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Act.42




スーリは泣き続けていた。
一人きりの部屋には酷くそれが響く。

声を押し殺そうとしても、声は零れ落ちる。
それでも抑え込もうとするためか、嗚咽を繰り返す。


――愛していた。


幼い自分が、ヒルメスに向けた感情は恋だった。憧れや敬意もあるが、確かに恋をしていた。
幼いあの時の自分は、まだ人を愛することを知らない。だから、あの頃はただ単に好きだったのかもしれない。
しかし、記憶が蘇った今ならわかる。

あの頃、幼い自分がヒルメスに抱いたのは、恋。
そして今、言葉を変えるなら、愛。

愛していた――。確かに愛していたのだ。
あの少年を。あの王子を。


「……っ!」


でも、選んだのは弟のアルスラーン。

彼はアンドラゴラスの子だ。たとえ血のつながりがなくとも、彼はあの人の子だ。
アンドラゴラスは決して許せない。憎いと思ったこともある。
けれど、アルスラーンは関係ない。ただ、巻き込まれてしまっただけ。あの子には、何の罪もない。


復讐は、何も得ることができない。
達成だれたときの一瞬の快楽と、後に残る虚しさだけ。

ヒルメスのしたことは、許せることではない。自らパルスを危険にさらした。復讐のために……。
だからといって、責めることもできなかった。
あの人と同じように、自分もアンドラゴラスを憎んでいたのだから。怒りを、覚えていたから。


王にするなら、アルスラーンがいい。
あの優しい王子なら、きっと良い国ができる。だから、選んだ。


「……ごめんなさいっ……」


声が出ていたかは、わからない。けれど唇は、そう動いていた。

私は捨てたのだ――愛した人を。十年以上も想い続けてくれた人を。
あの誓いを破った。あの約束を、自ら切り裂いた。


「ごめん、な……さい……っ!」


ごめんなさい、愛した人よ――。
想い続けてくれた人よ――。
わたしの、全てだった人――。

両手で顔を覆い、天を仰ぐように顔を上げた。
頬に幾つもの、涙の筋が通った。


「っ……!」


あぁ、愛した人……いっそ私を恨んでくれ。
こんな軽薄で、酷い私を憎んでくれ。

そして、その鋭い瞳で心を射貫き、その鋭利な剣で心臓を切り裂いてほしい。

私は、貴方に想われるほどの人間ではなかった。貴方に相応しくはなかった。
私は醜く、愛した人さえ裏切る、酷い人だった。


あぁ、父王、アンドラゴラス、憎い人、全てを奪った人。

私は貴方は憎くてたまらない。たまらない怒りが湧き上がる。私の日々を壊し、彼の全てを奪った貴方が許せない。
けれど、恨むことができない。清々しく、あなたを恨むことができない。恨めば、復讐心に駆られてしまうから。

そんな私を、貴方は滑稽だと嘲わらうか……?


「ヒルメス……さま……」


愛した人――どうか私を、忘れてくれ殺してくれ


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