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こっそり君に混じりたいな


 空に浮かんだ月を見上げた。
 まんまると大きい月は、だんだんと夜の空を覆いつくすように近づいてくる。

 静寂が世界に広がる。ざわざわと草木が揺れ、大地が地響きを鳴らす。ぞわぞわとする感覚に、この世界に生きる全ての生物が全身を襲われただろう。
 
 今日は年に一度の<大いなる厄災>が襲来する日だ。この日は、賢者の魔法使いたちが集まって<大いなる厄災>を追い返しに行く。オーエンも役目を果たしに朝から出かけていた。毎年この日ばかりは絶対に外へ出るな、というオーエンの言いつけを守り、ひとりきりで今日が無事に過ぎ去っていくのを待った。

 日が完全に沈み込み、<大いなる厄災>が接近してくる瞬間はお腹がずんと重くなる感覚がする。どうしようもない、逃げ出したくなってしまうような感覚に襲われながら、毛布をかぶってソファの上に丸くなった。風が強くなり、ガタガタを窓を叩く。隙間風から揺れたカーテンの間から、妖しくも美しく光る大きな月が覗きこむ。

 いつもと同じなのに、違う。

 何に違和感を感じているのか自分でもわからないが、五感がそれを理解する。木々が躍る。大地が唸る。あらゆる生物が遠吠えを上げる。

 無事にオーエンが帰ってくることだけを祈って、目閉じた。





 どれくらい、経っただろうか。年に一度のこの日は、いつもより時間が長く感じるから嫌いだ。

 ふいに、大きな気配が遠ざかっていく。まだ辺りは暗いが、時期に夜が明けるだろうか。外界はいまだにざわついているが、無事に<大いなる厄災>をどうにか追い返すことができたことに、ほっと安堵の息を漏らす。

 しばらく経ったらオーエンも帰ってくるだろうと、こくこくと頭を揺らして考えていると、玄関の方から扉が開く音が響いた。その音を聞いて飛び起きて顔を上げた瞬間、オーエンが姿を現す。見た感じ、外傷はなさそうだ。


「おかえりなさい、オーエン」
「はあ・・・・・・疲れた」


 怠そうにしてとぼとぼとした足取りでソファまでやってくる。いつも以上に疲れた顔つきをしていた。オーエンはソファに座るクララを下敷きにして寝転がり、胸元に顔をぐりぐりと擦り付ける。両腕は抱え込むように背中に回して、抱き枕を抱え込んでいるようだ。

 覗き込んでみると、疲労の溜まった顔はいつもよりも青白い。魔法も多く使って、心も消耗しているのだろう。被っていた毛布を改めて自分の上に覆いかぶさるオーエンにかけなおし、被っていた帽子も取って傍らにあるテーブルに置いた。労わるように灰色の髪を解くように撫でつければ、さらに頭を押し付けてくる。


「お疲れ様、オーエン」


 ちらっと盗み見るように瞼を上げた。オーエンの頭を撫でながら抱きしめるように両腕で包み込めば、眠たげな赤と金の両眼は、重たくなる瞼に抗うことをやめ、ほっと息を吐いて瞼を閉じ、すぐに寝息を立て始める。眠ったオーエンを起こさぬように抱きしめなおし、おやすみなさい、と小さく囁いて自分も目を閉じた。無事に帰ってきてくれた、オーエンに感謝して。



◆ ◇ ◆



 リビングのソファの上で眠ってしまったオーエンとクララが目を覚ましたのは、お昼を過ぎた頃であった。満足に睡眠をとることができ、しっかりと疲れが取れたようだった。ふたりはそれから遅い昼食を食べ、オーエンに強請られて大量の甘いお菓子をこれでもかといほど頬張った。

 今回の<大いなる厄災>も追い返し終え、また次の一年が始まる。次の襲来は、また一年後だ。

 オーエンに今回の厄災はいつもと違ったと世間話をするように投げかけると、オーエンはそれに頷いた。今回はいつもと違い、圧倒的に力が増していたという。誰もそんな事態を予想しておらず、多くの賢者の魔法使いが石になったという。南の国は全滅、西や東そして中央の国はふたりずつ石になり、生き残ったのは北の国だけであったという。数の減った魔法使いは、また新たに選別され補充されるだろう。数多くの魔法使いが石になったと聞き、今回の<大いなる厄災>がいかに大敵であったことを思い知った。そんななかで、オーエンが無事に帰ってきたことに改めて安堵する。

 それからはまたいつもの日常に戻った。

 <大いなる厄災>の影響のせいか、あたりの自然の騒がしさや魔物の出現が多くなったが、この辺りでは気にすることは無い。なによりオーエンがいつもここ一帯に守護結界を張っているから問題はない。賢者の魔法使いが集まるのは、一年に一度のみ。それ以外は各々好き勝手に日常を謳歌している。オーエンもそうだ。いつも通り部屋でのんびりと過ごしていたり、お店のお菓子を頬張ったり、あたりを散策したり、たまにマナエリアであるどこかの市場へ行ったりしている。

 今日もそうだ。

 今日は店の休業日であったため、素手で食べられるお菓子を用意して、生活スペースでふたりでのんびりと過ごしていた。会話は特になかったが、温かい部屋のなか心地好い空間に包まれる。しかしそれは唐突に終わりを告げた。

 突然、雷が轟いた。

 あまりに大きな音に、オーエンもクララはビクリと身体を揺らして飛び上がった。その一方、状況を把握したオーエンは忌々しそうに顔を歪め、すぐさま外套を纏って片手にトランクを携えた。


「ちょっと出てくる」
「えっ!?」


 帽子をかぶって外へ出かけようとするオーエンを、目を丸くして見上げたクララ。それを盗み見るようにオーエンが見つめる。

 どうやら状況を理解していないようだ。北の国で雷が轟いているのに、何もわかっていないような顔をする。此処に閉じこもって過ごした年月が永過ぎて、忘れてしまったのだろうか。それに加え、気配も全く察知できていないように見える。本当にただの人間のようになってしまった、とオーエンは逃げるように一瞬視線を逸らした。

 外へ行くオーエンを止めようとするクララを押しのけるように、何も言わせぬまま性急に言いくるめる。


「いい、僕が帰ってくるまで絶対にここから出るなよ」


 わかった、と念押しをするオーエンを戸惑いながら見上げたが、左右で色の違う両眼は反論を許そうとしない。気圧されて大振りに首を縦に振れば、オーエンはフッと目元を和らげ「いい子」と頭をひと撫でした。次の瞬間には、オーエンは煙のように姿を消しており、部屋にひとりきりになる。ふと窓の外に目を向けてみると、オーエンの姿は見えないが、もともと張られていたオーエンの守護結界が二重にかけられていた。

 また、雷が轟く。

 しばらくのあいだ激しく鳴り響いていると、ぴたりと音が鳴り止み、また静寂に戻る。


「オーエン・・・・・・」


 ソファの上で膝を抱えて座り込む。取り残された部屋のなか、オーエンが帰ってくるのをひたすらに待ち続けたが、数日たった後もオーエンが帰ってくることは無かった。