「ゲーンーマー!今日ごはん奢れよー」
「うわっ、お前昨日潰れて俺に全部払わせただろふざけんな」

まただ。甲高いアイリの声が聞こえてきて、その後にゲンマの声。昨日もアイリはゲンマと飲んだようだ。アイリが、特別上忍になって3ヶ月になる。人懐こいアイリは、中忍の時から特別上忍のヤツからも可愛がられていて、アイリ自身が特別上忍になってからも変わらずだった。変わったのは、アイリが懐く対象くらいで。

「うっさいわね〜アイリ。ほんと元気ね。」

廊下で自分に気付かず騒ぐふたりを横目に上忍待機所に入るなり、俺と目が合った紅に笑いながらそう言われた。

「ね。分けて欲しいくらいだよ。」
「で、そのうるさいアイリを見る気分はどうなの?」
「は?」

紅の、企んでいるようなニヤリとした笑みに俺は顔をしかめた。
3ヶ月前まで、アイリがうるさいくらいにまとわりついていた相手は、俺だった。中忍だったアイリとは、マンセルを組むことが多く、仲良くなっていくうちに、アイリは中忍なのに上忍待機所に遊びに来るようにもなった。任務態度は真面目、でも、任務以外ではニコニコ笑って話しかけてくるアイリに俺が惹かれていたのは事実だ。

ある日、アイリが特別上忍になった、と報告しにやってきた。お祝いだ、と上忍や特別上忍のヤツらと一緒に朝まで騒いで飲んだ。その時のアイリはとても楽しそうで、嬉しそうで、潰れるほど飲んでいたけど「カカシさんのお陰です。」だなんて、寒気がするようなことを言って、俺を照れさせた。

それから、3ヶ月。すっかり特別上忍としての任務をこなし、様になってきたアイリは、当たり前だが、上忍待機所ではなく、特別上忍待機所に行くようになった。しかし、やっぱり性格はアイリのままで、特別上忍のヤツらにもすごく懐いていたし、受け入れられていた。その姿に最初は安心した。その中でも、一緒に任務をすることが多いのか、ゲンマといるところをよく見る。任務外でも、一緒に帰ったり居酒屋に行ったり、端から見たら付き合ってるんじゃないかと思うくらいだ。安心していた気持ちが揺らいだのは、その光景をよく見るな、と思ってしまった時だ。

そんなことを思っているのを見透かすように、紅は俺をこうしてからかうのだ。

「だって、最近アイリこっち来ないじゃない?寂しくない?」
「ま、うるさいのが遠くなって丁度いいんじゃない。」
「ふうーん、あっそ。」

つまんないの。と紅がそっぽを向いた。
口が裂けても "寂しい" だなんて言えない。言わない。確かにアイリが俺ではなくゲンマに懐いているのには違和感があるが、それはまだ慣れてないだけで、慣れたらすぐに "寂しい" なんて感情は無くなる。はず。

****

「っあ!カカシさん!」
「あー、アイリ。」

そんな光景を毎日のように見ていたある日、ナルト達との待ち合わせのため、待機所の外に出ると、ベンチに座っていたアイリに呼び止められた。アイリは立ち上がって、走って近付いてくる。

「なんだか久しぶりですねっ!」
「ね。特別上忍の生活は慣れた?」
「はいっ!みんな優しいし面白いし大好きです!任務も2日とか3日とか泊まりの時もあるけどそれは慣れてきたし、慣れないのは書類整理くらいですかね!」

あははっ、と笑うアイリ。目の前でアイリが笑っているのが久しぶりすぎて、なんだか不思議でたまらない。

「そうか、良かったな。」
「はいっ!カカシさんはこれから任務ですか?」
「うん、そんな感じ。それで、ナルト達と待ち合わせしてて。」
「あ、ナルトくん達と!そっか〜、」
「アイリは?ゲンマでも待ってるの?」
「えっ、あ、あー、そんな、感じ、ですかね、はい。」

視線をあちこちにやり、口籠ったアイリに、はてと首を傾げたが、アイリはまたへらりといつもの笑顔を見せたので、俺は解散しようと手を挙げた。

「じゃあ、遅刻気味だから。また。」
「あっ、」
「ん?」
「や、なんでもないです!また!」

一度引き止められたかと、聞き返したが、アイリは元気良く手を振り俺を見送った。


****


「じゃあ、お疲れ。」
「カカシ先生ごはん行くってばよ!」
「ええ〜。奢らないよ絶対。」
「ええーーー!!そこは気前良く奢ってよーー!!」
「ないない。じゃあね。」
「ぶー!!」

不貞腐れるナルトを背中に、俺は家路へとついた。
もう空は暗くて、欠け始めた月が綺麗だ。ああ、腹減ったなあ、ナルトと飯でも喰えばよかったか。とぼんやり考えていると、道中にある居酒屋がガラリと開いた。

「あっ」

聞き覚えのある声に、思わず振り向いたそこにはアイリの姿。

「おー、お疲れ。」
「カカシさん!お疲れ様でーーーー」
「よお、カカシ」

アイリの後ろから出てきたのはゲンマで、(ああ、また飲んでたのか)と思う。何故だかふつふつと湧き上がるのは怒りという感情で、俺はそれを抑えるので必死だった。

「お前らなあに?付き合っちゃってるのー?若いっていいねえ」
「え、いや、あの」
「ばか、カカシちげえよ」
「照れなくていいのよ?」

こいつらが付き合っていないことは知っているし、少しからかったつもりだった。いや、八つ当たりだったかもしれない。こうでも言わなきゃ、きっと俺が耐えられなかった。

「いや、だからーーーー」
「っちがいます!!」

ゲンマの言葉を待ちきれないようにアイリは大きな声で否定した。と、思ったら目に涙を溜めて走り去ってしまったのだ。

「あー、だりいなあ」

アイリの背中があっという間に小さくなるのを見ていると、ゲンマが口を開いた。

「カカシはアイリの事どう思ってんの?」
「え?」
「アイリはカカシの事・・・あー、コレ俺が言っちゃダメだと思うんだけどさあ・・・」

少し口籠ったゲンマは、頬をぽり、と掻くと大きく溜息をついて意を決したように話し始めた。

「今日だって、話しに行ったと思ったら落ち込んで帰ってくるしよ、今はもう泣くし、カカシはもう少し察せよな?」
「は?だからどういうことよ」
「だから、追いかけた方がいいんじゃねえのってことだよ」

ゲンマはもう一度大きく息を吐くと、俺を追い払うように手を振った。俺は訳も分からず足を走らせたが、これだけはゲンマの言うように "察し" た。

(俺が思ってたアイリとは違う)

それだけを頼りに、俺はアイリの家へと向かった。


****


アイリの家に行くのは2度目の事で、以前はアイリと飲んだ時にアイリが潰れて運んだ時だ。あれはアイリが二十歳になったばかりの頃だから随分前の事だ。まだ覚えている事に自分でも驚いた。インターホンを押そうと手を伸ばしてからふと、思い出されたアイリの顔。涙でいっぱいになった目。走り去った背中。こんなこと一度だって無かった。アイリはいつも笑顔で、俺に走り寄ってくるんだ。

ピンポーン

震えた指先で押されたインターホンは、しっかりと響いた。バタバタと慌ただしい音が聞こえて、ガチャリとドアが開いた。

「か、カカシさん・・・」

驚いて大きく見開かれたアイリの目は赤くて、泣いたのだと分かった。その表情を見た途端、俺は無意識にアイリの細い腕を引いていた。

「ごめん」

すっぽり俺の腕の中に収まったアイリに謝ると、アイリが上を向いた。その頬は赤く、目からまた涙がじわりと滲んできた。

「な、んで、謝るんですか」
「俺が、泣かせた。ごめん。」
「謝らないでくださいよぉ」

アイリの鼻を啜る音が聞こえた。
俺は何も言わずアイリの頭を優しく撫でると、アイリが話し始めた。

「私、ゲンマとは付き合ってないです。」
「うん、知ってるよ。」
「私、ほんとはずっとカカシさんと話したかったんです。」
「うん、ありがとう。」
「特別上忍になったから、上忍待機所に行く理由が無くなっちゃったんです。」
「気にせず来ればいいじゃない。」

「私、カカシさんが好きなんです。」

アイリが流れで言った告白は異様にはっきり聞こえた。それは、きっとアイリの目が真っ直ぐ俺を捉えてたから。

「うん、俺も。」

その返事をするのに時間はかからなかったと思う。目の前のアイリは、いつもの笑顔のアイリで、俺は吸い込まれるようにその唇にキスをした。

「俺も、アイリが好きだよ。」

確かめるように、そう告げると、アイリが綺麗に笑うから俺も自然と笑顔になった。



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