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侭ならぬ生をあがけ


 客のいない店内で、カウンターに設置してある椅子に座って暇そうにしながらぶらぶらと地面につかない足を揺らした。肘を立てて頬杖をつく。すると扉が開き、ベルが来店を知らせる。店にやってきたのは旧知の仲であるシャイロックだった。シャイロックはこんにちは、と微笑む。同世代であるシャイロックは、西の国で魔法使い限定のバーを開いており、同世代の魔法使い同士が自分の店を持っているという共通点から知り合い、こうしてたまに店に出すお酒に合うお菓子を買いに来るのだ。

 いつもと同じ注文を受けて商品を用意し、袋に包んで手渡し、代金を受け取る。すこしだけカウンター越しで世間話を繰り広げていると、シャイロックがそういえば、と口をはさんだ。


「お菓子作りの手法でも変えたんですか? いつもと少しばかり違った気がするのですが」


 思わず目を丸くしてシャイロックを見た。その言葉は不評ではなく、単純な疑問であった。反応が遅れて少しばかり間を開けたころ、ようやく頷いた。以前は手間がかかるからと魔法を使って作っていたが、最近はきちんと手作りをしていた。それを告げると、シャイロックは感心したように頷いて、微笑んだ。魔法使いなのに魔法を使わないのだ、不思議に思われても仕方がない。シャイロックは疑問を解消すると、礼儀正しく会釈をして店を後にした。

 再び客のいなくなった店のなか、ほっと息をついて肩の力を抜いた。すると、今度はオーエンが煙のように姿を現した。


「文句があるなら買わなければいいのに」


 オーエンは少し不満げに扉に向けながら言った。先ほどのシャイロックのことを言っているのだろう。言葉の真意としては、親切心ではなく、単純に自分が食べるお菓子の数が増えるからだろう。

 いつものようにどれを食べる、と聞く。ニッコリ笑ってガラスケースのケーキを全部、と返ってくる。流石にお店の商品すべてをあげるわけにはいかないと首を横に振ると、拗ねたような表情をして「どうせ人なんて来ないだろ」と言い捨てる。確かにあまり人は来ないが、酷い言い草だと声を上げればふん、とそっぽを向かれる。

 もう、と言葉を零していつものようにガラスケースからいくつかケーキを選別してお皿に盛りつけようとする。指をくるりとまわして魔法でお皿を用意しようとした。しかしおぼつかない様子で浮いたお皿は、途中で浮力を失って重力のまま床に目掛けて落ちた。パリン、と鋭い音が店内に響き渡った。床には破片が飛び散っている。クララは呆然と落ちて割れてしまったお皿を眺め、オーエンは目を見張ったあと眉をひそめた。

 我に返って、無理やり笑顔を作る。「あ、はは・・・・・・ごめんね」乾いた下手な笑みを向け、割れてしまったお皿を片付けようと動き出す。しかしオーエンが先に呪文を唱えてしまって、あっという間に割れたお皿は片付けられた。オーエンは何とも言えない表情を浮かべていた。気を取り直してお皿を手で用意して、いくつかケーキを乗せる。それを持って、立ち尽くすオーエンのところへ行った。

 どうぞ、とオーエンを見上げながらケーキとフォークを差し出す。しばらくじっと見下ろしたあと、それを受取ろうとオーエンが手を伸ばしたところで、ケーキを胸元へ引き寄せた。手渡されたそれを突然引き戻され、オーエンは思わず瞬きをしてした。見下ろせば、クララは目を伏せて、何度も口を開いては閉じた。


「オーエン・・・・・・あのね・・・・・・」


 胸騒ぎがした。気持ち悪いほど、身体と脳がそれを拒絶していた。

 言いよどみながらも、なんとか言葉を紡ごうとしている。視線はいまだに落とされたままで、お皿を持った手にギュッと力が入った。


「あのね、アタシ――――」
「聞きたくない」


 言葉が吐き出される前に、かき消した。

 強く拒絶された言葉に、オーエンを見上げた瞳は丸く目を見張った。オーエンは不愉快そうに眉を寄せて睨んでいるようだった。けれど、その瞳の奥にどうしようもない不安が淀んでいた。それを見ると何も言えなくなってしまって、再び視線を落とした。

 沈黙が続いた。時間を刻む時計の針の音がやけに耳についた。落とした視線の先には、お皿に盛りつけられたケーキが映った。深呼吸をするかのように、そっと瞼を閉じる。再び瞳が開かれたときには、いつものクララがそこにいた。


「オーエン」


 視線を上げ、こちらを見上げるクララは、屈託のない笑顔を向ける。
 キュッと、下唇を噛んだ。


「一緒に食べよう」


 差し出されたケーキ。色とりどりで、どれも胸焼けがしそうなほど甘そうだ。ほとんどがオーエンが気に入っていたケーキだった。ゆっくりと手を伸ばして受け取れば、嬉しそうに笑みをこぼす。

 その笑顔をから逃げるように、オーエンはそっと目を伏せた。