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Act.33




穏やかな太陽が噴水の水や草花、そして少年と少女を美しく照らしていた。
花々の甘い香りを運んでくる風に吹かれながら、少年は幼い少女の両手を握り、頬を薄い桃色に染め、真っ直ぐと少女の瞳を見つめる。


「スーリ、俺が王になったらお前の祖国と同盟を組もうと思う」


少年の言葉に少女は驚き、瞳を丸くさせた。


「今の条約を廃止して、友好関係を築くんだ。だから…」


握った手に力が入る。
僅かに手を震わせ、徐々に熱が上がっていた。

少し俯かせていた顔をバッと勢いよく上げる。


「ずっと、俺の傍にいてくれ!」


少女は段々と丸めた瞳を細める。
幼い少女というのに、その笑顔は優美で気品があふれた。

その笑顔を見た少年は、安心したように息を吐き、微笑む。
太陽に照らされた笑顔は、優しかった。

少女は手を握り返し、微笑しながら伝えた。

約束、だから、もう一人にはしないでね……と。


「当たり前だ。ずっとお前の傍で、ずっとお前を守り続ける…約束だ」


約束。そう何度も繰り返し確認をした。
誰が見てもその光景は美しく儚げで、幸福に満ちていた。




辺りが一変した。

薄暗い夜の中に赤い炎が燃え立つ。
聴覚には官女たちの悲鳴や炎の轟が響いた。


「…ぁ……っああ…」


声にならない悲鳴が少女から出た。

炎に燃える城を背後に少女を見下ろすのは、王弟アンドラゴラス。
アンドラゴラスは少女にとって残酷な言葉を告げた。


「ヒルメスは死んだ__」





「__っは!!」


スーリはベッドから飛び起きた。

辺りを見渡すとそこはペシャワール城塞であてがわれた、スーリの自室だった。
そこでスーリはシンドゥラに立ち向かうべく、ダリューンたちが出ていった後に眠ってしまったことに気付く。

窓の外は暗い。
恐らくダリューンたちが今、シンドゥラの第二王子ラジェンドラの軍と戦っているだろう。

ふと思い出したのは、夢に出てきた少年と昨日の男__ヒルメス。

今ならすべてを理解できた。
ヒルメスが自分に向けてくる瞳や感情…その他諸々。

風にあたろうとベッドをおり、廊下へ続く扉を開けた。


「おや? 何処か御用ですか?」


扉に寄りかかっていたのはギーヴだった。
片手に琵琶を持ち、スーリを見下ろす。

何故いるのかと聞くと護衛だとギーヴは答えた。
とはいうが、実際ギーヴは一度スーリの部屋に訪れたがノックをしても応答がないことから眠っていると断定。

特にすることもなかったため、護衛といってスーリが起きるのを待っていたのだ。
とはいっても、何か用があったわけでもないのだが…。

ギーヴは少しの間、スーリを見下ろしていると頬に手を伸ばした。


「熱いな…汗も…魘されでもしたか」


親指で頬を撫でる。
そのまま汗で額についた髪を払う。


「もう一度眠ったらどうだ?」

「でも、そろそろダリューンたちが帰ってくる頃よ」

「まぁ、それも確かだが…」


ギーヴは顎に手を当て、スーリを見つめる。

顔では笑っているが、おそらく疲れは取れていない。
大方、夢にうなされ寝た気になれんのだろう。


「私は大丈夫だから」

「…スーリ殿がそう言うなら、俺は構わないが」


スーリは一笑するとそのまま廊下を進んだ。
どうやら夜風に当たりに行くらしい。


ギーヴはついていこうかと言ったが、断られスーリの後姿をじっと眺めた。

今朝の話を思い出した。
ダリューンとナルサスが出陣する前、二人は廊下を歩きながらこう話していたのだ。


「おそらく、殿下と姫様は王家の血を継いでいない」


お互い進む道を真直ぐと見つめたまま、なるべく声を潜めて話した。
表情も変えずに。


「ああ」

「……『兄様』、か」


ナルサスは頷き、言葉を続けた。


「銀仮面卿、いや、ヒルメス王子とスーリは兄妹か、それとも…」


しかし、王家の血を継いでいない以上、実兄妹であることはないだろう。
いずれにしても、ヒルメスとスーリの繋がりが強いというのは確実だ。

ギーヴはそんな二人の話をたまたま聞いていた。
二人は気付いていたかは知らないが…。


その話を思い出しながらスーリの後姿を見つめ、見失った頃に呟く。


「『兄』、か…だがあの執着心は妹へ向けるものよりも…もっと…」


もっと、愛慕のようなものだ。

ギーヴはそう確信していた。
そう他人に認めさせるほど、ヒルメスの気迫、そして声は悲痛と必死に満ちていた。
それに瞳だ。

あの強い瞳…。

そしてスーリはヒルメスを思いだし、頭とその心の中は今その男が占めている。
ヒルメスもまた、スーリを思っているのだろう。


「…面白くないな」


ギーヴの声は空気に溶けた。


-33-


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