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ミルキーフリーウェイ


 新たな賢者が召喚されてすぐ、中央の国で起こった『兆しトビカゲリ』の出現による死せる都の祝祭を無事に収拾させ、新たな賢者と賢者の魔法使いたちを歓迎する叙任式を終えて数日経ったあと。賢者と賢者の魔法使いのために用意された、中央の国にある魔法舎で、それは起こった。


「やだ。僕は帰る」
「オーエン、そこをなんとか・・・・・・!」
「嫌だよ。仲良しごっこがしたいなら、勝手にやってて」


 用は済んだんだから帰る、と言い捨てそっぽを向くオーエンに、今代の賢者――真木晶――はがくりと肩を落とした。その場には賢者の他に、オーエンの説得を試みた北の魔法使いであるスノウとホワイト、因縁のある中央の魔法使いカイン、そして最終手段である今は中央の魔法使いである世界最強を誇るオズがいた。必死に説得をしようと言葉を紡ぐ賢者に加勢して、オズを除いた三人もあれやこれやと諫めるが、知らないと一点張りで膠着状態が続いていた。

 なぜこのような事態に陥っているかというと、次の<大いなる厄災>に備えた生活規範を設けたからだ。前回の襲来で仲間の半分を失ったことを胸に、これ以上犠牲を出さないためにも、まだ未熟な魔法使いたちを指導し、協調性を育むため魔法舎での共同生活をすることを決めた。最初は東の魔法使いや北の魔法使いを中心に拒否する者が多かったが、それぞれ納得し共同生活に合意した。北の魔法使いであるミスラやブラッドリーに関しては、双子やオズに逆らえないというのが主な理由だ。嫌々ながらも合意した。しかしオーエンだけは違った。ミスラやブラッドリーが合意したあとも、こうしてひとり拒否を続けおり、賢者たちは困っていた。


「我儘を言うでない、オーエン」
「そなただけ特別扱いはできんのじゃ、オーエン」
「そんなのおまえらの都合だろ」


 北の国の先生役であるスノウとホワイトの言葉でも、オーエンは一刀両断する。全くこちらに耳を傾ける気が無いと真正面から伝わってくる。双子は困ったのう、とやれやれとした様子で視線を合わせて肩を落とした。


「どうしてそこまで嫌うんだ、オーエン」
「騎士様たちとは違って、僕は共同生活なんてごめんなんだよ」


 続けてカインが優しく問いかけるような口調で話を聞きだそうとするが、オーエンはまるで関係ないとでも切り捨てるかのように、上面だけの言葉で覆い隠す。その言葉も本音だろうが、どうにも違うようにカインや聞いていた賢者も思えた。


「オーエン。これ以上駄々をこねるようであれば、力づくでお前を従わせる」
「ふん、あっそう。やれるものならやってみれば。何度殺されて内臓を引き摺りだされても、絶対に従ってなんてやらないけどね」


 賢者の傍らで魔道具である杖を携え聞き分けのないオーエンを睨みつるオズを、なるべく殺し合いにしたくない賢者が慌てて止めようとする。いつものオーエンなら、頻度は少ないが嫌々ながらも無暗に殺されるならと頷くことが多いが、今回ばかりはそうもいかず、鬱陶しそうに睨み返して頑なに頷くことは無い。オーエンは何度殺しても隠した魂が砕けるまで何度でも蘇ってしまうため、殺すことで脅しても無意味に近い。

 とうとう打つ手がないと魔法使いたちが眉間に皴を寄せた。そのとき、おずおずと怯えながら賢者が慎重に口を開いた。


「あの・・・・・・何か他に理由があるんじゃないですか。オーエンが此処から家に帰りたい理由が・・・・・・」


 それさえ話してくれれば、何か打開策が見つかるかもしれない。賢者は続けて言葉を紡いだ。オーエンからの返答はなく、沈黙が続いた。向けられた視線は冷たく無表情だ。ぴりぴりとした空気に、賢者やカインは緊張しながら固唾をのんでオーエンの反応を待った。けれど賢者の問いに応えたのはオーエンではなく、それを聞きあることを思い出したスノウとホワイトだった。


「おお、そうであった。そなたところにはあの子がおったのう」
「すっかり忘れておった。そなたはあの子を大切にしておったからのう」
「・・・・・・」


 口を開くことはなかったが、双子の言葉にオーエンは鋭く目を細め眉根を寄せた。

 あの子、という言葉にカインや賢者が首を傾げる。カインに至っては、ホワイトのオーエンが大切にしているという発言に目を見開いて驚いている。傍らにいるオズを伺ってみるが、オズも知らないようで、さして興味もないようだ。尋ねるように賢者が視線をオーエンに向ければ、心臓を突き刺してくるように睨みつけられる。「余計なこと言ったら殺す」感情のない冷めた声色で鋭利に言い放てば、双子はこわいこわい、と茶化すように騒ぎ立てた。それをハラハラした気持ちで賢者は見つめる。


「ならば、その子も此処へ連れてくれば良い」
「そなたが面倒を見るのなら、我らも賢者もそれで構わぬぞ」
「は?」


 オーエンの場違いな声と揃って、賢者も声を上げる。同意を求めてくる双子を戸惑ったように見つめた後、こちらに視線を向けてくるオーエンと目が合い、賢者も同意をしてしっかりと頷く。オズは無言だが、カインも構わないと同意を示す。どちらにしてもオーエンは此処で暮らしてもらわなければならない。ひとりきりで残すより此処へ連れてきた方が安全だろうと言う双子に、オーエンは鼻で笑って吐き捨てた。「冗談じゃない。オズやミスラがいる此処のほうが安全だって? 狼の群れに兎を放り込むより酷いよ」一度は世界征服をした最強のオズと、気分屋で何をしでかすか予想ができないミスラ。オズはともかく、ミスラの危険性は否めない。危険だと言い張るオーエンの言い分も理解できてしまう。


「そなたが付いておるから問題はなかろう」
「どちらにせよ、残しておくか連れて来るかの二択しかないぞ」


 至極不愉快そうにオーエンが視線を彷徨わせる。不安要素が多い分、どうすべきか迷っている様子だ。オーエンが誰かのことを想ってここまで思案している様子に、賢者もカインは信じられないものを見た気分でいた。彷徨わせていた視線が、双子を捕らえる。スノウとホワイトは楽し気にオーエンの選択を待っている。それを見てさらに顔をしかめた。「あの、オーエン」なかなか答えを出すことができないオーエンにもう一度声をかける。捕らえられた赤と金の眼光に怯みながらも、自分の指を握ってなんとか堪える。


「次の厄災に備えるためにも、オーエンには皆と此処で暮らしてほしいです。でも、オーエンの都合を無視したいわけじゃないんです。なるべく、皆さんには不満のない程度に今までと同じ環境で過ごしてほしいと思っています」


 賢者はこちらの事情に合わせてもらう分、オーエンの事情や都合にもできる限り応えるつもりだと告げる。「家から離すのは忍びないんですが、その子とオーエンさえよければ、此処で一緒に暮らすのはどうでしょうか」賢者はスノウとホワイトの提案を推奨するように、改めて提案する。オーエンがその子の身の危険を第一に考えていることは明白だ。そしてオーエン自身も、ひとりで残しておくより、自分のそばに置いておいた方が安全だと理解している。じっと見つめてくる視線に耐えながら、賢者も見つめ返す。そしてようやく、オーエンは諦めたようにため息をついた。


「・・・・・・好きにすれば」


 嫌々ながらもようやく首を縦に振ったオーエンに、ほっと安堵の息を零す。事が終わり、オズは携えていた杖を仕舞い、傍らにいたカインは良かったな、と眩しい笑顔を浮かべる。はい、と嬉しそうに賢者も頷いた。「明日にでも連れてくるが良い」というスノウに続いて「みなにも事情を話しておこう」とホワイトが言えば、不満そうな顔をしたまま「余計なことしないで」とだけ言い捨てて煙のようにオーエンは姿を消してしまった。

 やはり機嫌を損ねてしまっただろうか、と不安になりながらも、賢者は一体どんな子なんだろうと想像を膨らませた。