昔から本を読むことは大好きだった。小学生の頃は夏休みに読書感想文を書く、なんていう宿題があったりして友達はみんな嫌な顔をしていたけど、私は課題にされている本をひとつで良いのに全部読んだりして提出しない感想文を書いたりしていた。だけど、高校生の今、休み時間に読書なんてしてたらクラスメイトから距離を置かれるだろうし、地味な私はもっと地味なキャラが定着してしまう。隠したところで地味な事は変わらないけれど、仲良くしてくれる友達を遠ざけてまで読書をする勇気はなかった。
だけど、初めてのバイトはどうしても大好きな本屋さんで働きたかった私は、クラスメイトが来ないような町外れの本屋さんで働き始めた。

「えっ、浅羽くん?」
「?」

そんな、町外れの本屋さんなのに、見知った姿が目に入りふと顔を見れば学校でも有名な浅羽兄弟の片割れで、驚きのあまり声に出してしまった。

「あ、ご、ごめん、つい…。」
「?」

だるそうに顔をこちらに向けた浅羽くんは誰だと言わんばかりに顔を顰めた。

「あ、わ、私のこと分からないよね?1年の頃一緒のクラスだったんだけど…」
「…あー」
「あっ、いや、いいのいいの!一度も喋ったことなかったし、私目立つ方じゃなかったし!知らなくて当然…」

彼は演技というものが出来ないようで、思い出す素振りをしてみせたが私の言葉に「…ごめん」と白状した。私はその正直さに笑うと、自己紹介をした。

「ううん、あ、えっと、如月です。」
「あ、浅羽です。」
「あはは、知ってる。」

彼の雰囲気は独特で、女子に人気があるのがなんとなく分かった気がした。

「家、ここら辺なの?学校遠くない?」
「いや、この漫画の新刊、学校の近くの本屋どこにもなくて、ここ来たけど一冊しか無かったからどうするか読みながら考えてた。」
「ラスイチ、買わないの?」
「ラスイチって色んな人が触ってるから。それってもはや中古だよね。」
「あー、なんか分かるかも。」

私も新しい本を買う時は、一番上を避けて買う。昔からそう買っていたので当たり前だと思ったが、無意識にそんなことを思っていたのかもしれない。

「あっ、そうだ!もう少ししたら納品の時間なんだけど、その漫画も来るし時間あるなら待ってる?新しいの出すよ。」
「え。それはー………お願いします。」
「うん!おっけー!」

店員の特権をフルに使った私の提案に、浅羽くんは少しだけ考えると、深々と頭を下げた。笑顔で了承したところで「如月さーん!レジお願いー!」と先輩のヘルプの声が飛んできたので、「あっ、はい!じゃあね!来たら声かけるね。」と浅羽くんに手を振りレジに急いだ。


「ゆうき?買わないならもう帰ろうよ。お腹すいたよ。」
「なんかもう少ししたら納品されるんだって。」
「納品?店員さんに聞いたの?珍しい。」
「いや…自主的に?」
「…自主的?」

私が離れたあと同じ顔がもうひとり合流したらしいが、もう一度漫画を持って戻ってきた時には浅羽くんひとりになっていた。

「浅羽くん!ごめん遅くなって!急にレジ混みだして!」
「あ、ありがと。」

浅羽くんに漫画を渡すと無表情ながらも嬉々とした表情を見せてくれた。一緒にレジに向かい会計を済ませると、「ありがとう。」とまたお礼を言ってくれた。

「じゃあ、また学校でね。」
「うん。じゃあね。頑張ってね。」

浅羽くんのやる気のない頑張ってねがなんだか無性に心に響いて浅羽くんの姿がなくなっても私の口元を緩ませた。


****


それから、私は毎日を普通に過ごしていて、相変わらず本が好きな事をみんなに隠していたし、街はずれの本屋でバイトをする日々だった。あれから、浅羽くんがやってくることはなかったし、学校でも会わず、あの日を思い出してもにやけることもなくなった。
そんなこんなで、運の悪い事に今日は日直で、「授業で使うから」とたくさんの資料を職員室に運んでくれと頼まれてしまった。よくわからない難しい本を手いっぱいに持って図書室から職員室まで運んでいると、うだうだと寒そうに歩く彼を見つけた。

「あっ、浅羽くん」
「あ。…えーと、如月さん。」
「そう!如月です!学校で会うの不思議だね。へへ、本当は普通なのに。」

久々に会ったからかなんだか照れ臭くて笑ってしまう。名前を覚えてくれていたたけで、こんなにも嬉しいだなんて。
浅羽くんは私の持っている本達を見て、哀れみの目を向けた。

「学校でも本屋さんみたいなことしてるの?」
「えっ、あっ、これは違うよ!たまたま日直で…へへへ、運悪いよね〜。」

ああ、今日は本当についてない。こんな格好浅羽くんに見られたくなかったなあ。私の愛想笑いに、浅羽くんは無反応だし、笑う素振りも少しだって無いからさらに自分が哀れだ。

「あー、てつだい、ます。」
「え!いやいやいやいいよいいよ!浅羽くんクラス違うんだし!」

浅羽くんの眠そうな目からは想像もしていなかった言葉が飛んできたので、私は驚いて思い切り遠慮した。

「ゆっきー!なにしてんのー!?」

遠くから金髪の男子が、浅羽くんのあだ名を呼ぶ声がした。確か、あれは、転校生でハーフと噂の。浅羽くんがあんな元気が取り柄です!みたいな人と友達なのも意外で驚いたが、ここは彼に託そう。

「ほらお友達呼んでるし」
「猿が鳴いてるだけでしょ?」
「さ、さる?」

浅羽くんはさらりと金髪の彼をけなすと、私の手から半分以上の本達を奪い取った。

「あっ、」
「行こう、職員室?」
「あ、う、うん!」

後ろでまだ騒いでいる金髪の彼の声は、私の高鳴った心臓に掻き消されていった。



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