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「#エロ」のBL小説を読む
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「女ってすぐ意味付けたがるよなー」
高校一年生の三月上旬頃。
幼馴染でも恋人でもない、なにが接点で始まったかも分からない腐れ縁の半間くんが、部屋で寝転がって携帯を操作しながらそんなことを呟いた。それを聞いた私は読んでいた雑誌から一度顔を上げて、半間くんを確認してからまた雑誌に視線を落とした。
「菓子とか花とかさ、すげーまわりくどくね? ンな意味あるとかも知らねーし」
「情緒が無い半間くんには無理かもね」
「ああ?」
少しムカついたのか、携帯に視線をやっていた半間くんが雑誌を読む私に目を向けてくる。私はその視線を返してやることも無く、相変わらず視線を落としたまま続けた。
「まあ、まわりくどいとは思うけどさ。伝わったら良いな、とか。そういう時には便利だし、雰囲気もあって良いでしょ」
「ふぅん……」
なんでも意味を付けたがるのは愛してる≠月が綺麗ですね≠ノ略した日本人の特有かもしれない。でも半間くんの言う通り、女の子はなんでも意味を付けたがる。それはきっと意味を信じたいから。
私の返答に納得がいかないのか、もしくは興味がないのか、半間くんは薄い反応だけをしてまた携帯に視線を向けた。別に掘り下げる内容でも無いし、半間くんも最初に口火を切りはしたけど大して興味は無いのだろう。
「あ、マシュマロってンな意味あんだ」
「なに、調べてるの?」
「バレンタインのお返しにコレやるよ」
「ありがとー、普通に好きだからうれしー」
「かわいくねー」
そう言って半間くんはつまらなそうに形態を閉じた。
けど、その年のホワイトデーのお返しは来なかった。徐々に半間くんと顔を合わせる頻度が無くなって疎遠になって行って、気付いたら半間くんと会うことすらなくなっていた。所詮腐れ縁の関係だったし、恋人でもなんでもないのだから、いずれはそうなる。特に半間くんと接点なんてこれっぽっちも無かったし、いつも絡んでくるのは向こうだったから、半間くんが会いに来なければそこで終わるのだ。
そうして月日が流れていつの間にか大人になると、もう半間くんのことなんて忘れていた。ただの腐れ縁の高校の時につるんでいた相手だ。きっと私だけじゃない、ただの腐れ縁の相手なんて誰も覚えてないだろう。自然と忘れて、思い出というフィルムに映る誰かに成り代わる。
けどやっぱり、あの色濃い存在を完全に忘れるなんてできないのだろう。
玄関の先に突然現れた、似合わない赤いバラの花束なんて持ったその存在を目の前にして、私はそんなことを思い出していた。
「……随分ロマンチックなことするのね」
「ドキっとした?」
「んー、タイミングと場所が悪いから台無し」
「かわいくねー」
駄目だしをすれば、大人になった半間くんは昔みたいにそう零した。纏う空気も見た目も変わって大人になったけど、やはり半間くんの本質は変わらないようで、今はその気怠い態度が懐かしいと感じる。
それに思わず笑みが零れると、ん、と半間くんが花束を目の前に差し出してきた。受け取ると花束はそれなりの重量があって驚く。半間くんは片手で持ってたけど、私には両手で抱えるのが精一杯だ。
貰ったそれを腕に抱きながら、感慨深く見下ろす。まさかあの半間くんから赤いバラの花束を貰う日が来るなんて、誰が想像できるだろう。そういうことをする質じゃないのは確かだし、昔の私がこれを見たら目を見開いて笑っているに違いない。もしかしたら、情緒が無い、って言ったのを気にしていたのかもしれない。そうだったら可愛いな、とまた笑みが零れた。
「十年越しのお返しなんて、そんなに律儀だった?」
「ンな律儀に見えんの?」
「全然」
ちっとも思わない、と即答すれば、半間くんも「だろーな」と頷いた。続けて「それ、今回の分」と花束を顎でしゃくる半間くんに、私は首を傾げた。
もちろん今年はあげていない。というかバレンタインに半間くんにあげたのは高校の時の一度きりだけで、今日の今日まで会ったことすらなかったのだから、今回の分、というのはおかしかった。
「……私、今年はあげてないわよ」
「いーよ、別に。今貰うし」
半間くんは当たり前のようにそう言ってくる。
つまり、お返しをやったんだから代わりに寄越せ、という物々交換。相手に想いを伝える行事の返礼イベントだというのに、やっぱり情緒がない。加えて強引だ。でも、そもそもホワイトデーというイベントにはそういった思想が根底にあるから、あながち間違ってもいない。けどやっぱり自由過ぎる。
すると半間くんが下ろしていた手をおもむろに持ち上げて、印象的な刺青が入った手の甲が目に入った。そのまま骨格がしっかりした長い指を一本立てて、花束を指さす。
「それ、百八本あんだわ」
思わず目を丸くして見開いた。そんな私を見て、半間くんはフッと口端を上げる。
百八本の赤いバラの花束。今では定番ともいえる有名な意味を持つその意味を知らないわけではない。だからこそ驚いて、動揺して、ぎゅっと花束を抱える腕に力が入った。
「……自分で調べたの?」
少し顔を伏せながら見上げると、半間くんはそっとガラス越しの瞳を細めて、顔を覗き込むように大きな背中を丸めた。
「ドキっとした?」
最初の時と同じ言葉に、今度は言い返せなかった。それに満足したのかニタリと笑う半間くんが悔しくて、ムッと眉間に皴寄せて花束で顔を隠した。
「ンで、お返しは?」
自分を覆っていた影が遠のいて、ちらりと半間くんを窺う。ガラスの向こうにある細めた瞳と視線が合って、一度だけ目を逸らした。けどもう一度半間くんを見たら、自然と口元が緩んでしまった。
「このあとディナーに連れて行ってくれたら考えてあげる!」
今度は半間くんが目を丸くして瞬きを繰り返した。それにふふっと笑い返してやる。すると見開いていた瞳を徐々に細めて、半間くんはダルそうに息を吐いた。
「かわいくねー」
ポケットから取り出した車のキーが手元で揺れて、ピッと鍵が解除される音が鳴った。
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