アイリは深い深い溜息をつくと、口に団子を頬張った。いつもなら2本頼むところを、今日は5本頼んだ。どんなに団子を食べたって、アイリの悩みを解消してくれることはないのだが。
「お前ついにあいつに頭まで侵食されたか。」
「土方さん!」
あと5本。と店員さんに追加注文したところに、呆れた顔の土方が目の前に現れた。すとん、とアイリの隣に腰を降ろすと、よくこんな甘い物たくさん食えるな、と一言。
「土方さんもおひとつどうですか?」
「女にご馳走してもらうほど堕ちちゃいねえよ。」
「かっこつけちゃって〜。じゃあ、相談料ということで。」
「は?相談?」
土方の目の前に団子を突き出すと土方は渋々ながらも受け取り、アイリの発言に眉を顰めた。アイリはそんな土方に悩みの種をぽつりぽつりと話し始めた。
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今日はとても良い天気だったし、給料日後で財布にも余裕があり、一目惚れするほど素敵な着物にも出会えて、ルンルン気分でショッピングを楽しんでいたのだ。最後に夕飯の買い出しを終えて、さあ帰ろうと家路へとついた時に、思ってもみなかった光景がアイリの目に飛び込んできたのだ。
見たことのない綺麗な着物にすらりとした背はよく似合っていて、ふわふわな銀髪の髪の毛はふたつに結わえられている。そう、女装姿の銀時だ。いつもこの通りは家までの近道なのだが、その手の方が沢山いて少し怖くてひとりの時は避けて通っていたのだが、今日はまだ明るいし、気分も良いので大丈夫だ、と思ったことがいけなかった。格好は違うし化粧もしていて、オカマの皆さんと和気藹々と喋っている彼、いや、彼女は、自分の恋人の坂田銀時で間違いない。銀時が女装に興味があるだなんて考えもしなかったし、オカマの友達がいること、この通りに当たり前のように居ること、全部知らなかった。もしかして、本当は男性が好きなのかもしれない。本当は私なんかと・・・。ぐるぐると頭の中に嫌な考えが浮かんでいくのを必死に止めようと、団子を無心で食べていたのだ。
アイリが一通り話し終えると、土方は美味しい餡子の上にマヨネーズをこれでもかとかけ、団子を頬張った。銀時が女装をしているのはオカマバーで働かされていることというのは知っていたし、その経緯だって知っている。女装に興味が無いことだって明らかだ。しかし、今そんなことを言ったところで彼女は信じてくれそうもない。どうして自分が全て知っているのか、銀時が自分のことを好きなのでは、なんて言い出すかもしれない。土方は暫し考えると、重い口を開けた。
「じゃあ、確かめに行くか。」
「へ?」
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「ほら、着いたぞ。」
スタスタと前を歩く土方の背中がある店の前でぴたりと止まった。自らここは如何わしいお店です!と主張しているようなド派手な装飾に、ギラギラと輝く電飾に囲まれていると大きな看板には "かまっ娘倶楽部" と書かれている。もちろん、ここが所謂 "オカマバー" だと言うことは見た途端に目を白黒させたアイリにだって分かった。オカマバーどころか、普通のバーやクラブなどの夜のお店はスナックお登勢くらいしか行ったことのないアイリには恐ろしい未知なる世界で、それに加えてここに恋人がオカマだという事実を探りに行くなんて、緊張で吐き気すら覚えてくる。平然とした顔の土方はきっと夜のお店なんて数え切れないほど訪れているのだろう。簡単にここにアイリを連れて来た彼は、もしかしたら常連さんなのかもしれない。アイリが恨めしそうな顔で土方を見ると、少し口角を上げ、ニヤリとすると「入るぞ。」と慣れたように堂々と店の扉を開けた。慌てて土方の後を追い、中へ入るとまたアイリは目を白黒させた。ギラギラと輝くシャンデリア、薄暗い店内、高そうなお酒、そして踊るオカマに酒を注ぐオカマ、そしてそのオカマ達と楽しく酒を楽しんでいるお客さん。初めて感じるこの雰囲気にアイリは小さい身体をさらに小さくさせた。
「いらっしゃ〜い!!あらイケメン!」
「あら〜!女の子も!」
「もう〜カップルで来る所じゃないわよ〜!」
「席こっちこっち〜!」
アイリと土方の周りに瞬く間にオカマ達が集まり、精一杯の高い声で接客を始めた。きゃいきゃいとはしゃぐ彼らは土方の頬を撫でたり腕に絡みついたりと、まるで土方を取り合う乙女のようだ。ぐいぐいと強引にソファに座らされながらも、アイリは必死に銀時の姿を探した。が、いない。少し落ち込んだ様子のアイリを見兼ねてか、土方はすっと手を挙げた。
「悪い。指名、良いか?」
されるがままで微動だにしなかった土方が口を開いたもんだからオカマ達はまた黄色い声をあげた。
「誰を指名するの〜?」
「わたし?」
「・・・パー子。」
土方の口から出た名前にオカマ達は落胆し、ブーイングしながらも笑顔で自分の仕事へと戻って行った。暫くするとボーイさんに連れられてやって来た "パー子さん" はまさしく先程見た恋人の姿。
「どうも〜パー子で〜すっ」
自分が出せる精一杯の甲高い声で自己紹介をした銀時は指名をしたふたりの客を見るなり、血の気が引いていった。大して店に出勤するわけでもない自分を指名するなんて変わった客もいたもんだと、張り切って接客してやろうかと来てみたらコレだ。
「よお。」
銀時がこの姿を一番見られたくないと思っていた恋人のアイリの隣で平然と土方は軽く手を挙げ挨拶をした。銀時はアイリと土方の間に無理矢理割り込んで座ると深く溜息をついた。
「・・・何してんだよてめーら。」
「ぎん、あ、ぱ、パー子ちゃんに会いに・・・」
恋人から発せられた自分の源氏名にそこまでバレているのかと、ぎっと土方を睨んだが当の本人は知らん顔で酒を飲んでいるからまた腹が立つ。
「パー子とか呼ばなくていいから。」
「あ、ごめん・・・」
気まずそうに慣れない酒をちまちまと飲むアイリはこの場所と雰囲気がどうも落ち着かないようで周りを遠慮がちに見回している。そんなアイリに銀時は堪え兼ね、アイリの右腕を手に取ると立ち上がった。
「アイリ、こっち来て。」
「えっ、」
振り向きもせず力強く腕を引っ張る銀時は格好以外もいつもの彼では無く、アイリはとても不安になった。
「ぎ、銀ちゃんっ!ごめんね!勝手に来て!あの、お、怒ってる?」
もつれそうな足を必死に動かしながらアイリが問うと、急停止した銀時はくるりと振り向いた。
「怒ってる。」
「あ、あ、あの、ごめ、」
アイリの不安が一気に込み上げてきて、彼女の瞳を濡らす。銀時はそれを見ると、バツが悪そうに視線を逸らした。
「アイリにぜってーこんな姿見られたくなかったし。」
「え、す、好きでやってるんじゃないの?」
「ンなわけあるかっ!色々弱み握られてんだよテンチョーに。」
「・・・そっか。」
「・・・あー、かっこわりいー。俺。」
少し顔を赤らめてそう言う銀時にアイリの頬はゆるりと上がった。
「・・・えへへ、そっかあ!」
「あ?なに笑ってんだよ。」
「良かったなって!銀ちゃんが女装好きなの私に隠してるのなんでだろってさ。本当は男の子の方が好きなんじゃないかって。だから土方さんと確かめに、」
ホッとすると銀時に言えなかったことがポロポロと出てくる。笑顔でそう言うアイリに、銀時は思わず吹き出した。
「ぶはっ、」
「!」
「あははっ俺がアイリより男が好きなんてありえねえよ!」
銀時の笑顔に、アイリも笑い、そして彼の言葉に頬を赤らめた。
「そっか!そっかそっか!よかったあ!」
一通り笑い終えると、銀時はまたアイリの腕を掴むとひとつの扉へと引っ張った。そこに "婦人" と記されていることをアイリは見逃さなかった。
「わ、えっ、ちょっと!こ、ここ女子トイレだよっ?!」
「俺今女子だもん。」
とんでもない言い訳だ、とアイリは思いながらも扉が閉まった瞬間にきつく抱きしめられ、そんなこと全部吹っ飛んでしまった。そっと背中に腕を回すとしっかりとした筋肉質の身体にやっぱりどんな綺麗な女の子の格好をしても男の子なんだなあ、とぼんやりと思う。
「こっちだって文句あるんですけど。」
「え、」
「土方くんとふたりでオカマバーデートはないんじゃないの?」
「で、デートじゃ、」
いじけた口調で言う銀時の腕の力が少し強くなった。ちらりと銀時を見ると耳まで赤くなっている。
「分かってるけど、やだ。」
そんなことを言われれば、アイリの胸がぎゅっと掴まれたように苦しくなり、耐えられなくなったアイリは銀時を自分から引き離した。
「ぱ、パー子ちゃん可愛い!本物の女の子みたい!」
「はあ?」
「着物も綺麗で似合ってるし、背も高くてモデルさんみたいだよ!」
勢いよくそう言うアイリに、銀時はまた不服そうな顔をした。
「アイリに可愛いとか言われても嬉しくないんですけど。」
「でもすんごい可愛いよ!」
アイリが可愛い可愛いと連発していると、銀時の顔がゆっくりと近付いて来た。
「なん、」
「アイリの方がずっと可愛いよ。」
そう聞こえたと思ったら口の中にお酒の香りが広がった。
*
ふたりが席に戻る頃、土方がオカマ達に囲まれて酔い潰れていた事は言うまでもない。
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