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寂しがり屋シュガー


 カーテンの隙間から差し込む日差しの眩しさに、手放した意識が戻ってくる。

 ぬくぬくと温かい布団のなかで、まだ出たくないと駄々をこねるようにもぞもぞとひとしきり動いたあと、ゆっくりとした動作で起き上がる。日差しは朝を迎えたことを告げてくる。壁にかけた時計に目を向けてみると、昼にはなっていないが随分と遅い朝を迎えてしまった。

 今日も、帰ってこなかった。

 窓の外で小鳥が囀るだけの静かなひとりきりの朝を迎えた事実に、クララは項垂れる。まだ布団をかぶったままの状態で、ベッドの上で膝を抱え込んで座り込んだ。オーエンが突然出て行ってから、もう数日が経った。最近はあまり外出はせず、してもその日のうちに帰ってきてくれていたから、オーエンのいない一日はひどく永く感じた。数百年前でも、これほど長く家を空けることはなかった。やはり何かあったのだろうか、と不安になる。探しに行きたい欲求と、オーエンの言いつけを守りたいジレンマに苛まれる。たとえ探しに出たとしても、自分ではどうすることもできないと理解している。込み上げてくる不安と寂しさにうっ、と視界が歪む。とうとう抑えきれなくなって、ぐすぐすと布団をかぶった膝に顔を押し付けて泣いていると、傍らでこつん、と音がした。

 ハッと顔を上げると、その場にオーエンが立っていた。今まで何の連絡もなく帰って来なかったオーエンをいざ目の前に、クララは目を丸くして見上げた。オーエンに至っては、両頬に伝っている涙をみて一瞬眉をひそめる。目を見開いて見上げてくるのを見返し、オーエンは揶揄うように意地悪に笑った。


「なに、僕が居なくて寂しかった? また泣いてるの?」


 ふふ、と口元を三日月型に歪めて笑う。オーエンはそれに怒ってくるのを予想していたが、実際の反応は全く真逆であった。久しぶりにオーエンの声を聞いただけでほっとして、涙腺が一気に緩んだおかげでクララは大泣きをしてしまった。突然ポロポロと次々に大粒の涙を零すものだから、オーエンはぎょっとする。クララに泣かれるのは苦手なのだ。


「うぅ・・・・・・オーエン・・・・・・っ」
「ああ、はいはい。悪かったってば」


 大泣きをしながら縋りつくように両腕を伸ばしてくる。それに素直に応え、オーエンはベッドに上がって小さなクララを自分の腕の中に閉じ込めた。縋りついて胸元で泣きわめくクララの頭を撫でたり、落ち着かせるように背中をぽんぽんと優しく叩く。ときおり数日間居なくなったことを怒っているとでも伝えるように、ぽかぽかと弱々しい力で胸を叩いてくるのをオーエンは黙って受け入れた。

 ちらり、オーエンは机に安置されている飴玉の入った瓶詰に、瞳だけを動かして視線を移した。飴玉に変化はなく、いつものように色とりどりの普通の飴玉が詰められている。

 しばらくして我慢していた涙を出し切ると、今度は擦り寄るように身体を寄せて抱きしめてくる。両頬を両の手で包み込んで顔を上げさせてみると、クララ目は腫れていて頬には涙の跡が残っていた。情けない顔をしているクララに不細工、と笑えばその顔のままムッと唇を尖らせてきて、オーエンはさらに笑った。ぐりぐりと頬を撫でまわし、親指で目元を拭う。フッと息を吹きかければ、魔法で腫れた目は治り、涙の後もすっかり消え去った。軽くなった瞼を触って、再度両腕で抱き着きながらありがとう、と伝える。


「泣いたり怒ったり笑ったり、忙しいやつ」


 嬉しそうに笑いながらお礼を告げてくるのを見下ろしながら、呟いた。

 落ち着いた頃合いを見計らって、オーエンは両脇を掴んで持ち上げベッドから下ろすと、最低限の必要な物を用意して、と突然告げてくる。困惑していると早くして、とさらに促された。遠出用に持っていたトランクを引っ張り出して、必要な物を詰め込みながらオーエンに事情を聞いてみる。

 話によると、今回から賢者と賢者の魔法使いたちは魔法舎で共同生活をすることになったらしい。今回の<大いなる厄災>が狂的であったため、それに備えるためだという。無論オーエンも共同生活をしなければならないが、今じゃひとりでは何もできないクララをこの辺境の地に残しておくことはできない。それで拒否を続けたところで、なら一緒に連れてくればいいと半ば強制的に説得させられたみたいだ。オーエンが自分のことを気にして考えてくれていたことを嬉しく思う反面、良いのだろうかと思う。


「アタシはオーエンと一緒にいれるなら何処でも嬉しいけど・・・・・・賢者の魔法使いでもないのに、良いのかな」
「向こうから言って来たんだから、良いんじゃない」


 ベッドに座りながら準備が完了するのを待っていたオーエンが、せっせとトランクに荷物を押し込む背に「そっちこそ良いの」と投げかけた。此処を離れて中央の国にある魔法舎で暮らすことになるということは、お菓子屋は続けられなくなる。閉店とまではいかなくとも、この共同生活が終わるまではしばらく休業にしなければならない。それだけではなく、今までマナエリアに永らく居たところを離れることになる。オーエンはクララがマナエリアから離れることを特に危惧した。「いいよ。オーエンと一緒ならどこでも」至極当然のように笑顔で答えられ、オーエンは何とも言えない表情を浮かべた。

 荷物を詰め込んだトランクを閉めて持ち上げる。必要最低限のものだけだから、ほとんど衣服ばかりだ。最後に飴玉の入った瓶詰を仕舞って、用意のできたトランクをオーエンが持ち上げると、魔法で仕舞ってトランクは姿を消した。忘れ物はないか辺りを見渡して、住居とお店の戸締りを確認してから外へ出た。外に出ればオーエンはすぐにクララへ守護魔法をかけ、箒を出現させた。

 箒に座るオーエンの上に身体を横に向けて座り込み、離さないように両腕を首元に巻き付かせれば、抱え込まれるように片腕を回され身体を支えられる。身体が安定すると、箒は徐々に上空へ昇り、あっという間に家が小さくなっていく。


「ちゃんと掴まっててよ」
「うん」


 箒は速度を上げて、新たな住居となる魔法舎へ向かって空中を駆け抜けた。