改めて露わになっている瞳を見つめる。


「蜂蜜色・・・・・・」
「ん? はちみつ・・・・・・なにがだ?」


 呟いた言葉の意図が分からず、首を傾げるカイン。一方で女の子は不満そうに眉を寄せてムッと唇を尖らせながらぞっぽを向いた。拗ねてしまった様子に、カインはさらに首を傾げる。

 すると準備を終えたネロが料理を乗せたお皿を二枚持ってキッチンから出てきた。出来上がったそれを見ると、そそくさとオーエンの方へ駆け寄っていき、隣の席にちょこんと座った。本当にオーエンに懐いているんだなあ、と内心で思いながら、ネロはふたりの目の前にお皿を置いた。甘いものは、と尋ねてくるオーエンに食後に用意してあるから、とネロが伝える。オーエンはふーん、と興味なさげに目の前の料理を見下ろした。「オムレツだって。オーエン知ってる?」隣を見上げる。「さあね」甘くなさそう、とそれを見下ろす。確かに甘くはなさそうだと頷いて、スプーンでそれを掬って口の中に放り込んだ。上にかかったふわふわの卵が絶品で、甘くはないけど美味しいと感じたそれに思わず目を輝かせる。気に入ったのだろう。パクパクと食べる様子を横目にオーエンも口へ運び出した。

 再びリケやミチルがトタトタと駆け寄ってくる。仲良くなりたいのか、ふたりは積極的に話しかけてくる。それと一緒にカインもやってきて、様子を見ていた賢者たちも寄ってきた。


「はじめまして。私は賢者の真木晶です」
「俺はヒースクリフです。よろしくお願いします」
「シノだ」


 自己紹介をしてくる三人をオムレツを食べながら見上げる。ひとり一人に視線を送って、最後に賢者で視線が止まる。興味を示されているのか、警戒をされているのか、感情の読み取れない瞳を受けながら賢者は愛想よく笑顔を浮かべた。良ければ名前を教えてくれませんか、と丁寧に尋ねられる。じっと見つめた後、おもむろに口を開けた瞬間、それをオーエンによって阻まれた。


「むぐっ!?」
「ほら、ちゃんと食べなきゃだめだよ」
「オーエン!!」


 口を開いた瞬間、オムレツを乗せたスプーンを口の中へ突っ込んで強制的に黙らせる。オーエンは楽しげにニコニコと口端をあげていて、そんなオーエンを咎めるようにカインが声を荒げた。語気を強めるカインにオーエンは不愉快そうになに、と声を低め睨みつけた。


「名前なんて要らない。きみたちが呼ぶ必要もないだろう」
「なんでそんな意地の悪いことを言うんだ、オーエン」


 頑なに名前を教えようとしないオーエンに、それは何故かと問うが勿論それに応えてくれることはない。
 
 オーエンとカインの間に剣呑な空気が流れるなか、当の本人は全く気にしておらず、放り込まれたオムレツをもぐもぐと食べている。ごくりと飲み込み口の中が空っぽになると、もう一度口を開く。


「じゃあ好きに呼んで」


 その一言でカインの言葉が止まった。名前を教えようとしないオーエンに従って、呼ぶのに困るなら好きし呼べばいいと言う。しかしカインはすぐにそれは駄目だと首を横に振った。名前はその人を現す大切な言葉であり、唯一無二のものだ。与えられた名前に敬意を示さなければいけない、と話すカインに、ムウっと目を細める。


「どうして? 勝手に名付ければいい、その場限りでしょ」
「勝手に名付けて呼ぶなんてできない。おまえにはお前の名前があるだろ」
「騎士様しつこい。オーエン以外に名前を呼ばれる必要ない」


 不機嫌に素気なく言い放たれそっぽを向かれたカインは、言葉を失くしてしまう。ごくごく当たり前のことを言ったつもりだが、それすらも要らずオーエン以外は必要ないと豪語される。懐いている程度ではなく、それ以上に絶大な信頼にも似たものをオーエンに向けているのを目の当たりにして、周りは絶句した。ひとり、オーエンだけは愉快そうに笑っていた。


「はは、騎士様がしつこいから怒っちゃった。どう、親切にした相手に嫌われる気分は?」


 そうやって騎士様にとっての親切心を押し付けるからだよ、とオーエンは口端を上げる。カイン自身は、どうして怒らせてしまったのか全く見当がつかず戸惑っていた。そんなカインを見て、さらに楽しそうにオーエンは笑みを深める。助け舟を出した賢者が気が向いた時に教えてくれればいい、と言ってカインも潔くこの場は身を引き、なんとか大事になる前に事態を収束でき、周りはほっと息をつく。

 頑なにその子について話そうとしないオーエンと、本心でそれに従うその子。気まぐれで遊んでいるのかもわからないオーエンだが、少なくともその子はオーエンに怯えている様子も無理やり従わされている様子もない。純粋に慕っているように見える。謎めいた二人の関係性に、周りは疑問を深めるばかりだった。