かたん、とペンが机に置かれる音がした。
どきどき、どきどき、どきどき
心臓が鳴る。ずっと聞いていると本当は心臓の音じゃないんじゃないかと錯覚する。ほら、早く、勇気を出して、動け、動け。
「お、終わった?」
「あー、うん。あとは提出しに行くだけかなぁ。」
「わたしも!一緒に行こ!」
この、『一緒に行こう』の一言に心臓をどれだけ消費したのだろう。陽も落ち始める頃、上忍待機所で終えた任務の報告書をだらだらと書いていると、いつの間にか同じく報告書を書いていたカカシとふたりきり。気づいた頃にはもう遅い。私の心臓は高鳴っていた。本当は、カカシがペンを置く15分前には終わっていた。思いがけずふたりきりになれたのだ。利用しない手はない。とは思ったものの、カカシは報告書を書いているし、何をすべきか分からず、ひたすら報告書を書くふりをし続け、辿り着いた答えは『報告書を一緒に提出しに行く』だった。
「待って。コーヒー全部飲んでからね。」
「え、あ、うん。」
カカシは、まだたっぷり入っていそうなコーヒーカップを手に取り、ひとくち飲むと、ふぅ、とひとつ息を吐いた。ただそれだけの動作に私はすごくどきどきして、唇をぎゅっとつむいだ。
「アイリもコーヒー飲む?」
「ううん、大丈夫…。」
沈黙。何か喋らなくちゃ、と頭をフル回転させるが、結局何も出ない。いつもはそんなこと考えもしないのに。普段、何話してるっけ…?
「陽が落ちるの早くなったよねぇ」
「え、あ、そうだ、ね」
カカシがいつも通りなのか、不自然なのか、窓を見ながら静かに話しかけてくる。横顔も素敵だなんて思ってしまう私は頭がおかしいのだろうか。
「アイリ、」
「うん?」
静かな空気に乗って私のどきどきがカカシに伝わってしまうのではないかと思った。
もう、窓の外は暗くなってしまった。
「俺、明後日から長期任務なんだよねぇ。」
2ヶ月。ぽつりとそう言うと、カカシはコーヒーを飲み干した。
長期任務なんて珍しいことではない。カカシのような上忍は特によくあること。最近久しく長期任務についていなかっただけのことで、1週間や2週間、2ヶ月…はちょっと長いけれど、普通のことだ。なのに。
「そっか。寂しくなるね。」
カカシの右目は、私に何を考えてるか悟らせてくれない。ふ、と視線を手に持っていた報告書に落とす。
「アイリ、待っててくれる?」
「え、」
「待っててほしい」
ふわっと温かさに包まれた。カカシに抱きしめられたのだ。急な行動に私の心臓がより一層速まる。
「カカ…!」
耳元にカカシの吐息。ぐっと私の体温が上がる。
「すき、」
ひとりごとのようにそう呟くカカシに私の心臓の音は伝わっているのだろうか。
「カカ、シ、」
自分の耳まで熱くなっているのが分かる。いつもどきどきしながら話すほど好きだと思っていたカカシに、抱きしめられながら好きだと言われている。
「ごめんね。久しぶりに長期任務になって、会えなくなると思うと2ヶ月も耐えられないと思った。誰かに、取られると思った。」
照れているのか早口でそう言うと、私の両肩を掴み、ゆっくり自身から離すと、
「すき」
と、また告げた。
「耳、赤い」
「うるさいよ、こっちも必死なの」
「…私は、ずっと待つよ、ずっとずっと」
どきどきしながらそう言うと、カカシの右目が笑った。
「2ヶ月、ね。」
またゆっくりカカシに抱きしめられる。戸惑いながら背中に手をまわすと、きゅっと力が込められた。
……あ、報告書。
そう気付いた時には提出時刻は過ぎていて、明日火影様に叱られるのをふたりで覚悟した。
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