ばたばたばた、どたどたどた

足音みたいな音をたてているのは私の家の古びたトタン屋根で、今日の大雨には静かにしてはいられないようだ。目を開けると窓にたくさんの雨粒がまとわりついていて、いつもなら見える景色が見えなかった。今日は雨降りだ。寝返りをうって、ぽっかりと空いた穴を確認する。手を伸ばして触れても、あの感触も温もりもなく、ただ冷たいシーツがシワを作るだけだった。「よし」とひとつ気合いを入れて起き上がるがひんやりとした空気が私を布団へと誘う。ああ、負けた。暖かい布団と柔らかい枕を全身で感じながら、あの夜を思い出す。ねっとりと私を確かめるように全身にくちづけた後、食べられてしまうんじゃないかと錯覚するくらいに唇を貪られた。必死にあなたの身体に抱きつく私を、優しく、でもしっかりと、私の匂いが全部あなたに変わるくらい、情熱的に、だなんて恥ずかしい言葉しか思い浮かばないくらい抱いてくれた。「待ってて。」苦しそうな顔でそう言ったあなたに、私は黙って頷くことしかできなかった。目の前のあなたに必死だったの。ふと時計を見ると、起きようと思っていた時間をだいぶ過ぎていて、こびりついた眠気を吹っ飛ばしてくれた。洗面所に行って、ピンクの歯ブラシを口に突っ込む。3ヶ月も使われなかった青い歯ブラシが寂しげに揺れた。私の家に当たり前のようにある青い歯ブラシ。「おそろいだね。」と笑って買った高い歯ブラシも、もう使えなくなって、いつからかスーパーの安い歯ブラシに変わったけれど、いつも色違いのお揃いなのは変わらなかった。髪を後ろに束ねる。あ、そうだ、今日はあなたが可愛いと言ってくれたお団子にしよう。洋服はこの間一目惚れした新品のワンピースで、今日は化粧も時間をかけてみよう。いつもはつけない赤いリップなんてつけちゃおうかな。あなたが買ってくれた赤いヒールを履いて、外に出る。

「そうだ、雨。」

鬱陶しいくらい目の前に立ちはだかる雨は、悲しくなるくらいに街を暗くしていて、私の心も蝕んでいくんじゃないかと思った。とびきり明るい傘を持って行こう。可愛くて買ったけど、恥ずかしくて使えなかった真っ赤な傘。今日の赤いヒールとぴったりだ。ぱんっ、と元気良く開いた真っ赤な傘は、買った時より可愛く見えた。やっぱり傘は雨が似合うのだ。差した途端に赤を濡らした雨は案外綺麗な音をたててくれた。この道をまっすぐ行くと商店街。一緒に買いに行くと、ついついたくさん買ってしまった私の買い物袋を、あなたはいつも知らない間に持っていた。八百屋さんを通り過ぎると小さな可愛いケーキ屋さん。こんなとこあなたには似合わないのに、クリスマスも誕生日も記念日だって必ず買って来てくれた。最初の頃は私も買ってしまってホールケーキふたつを二日かけて頑張って食べたこともあった。ぱしゃん。水が跳ねた。

「うわあ、」

水たまりを踏んでしまった。やっぱりヒールなんて履いてくるべきじゃなかったかな。帰ったらちゃんと磨こう。ふと、横を見ると、演習場。ずっと前、ここの前を通ったらあなたが居た。忍者のあなたを見るのは初めてで、目を奪われた。何をやっているのかわからなかったけど、じっと見ていたら気付かれて、私は何故だか走って逃げてしまった。家に帰ると「危ないからもう来ちゃダメだよ。」と笑って言われて、怒られると思った私は拍子抜けしてつられて笑った。また、見たいな。忍者の姿。

「あ。」

来ることなんて絶対無いと思っていた "あん"と書かれた大きな扉。その下には、

「カカシ!」
「あれ、なんで来てんの。」

くるん、と真っ赤な傘を回して大好きなあなたに近付く。
あの夜から3ヶ月、ずっとこの日を待っていた。雨なんて気にもしないあなたを同じ赤に入れてやる。

「待ってたよ。」

にこり、とあの夜出来なかった返事をする。

「今日は特別可愛いね。」

私の全部に気付いてくれるあなたが大好きよ。
そして、ふたりで真っ赤な傘に入って雨の中家に帰る。

あなたとならどんな天気だって構わないわ。




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