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撫でて、ぼくのこの慟哭を


 日が沈む夕方ごろになったのを窓から見て、出入り口の扉にかけたプレートを『close』にして、鍵をかける。もう店仕舞いの時間だ。カーテンを閉め、ガラスケースに入った余ったケーキを痛まないように保存する。それが終わると少し店内を掃除して、明かりを消した。

 店の閉店作業を終えると、そのまま店の裏につなげた生活をするための住居に向かう。一階のリビングに行って、一休みするようにソファに座り込んだ。オーエンはまだ帰ってこない。窓から見える沈む夕日を長いあいだぼんやりと眺める。するとバタン、と玄関の戸が開きそして閉まる音がした。次にはリビングの扉が開かれ、オーエンが部屋に入ってくる。


「おかえり」
「ん」


 短い返答だけが返ってくる。オーエンは帽子を取るとソファの前に置かれたテーブルに置き、外套をソファの背にかけて隣に腰を掛けた。

 今日はどこに行っていたの、と尋ねるとオーエンはこちらに一瞬だけちらりと視線を向けた。そして《クアーレ・モリト》と口ずさむと、ドサリと重い音が響いた。視線を向けてみると、テーブルの上には袋いっぱいに詰め込まれ、零れ落ちたマナ石が大量にあった。その数を見て、思わず苦笑いをする。


「そんなに気に食わなかったの?」
「ふふ、楽しかったよ」


 ニタニタした笑みを浮かべながら、オーエンは応える。やれやれと苦笑していると、おもむろにオーエンは手袋を取って、テーブルに散らばったマナ石に手を伸ばした。そのうちの一つを指でつまみ上げると、そのまま唇に押し付けてくる。


「食べて」
「え、でも・・・・・・」
「いいから、食べて」


 遠慮しようとしても、それを許さないと言わんばかりにマナ石を押し付けられる。戸惑いながら目の前のオーエンを見つめてみるが、特になんの表情も浮かべないままじっと口を開くのを待っている。観念して唇と開けば、そこに転がすようにマナ石を放り込んだ。嫌々口に含んだマナ石を舌で転がしたあと、ごくりと喉を鳴らして飲み込む。その様子をじっとオーエンは眺めている。


「どう?」
「不味い・・・・・・」


 べ、と舌を出して眉を寄せる。

 マナ石は食べ物として食すと微妙だ。宝石と同じようなものだから固いし、味なんてしない。砕くのも大変だから、基本的に飲み込む。感じるものと言えば、魔力程度。質が悪ければ、味なんてしないのに不味いと思ってしまう。今回はそれだった。

 それを聞いたオーエンも、自分の口にマナ石を放り込む。そして飲み込んだのち、全く同じような表情をした。オーエンが殺してきた魔法使いたちは魔力の質が良くなかったようだ。再びオーエンがマナ石を唇に当てがる。今度ははっきりと首を横に振った。


「それはオーエンが取ってきたんだから、自分で食べて。要らないなら売っちゃいなよ」


 マナ石は魔法使いにも人間にも高く売れる。お金には困っていないが、持ってても仕方がないのなら売るほうが良い。しかしオーエンはムッとした表情を浮かべて、それを拒否する。「こんな質が悪いの食べないよ」お金も要らないし、と言うオーエンに「アタシだって食べたくないよ」と言い返す。お金だって要らない。けれどオーエンはフフッと笑みを浮かべて「だーめ」と甘く囁くように言った。


「ほら、あーん」


 指でつまんだマナ石を唇の前までもっていき、甘ったるい声で誘う。マナ石を見つめた後、キュッと眉を寄せる。そのままオーエンを上目遣いに見上げるが、ニコニコしたままマナ石を唇に触れさせる。オーエンが何をしたいのか、よくわからない。ただオーエンが満足するまでこれを続けないと終わらないことだけは分かっていた。今度こそ完敗して、言われるまま唇をもう一度開いた。


「・・・・・・いい子」


 甘く囁いて、頬に添えた手の親指で撫でる。そのまま開いた口の中にマナ石を転がす。

 同じように、口の中に含んだマナ石を舌で転がした後に飲み込む。味はしないが、質が悪いせいで美味しくはない。またギュっと目をつむって不味いと訴えかけた。オーエンはそれを見てクスクスと笑みをこぼして、また指でつまんだ。

 その日はオーエンの気が済むまでマナ石を何個も食べさせられた。結局オーエンが何がしたかったのかは分からず仕舞いだったが、終わったことをいつまでも引っ張ることはしないと、気にはしなかった。しかし次の日も、またその次の日も繰り返された。余ったマナ石を次の日にまた食べさせられた。それを繰り返してオーエンが持ってきたマナ石が枯渇すると、ふらっとどこかへ出かけたオーエンがまた大量にマナ石を抱えて帰ってきた。そして同じように、有無を言わせずマナ石を食べさせてくる。まるで親鳥が雛のために餌を持ってくるそれのようだ。

 何度も繰り返されると、さすがにその理由を問うたが、オーエンは笑って流すだけで話す気はないと正面から言われたようだった。無理やり聞き出しても無駄なことは理解していたために、わけも分からないまま、ただひたすらに与えられたマナ石を食べ続ける日々が続いた。しかし、それも唐突に終わりを告げた。




 それはある日の夜更け。
 
 オーエンはクララの部屋に忍び込んだ。魔法で煙のように音もなく部屋に足を踏み入れる。ベッドには、布団を胸元までかけてすやすやと眠るクララがいる。寝息を立て、上下に胸を揺らして呼吸をする。瞼を閉じて眠りこける表情は、見た目よりももっと幼く見えた。

 オーエンは足音を立てないようにベッドの前まで来て、気づかずに眠るクララをじっと見下ろす。ふと、オーエンの手が伸びる。服の上から心臓の部分を撫で、そのまま首筋に指を滑らせた。優しく触れたそれがくすぐったくなったのか、ベッドの上で身をよじる。今度は頬に手を添えた。手袋越しにでもわかる、頬は柔らかくて、親指で目元を撫でた。シーツの上に投げ出された小さな手に、指を絡ませる。キュッと指を丸め握れば、ほのかに低い体温が伝わってくる。でも、それだけだった。


「――なんで・・・・・・」


 ぽつりと、小さく言葉を零した。それに応える相手もいなければ、その答えを知っている人もいない。

 腰をかがめ、身体を丸めて、縋りつくように身を寄せる。血の通う生暖かい体温と、心臓の鼓動だけしか、感じない。

 机に置かれた色とりどりの飴玉の入った瓶詰は、いつの間にかくすんでいた。