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独り占め砂糖菓子


 中央の国にたどり着いたのは、ちょうどお昼前だった。

 中央の都を抜けて、木々が生い茂る場所まで飛んでいく。ある一定の場所まで来ると、守護結界を抜けて姿を隠していた魔法舎が現れる。森の中にそびえ立つ魔法舎は大きく、お城とまでは行かなくても大豪邸だった。賢者とその魔法使いたちが全員住むにしても、大きすぎる。

 オーエンは人目を気にするように目配りをして、人影がいないことを確認してからゆっくりと低空し箒から降り立つ。オーエンの手を借りて地面に足を付け、目の前の魔法舎をぼんやりと見上げる。こんな大豪邸に近づいたことも入った経験もないのに、今から此処で住むことになるなって信じられない。背後で用の済んだ箒をぱっとオーエンが消すと、さっさと中へ入るよう促してくる。それに従って、オーエンの後を付いて行くように魔法舎の中へ入った。魔法舎の中も豪華絢爛で、施された装飾などがとても綺麗だった。あまり見たことがないものに、きょろきょろと辺りを見渡していた。そんなクララに後にして、と言ってオーエンはすぐにでも自分の部屋へ向かおうとした。人目を気にしているようだった。


「挨拶とかしなくていいの?」
「いいよ、そんなの」


 一応、賢者の魔法使いでもない自分が此処に住まわせてもらうのだから、少しくらい挨拶などをしなければいけないのではないかと思ったが、オーエンは必要ないと言う。良いのかな、と思いながらもオーエンの後を付いて行く。オーエンはどこか急いでいる様子だ。「それよりも早く・・・・・・」オーエンが何かを察知して、言葉を飲み込んだのと同時に足をピタリと止めた。突然のことで反応できずにオーエンに激突してしまい、ぶつけてしまった鼻を抑えていると、オーエンが外套を靡かせた。少しだけ身体を引き寄せられ、あっという間にオーエンの外套に隠される。意図が理解できずに外套の中から見上げると、オーエンは「ここにいて」と短く答えた。

 するとオーエンの名前を呼ぶ声と、近づいてくる数人の足音に気づく。知らない人が近づく気配に、きゅっとオーエンの裾を掴んだ。お店を開いているから他者との関りが無いとは言わないが、それでも店員とお客という関係性だけで、それ以外との関りは無い。本当に千年近くオーエンとしか関りが無いのだ、知らない赤の他人へ苦手意識を持っても仕方がない。


「おかえりなさい、オーエン」
「もう帰ってきたのか、早かったな」


 声をかけたのは賢者とカインだった。賢者の他にも、少し前まで一緒に話していたヒースクリフやシノもいる。賢者についてきて、三人もオーエンを出迎えてきた。早々に魔法舎の住人に見つかってしまい、オーエンは面倒くさそうに彼らを見渡した。「それで、連れてきたって子は・・・・・・」相手に触れないと姿が見えないカイン以外は、自然とオーエンの外套に視線が行った。不自然に膨らんでいることから、そこに誰かがいるのだろうと予想できる。「別にいいだろ。関わることなんて無いんだから」オーエンは暗にさっさと何処かへ行けと伝えてくるが、それを知ってか知らずかカインはいや、と首を横に振った。


「そうはいかない。これからはここで一緒に暮らすんだ、自己紹介くらいは必要だろ」
「なら騎士様だけ勝手にやってれば?」


 うんざりとした感じで言い返すオーエン。「騎士様・・・・・・?」そのときオーエン言葉を反復した、声音の高い声が小さく零れ落ちた。そっと外套がめくられ、覗き見るように金色の髪をした癖毛の小さな女の子が顔を出す。しかしそれはたった一瞬で、オーエンが再び中に押し込むように少し乱暴にして外套を押し付けた。押し込まれたクララは短い悲鳴を零したが、外套の中を不機嫌にこれでもかと睨みつけてくるオーエンを見て、しゅんと肩を落とした。

 一方姿を見ることができないカインは「ん? いま女の子の声が聞こえなかったか?」と見えもしないのに辺りに視線をさまよわせている。一瞬だけだが姿を見てしまった賢者とヒースクリフは、オーエンが小さな女の子を連れていることに呆然として、伺うようにオーエンに目を向けたが、今にも殺してきそうな眼光で睨みつけられ、ふたりはビクリと肩を揺らして何も見ていないと主張するように青ざめながらサッと目をそらした。


「こども・・・・・・」


 しかしオーエンに怯えることもしないシノだけは見た事実を呟いた。カインはシノの言葉を聞いて目を丸くした。「え、オーエンが連れてきたのは子供なのか?」信じられないとでも言いたげな様子だ。シノはああ、と頷く。双子と同じくらいだと言うシノ情報を信じれば、魔法舎で一番年齢が若い15歳であるミチルよりも幼いことになる。そんな幼い子供をオーエンが連れていることに、カインは驚愕する。オーエンは勝手に目の前でべらべらと話されて、どんどん眉間に皴が寄っていく。明らかに機嫌が急降下していくオーエンを目の前にしても掘り下げをやめないふたりに、賢者とヒースクリフは胃を痛めた。

 すると廊下で話し込んでいる彼らを見つけて、さらに人がやってくる。右側からは騒ぎを聞きつけて来たスノウとホワイト。左側からはルチルとミチルそして一緒にいたミスラ。余計に人が増え、そのなかに厄介な双子とミスラがいることに、オーエンは忌々し気に舌打ちを落とした。

 事情を聞いてくるルチルに、オーエンが連れてきた子はどうやら幼い子供らしいと話す。カインやシノが紹介させてくれないか、と言えば、それを聞いたルチルやミチルや双子は、興味津々にオーエンの外套に視線を移した。オーエンはさらに眉間にしわを寄せる。


「なにを勿体付けてるんです。どうせ後でバレるんだから、見せればいいのに」


 興味なさげに話を聞いていたミスラが意外にも口を開いた。オーエンが連れてきた子事態に興味はないものの、オーエンが大事に隠している存在は気になるみたいだ。「・・・・・・っ、ちょっと。こっち来ないでよ」じりじりと迫り寄ってくるミスラに、オーエンは警戒をして後ずさる。片手は外套に添えられていた。そっとそれに指をさしたミスラが《アルシム》と呪文を唱える。咄嗟のことで防御態勢も取れなかったオーエンはなんとか外套の中にいるそれを庇おうと腕を前に出し衝撃を受けようとしたが、予想とは裏腹に攻撃は一切なく、ただ外套を床に落とされただけだった。わっ、と小さな悲鳴が聞こえた。強い風に吹かれたように外套が勢いよく靡いてオーエンの肩からずり落ちて、隠していたものが露わになる。

 覆っていた外套がなくなり視界が明ける。オーエンの背から見上げてみれば、目の前の人たちの視線は真っ直ぐと自分に向けられていた。どの人の目も丸くしてこちらを見ている。大勢に注目されることになれておらず、視線から逃げるように再度オーエンの背に隠れて顔をしつければ、裾を掴んだ手に手袋をはめた手が添えられた。

 きゅっと眉根を寄せて、全員の行動をうかがい、とくに目の前に立つミスラには全身で警戒をした。ミスラは隈の酷い目で眼下の子供を無表情に見下ろす。「はあ・・・・・・あなたの隠し子ですか?」それにしては似ていませんね、と首に手を添えながら聞いてくる。その場の全員がオーエンの子供とは一切思ってもおらずそんな選択肢すらなかったが、ミスラはオーエンの子供だと思ったらしい。「殺すよ」苛立った声音で黙らすように吐き出された。他の人の様子も見てみると、可愛いと言って頬を緩ませたり興味を示したり、呆然とみつめていたりしている。カインだけは姿が見えないため、周りにどんな子供なのか聞いていた。

 オーエンは諦めと疲れが混じったため息を落とした。魔法で落とされた外套を羽織りなおして、振り返って自分の背中に隠れるクララを片手で抱き上げる。腕に座らせるように抱き上げれば、首に腕を回して隠れるように顔を埋めた。その一部終始を見ていた魔法舎の住人は、信じられない光景を目撃して目を丸くした。


「もういいでしょ。部屋に帰るから」
「待て待て、結局自己紹介すらしてないではないか!」
「せめて名くらい名乗っもらっても良かろう!」
「きみたちが呼ぶ必要はないから、要らないよ」


 後ろでオーエンちゃん、と叫ぶ双子を無視してオーエンは忽然と姿を消した。

 次の瞬間にはオーエンとクララは魔法舎の一室に居た。どうやらオーエンの部屋みたいだ。

 抱えられた状態から床におろされ、部屋の隅に荷物を詰め込んだトランクが置かれた。疲れたようにベッドに上がって横になったオーエンの隣に、すぐさま駆け寄って自分も寝転がる。魔法舎の住人に会いたくないのなら最初から箒で窓から入ればよかったのでは、と聞いてみると、隣はオズの部屋だからと答えられた。そこであのオズも賢者の魔法使いに選ばれていたことを思い出した。「僕を連れてったのもオズだよ。雷鳴ってたでしょ、気付かなかった?」瞳だけ動かして視線を向けてくる。今思えば、あの不自然な雷がオズだったと言われれば納得できる。今では世界中に名を響かせた存在すらすっかり忘れてしまうなんて、相当外の世界への興味が薄れていたことを自覚した。「人がいっぱい」知らない人に囲まれたことを思い出して呟くと、オーエンは当たり前でしょ、と呆れたように答えた。魔法舎には二十一人の魔法使いと、異界から来た賢者と、手伝いに来る人間の夫婦が出入りしているという。つまり魔法舎には二十四人いることになる。ふたり暮らしから一気に人が増えて少し不安を覚える。「おまえ、そんな人見知りだったっけ?」縮こまって隠れていたのを思い返したオーエンが尋ねてくる。「一度に大勢は慣れてないから・・・・・・」オーエンはふーん、とだけ相槌して、今までの暮らしで大勢に囲まれたことは無かったなと振り返る。慣れていないなら仕方がない。


「お昼食べないの」
「起きたら持ってきてあげる」


 寝返りをして眠る体勢に入ったオーエンに聞けば、ひとまず寝てからにするみたいだ。そう、と頷いてクララも一緒に眠ってしまおうと隣にいるオーエンに擦り寄る。自分からやってきたクララを抱き枕にするみたいに抱え込んで、片手で布団を引っ張って入り込む。久しぶりに肩の力を抜いて安心できる空間に、ふたりは早くも意識を手放して眠りについた。