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永遠に動くことのない時間が欲しい


 オーエンが帰ったのは翌日の昼頃だった。

 双子のもとへ行ったものの求めた答えは得られず、思うようにいかない状況にオーエンは少なからず苛立を募らせた。そんな状態で帰る気にもなれず、不満を解消するように寄り道をしていたら、翌日の昼頃になってしまった。完全に不満を解消することができなかったため、お気に入りの甘いケーキでも食べようと、店の出入り口にふわりと煙のように現れる。そこでオーエンは、いつもと違う様子に首を傾げた。店の扉には『close』と書かれたプレートがかけられていた。店内の窓も締め切られたままで、明かりも無い。いつもなら、昼の今頃はまだ店を開けているはずなのに、どういうわけか店は閉まっている。おかしいな、と思いながらオーエンはドアノブを引く。

 カーテンも閉め切られた店内は真っ暗だ。かすかにカーテンから差し込む日差しがぼんやりと部屋を照らすだけ。ガラスケースに並べられているはずのケーキも、今日はひとつもない。


「クララ・・・・・・?」


 しん、とした空気に溶ける。名前を呼べば、いつもひょっこり顔を覗かせて首を傾げてなに、と答えてくれる声はない。

 ぞわぞわとした感覚が徐々に身体を襲ってくる。背中に冷汗が流れた気がした。胸騒ぎを覚える身体を抑え込み、正常に保とうと固唾をのみ込む。これ以上ない緊張を身にまといながら、カウンターの奥にある住居に繋がる扉に手を伸ばした。ガチャ、と静かに扉が開く。店内と同じで、室内はしんとした空気に包まれている。廊下を進んで、共同スペースであるリビングに足を向けて歩き出す。は、と息を小さく吐いて、慎重に扉を開けた。


「クララ」


 リビングに居るときは、いつもソファに座っていて、新しいお菓子の考案をしていたり、本を読んでいたり、時々ぼうっと窓の外を眺めていた。そんな姿を想像した。けれど、扉の先に望んだ姿は無かった。部屋に明かりはついておらず、ソファに人影もなく、テーブルは綺麗に片付けられており、キッチンは無人だ。誰もいない部屋を呆然と眺めていると、ふいにスノウの言葉を思い出した。



「繋ぎ止める方法ばかりに没頭して、今の時間を疎かにしてはならぬぞ、オーエン。あとで後悔するのは、懲り懲りじゃからのう」



 聞き流していたはずの言葉が、鮮明に思い出された。スノウの言葉が何度も何度も脳内で繰り返され、思わず耳を塞いでしまいたくなった。けれど、それにはなんの意味も無いし、言葉をかき消したとしても忘れることも出来そうにない。身体中の体温が奪われていくように冷めていき、ぞわぞわとした焦燥感は治まることを知らない。平然なんて、纏っていられなかった。


「っ、クララ!」


 動揺したまま家中を歩き回った。暗い部屋をくまなく探して、いつも以上に声を荒げて名前を何度も呼んだ。空気だけが反響するたび、焦りが増していく。魔力を辿って気配を探すのが、魔法使いとして正当な方法だったろう。しかし、魔力が弱りに弱って微かにしか感じることしかできない相手の魔力を辿るのは大変で、そもそも気が動転して心が乱れた今のオーエンにそんなことはできなかった。一階の部屋を探し回った後、二階へ続く階段を見上げた。二階にはそれぞれの個室くらいしかない。靴底を鳴らしながら駆け足で登って、個室の前で立ち止まった。ドアノブを掴んだあと、もし部屋に居なかったら、という不安がよぎった。居たとしても、もし。まだわかりもしない仮定がいくつも頭を過ぎ去っていく。キュッと唇を噤んで、無意識に強く握ったドアノブをゆっくりと押し込んだ。

 少しだけ扉を開けて、覗き見るように中をうかがった。暗い部屋を、目を凝らしてゆっくり見渡す。そこで、もこりと膨らんだ布団が上下に揺れているのを見つけた。


「・・・・・・」


 ほっと息を吐いた。身体の力が抜けて、張っていた肩が落ちる。安堵するように目を伏せた後、音を立てぬように身体を滑り込ませ、後ろ手で扉を閉める。ベッドを覗き込んでみると、布団をきっちりと肩まで被り、小さく丸まって寝息を立てていた。呼吸はいつもより荒く、よくは見えないが、わずかに顔が赤く染まっている気がする。眠っている表情もどこか苦しそうで、頼りない。

 枕の横に手をついて、片膝をベッドに乗せると、そのまま覆いかぶさるように乗り上げた。じっと見下ろしたあと、片手を自分の口元に引き寄せて、手袋を口で脱ぎ去った。外した手袋をその辺に投げ捨て、露わになった手でそっと撫でるように頬へ伸ばす。触れた肌は焼けるように熱く、死人のように凍った手では余計に熱を感じ取った。冷気に触れピクリと眉間にしわを寄せた次には、心地よさそうにして、目元を和らげた。


「・・・・・・オー、エン・・・・・・?」


 力なく瞼をあげて、自分を覗き込むオーエンを見上げた。飴玉を転がしたような声は、ガラガラと荒れていた。目を開け、こちらを見つめて、今日初めて聞いた声に、オーエンは静かに安堵する。


「・・・・・・熱い」


 頬に添えられた冷たい手に擦り寄る様子を見下ろして、素気ない言葉を零す。見下ろした先では、頼りなく情けない顔で「あはは・・・・・・風邪、ひいちゃった・・・・・・」と力なく笑いながら言った。体調を崩して、熱風邪をひいてしまったみたいだ。自分よりも年上の北の魔女が風邪なんて、と思う反面で、それほどまでに弱っていたことを実感する。

 頬から手を放して、呪文を唱えると、手のひらには三つほどシュガーが転がった。人差し指でシュガーをひとつ、ふっくらとした唇に押し付けて食べて、と促す。素直に口を開いてシュガーを口に含めば、甘い味が溶けるように口の中に広がっていく。ゆっくりと舌で転がして食べ終えると、ふたつめ、三つめとシュガーを食べさせる。もぐもぐと食べる様子を眺めるオーエンにありがとう、とあどけない表情を向ければ、オーエンは困ったように視線を逸らした。

 いつ治るの、という質問にいつだろう、と首を傾げる。薬草なんて北の国では希少だし、西の国から仕入れたとしても薬は高価だ。オーエンなら勝手に盗んだり持ち出して来てしまうかもしれないから、そんなことをしない前に、ただの熱風邪だから大丈夫だと伝えるが、納得しない顔を向けられた。けれどこれ以上なにかを言う気はないらしく、少し身体を起こして帽子や上着を脱いで軽装になると、そのまま布団の中に足を滑り込ませてくる。


「もっとそっちに寄って。僕が入れないだろ」


 戸惑っていることなど知らないように、ぐいぐいと壁際へ追い詰められる。隣に寝転がると、布団を引き寄せて肩までかけなおしてくれた。こういったところでちゃんと気にかけてくれていることが伝わってくるから、思わず嬉しくなってふふっと笑みを零した。少し居心地が悪そうにしたあと「寒くない?」と聞いてくれる。「オーエンがいるから寒くないよ」と言うと僕は冷たいだろ、と呆れたように口にした。確かにオーエンの身体は体温が低く冷たい。けれどこうして寄り添ってくっついていれば温かい、と伝えればオーエンは黙り込む。言葉の代わりに、布団の中で足を絡めるように挟んで、布団ごと抱え込むように片腕を背中に回して抱き寄せてくれる。鼻が触れ合ってしまいそうな距離のなか、真っ赤な瞳に自分が映り込む。


「辛かったら言って」


 風邪をひいて寝込んでしまった自分をここまで気にかけて心配してくれるオーエンがどうしようもないくらい嬉しくて、頷くように瞼を閉じて、じんわりと広がって包み込んでくれる体温を感じながら、意識を手放した。



◆ ◇ ◆



 目を覚まして、最初に視界に入ったのは瞼を閉じて眠るオーエンだった。ぼんやりとした思考のなか、帰ってきたオーエンと一緒に寝たことを思いだす。まだ完全に熱は引いていないが、以前よりも身体は軽くなっている。首だけ動かして締め切ったカーテンの隙間に目を向けてみると、外は日が暮れて既に夜を迎えていた。オーエンと再び寝たころが昼頃であったから、結局一日中眠って過ごしてしまった。食欲があるわけではないが、食事も食べ損ねてしまったな、と考えていると、ぱちりとオーエンが瞼を上げた。


「寝てなくていいの」


 寝起きにしてははっきりした声だ。瞳も全く眠そうでない。きっとオーエンは目をつむっていただけで、眠ってはいなかったのだろう。じっと様子を伺うように見つめてくるオーエンに何か食べないと、と伝える。そのまま手をついて上半身を起こし、のろのろと布団をめくってベッドから抜け出そうとすると、目を丸くして慌てて起き上がったオーエンに腕を掴まれた。


「は? おまえが作るの?」
「え、うん・・・・・・」


 ありえない、とでも言いたげなオーエンに首を傾げた。家には昨日の残り物などはない。なにかを食べるには、調理をしなければいけない。幸いなことに食材だけは充分なたくわえがある。

 当たり前のように自分でキッチンに立って料理をしようとするクララに、オーエンは愕然とする。いまだに熱は引き切っておらず、まだほのかに顔が赤い。のろのろとベッドから起き上がろうとする動作からも、万全でないことなど容易に理解できた。そんな状態で歩き回すわけにはいかない、とオーエンでも思った。しかし何か食事をしなければ治るものも治らない。オーエンは自分で料理をしたことは無い。かといって、体調の悪い状態で家に置いて行って外へ買い出しに行くこともできない。オーエンの眉間の皴がどんどん深くなっていく。

 オーエン、と不思議そうに呼べば、視線を泳がせて思案したあと言いにくそうに「・・・・・・なに食べたいの」と聞かれた。それを聞いて目を丸くし、体調が悪いからあまり身体を動かさないようにしてくれている気遣いにはっと気づく。クララはうーん、と首をひねった。もちろん、オーエンに料理の経験がないことを知っている。そんなオーエンでも用意できそうなものを考え、答える。「・・・・・・くだものが良いかな、リンゴとか」果物は風邪に良いし、皮をむいて切り分けるだけだから簡単だ。手作業で出来なくとも、魔法を使ってしまえば一瞬だ。
 
 それを聞くと、無言のままオーエンが代わりにベッドから出ていき、寝ていろとでも言うように視線を送られる。気遣いに甘えてもう一度布団の中に入って横になると、それを確認してオーエンは部屋を後にした。

 一階のキッチンに向かったオーエンは、食材が保管されている棚を開いて、籠に入ったリンゴを三つほど取り出す。それを魔法で浮かべ、同じように包丁とお皿も用意する。頭の中で切り分けられたリンゴを想像しながら、くるくると指をまわしてリンゴの皮をむいて、切り分けたそれをお皿に収めていく。切り分けたリンゴを乗せたお皿をトレーの上に置き、コップと冷たい水を入れたポットも用意する。それらを乗せたトレーを魔法で浮かべ、再び部屋へ戻りに歩き出した。

 部屋に入れば、帰ってきたオーエンを見るなり横になっていた身体を起こした。トレーを浮かせたままオーエンはベッドに腰を下ろして、フォークと切り分けられたリンゴを手渡す。綺麗に切り分けられたそれを見ると、嬉しそうにニヤニヤと頬を緩ませて、一口齧りしゃく、と音を立てた。ただ切り分けられただけのリンゴを一層美味しそうに食べるクララを、オーエンは単純だな、と思いながら眺めていた。満足するまで食べると、喉に冷たい水を通す。熱を持った身体が一気に冷やされていくような心地よさを覚える。ほっと息を吐くと、オーエンはまたシュガーを作って口元へあてがう。ぱくり、甘いシュガーを口に含んで、舌で転がして飲み込む。


「ありがとう、オーエン」


 オーエンは照れ隠しなのかふん、とそっぽを向いてしまった。そんなオーエンを嬉しそうに眺めていたら、ムッとしたオーエンがむにっと頬を指でつまんで引っ張ってくる。そんな仕草さえも嬉しくて、にやけた頬はしばらく戻りそうになかった。

 トレーを魔法で部屋のテーブルに置くと「じゃあ、おまえは寝てろよ」と再びベッドに入って寝転がったクララを見下ろした。うん、と頷いたが、瞼を閉じようとはせず、ちらちらとオーエンを気にして見上げている。オーエンも眠ったのを確認できないから、そこから動くことができなかった。そんなクララをじっと見下ろしていると、口元を隠すように布団を引き寄せて少し言いづらそうに視線をさ迷わせる。


「今日は、どこにも行かない・・・・・・?」


 子供っぽいことを言ってしまったと、恥ずかしくなりながら恐る恐るオーエンを見上げた。
 
 オーエンはオーエンでそんなことを言われるとは思ってはおらず、ぱちぱちと目を丸くしていた。しばらく沈黙が流れて、なんだか居た堪れない空気になって言わなければよかったと内心で思っていると、クスリと笑みがこぼれた。目を向けてみれば、目を細めて薄っすらとオーエンが笑っていた。オーエンはベッドに腰を掛けたまま身をかがめて、こつんと額に額をくっつけた。


「良いよ。ずっと一緒にいてあげる」


 ニコリと微笑んで、指で頬を撫でられる。

 先ほどと同じようにベッドに滑り込んだオーエンが隣で寝転がって、足も絡めて、先ほどよりも距離を縮めて抱きしめてくれる。笑んだクララがなんだか昔の時みたい、と懐かしむように呟いた。オーエンを連れ出して此処で一緒に暮らすようになった当初は、ひとりを嫌がったオーエンと一緒にこうして寄り添って眠っていた。いつの間にか別々で眠るようになって数百年が過ぎ去ったが、今度は立場が逆になって、また寄り添うように同じベッドに入っている。それが嬉しかった。


「おやすみなさい、オーエン」


 夢心地のまま、今度こそ瞼を閉じた。

 しばらくすれば、穏やかな寝息が聞こえてくる。表情も苦しそうではなく、むしろ子供のように無邪気に笑みを浮かべながら眠っていた。オーエンは背中に回した腕でそっと身体を引き寄せ、自分も瞼を閉じた。大切なものを大事に大事に抱え込むように、擦り寄って。オーエンは意識を手放した。