(神聖かまってちゃんの曲名をタイトルにお借りしていますが、内容には一切関係ありません。)








けたたましく蝉があちらこちらで鳴いている桜並木も、もうすっかり夏の色で、この前まで綺麗な桃色の花を咲かせていたなんて嘘のようだった。桜並木の道を涼しげな風を受けて、颯爽とアイリは自転車を走らせていた。お母さんに頼まれ、スーパーに買い物をする為だ。扇風機の目の前を陣取って、優雅にテレビを観ていたアイリに、お母さんは容赦無くお使いを頼んだのだ。

「アイリ!暇ならコレ、買ってきてちょうだい!」

掃除機を片手に、お母さんは買い物メモをアイリに突き出した。
サンサンと輝く太陽を見て、アイリは起き上がるのさえも渋った。

「暇なんかじゃないよ。レポートとか、あるし、ほら、ね?」

振り絞った言い訳も、お母さんに通用するわけも無く、あの蝉達のようにうるさく小言を言い始めたところで、アイリは「分かった分かった」となだめるようにメモを受け取った。どうせレポートだってこの暑さじゃヤル気も起きない。


近くのスーパー、と言ってもアイリの家から自転車では結構時間がかかったように思う。スーパーの駐輪場に自転車を停めると、待ち侘びていたかのように汗がどっと出て来た。この汗がどうも嫌いだ。小さい頃は汗をかいてもなんとも思わなかったのに、今となってはどうせ出るなら一緒に脂肪も落ちれば良いのに、とくだらない事を思うばかりだ。頬を伝った汗を拭いながら自動ドアをくぐると、ひんやりとクーラーで冷えた空気がアイリを包み込んだ。「天国だ」と呟くとアイリはメモを片手に買い物を始めた。


「あれ?銀ちゃん?」


懐かしい名前を口にしたと思った。
買い物も終盤に差し掛かり、コレを全部持って帰るのかと買い物カゴを見て憂鬱になっていたところ、お惣菜コーナーに懐かしいふわふわの銀髪を見付けて、思わず声が漏れた。
アイリが高校生の頃、懐いていた現国の "坂田銀八先生" だ。担任ではなかったけれど、彼の親しみやすい性格からか、何故だかとても懐いていた。「先生」だなんて呼んだ事がなくて、いつも「銀ちゃん」と愛称呼んでいた。彼は怒る事もなく、周りの友達もそう呼んでいた。今思うとなんて失礼な生徒だったんだろうと反省する。現国の授業は寝ていたりもしたけれど、銀八と話す事が楽しみで、よく友達と絡みに行ったりした。
そんな懐かしい光景が思い浮かんで、アイリの頬は自然と上がっていた。高校を卒業してから、結局一度も高校に遊びに行かず、大学も卒業を控える年齢になってしまった。もう一生会わないと思っていたのに、こんなところで会えるなんて。話しかけないわけにはいかない。アイリは銀八へ向かってカートを押した。

「銀ちゃんっ!」
「わっ!」

アイリが声をかけると、銀八は振り返ると驚いて目を見開いた。

「びっくりした?久しぶり!覚えてる?」
「あー、覚えてるよ。えーと・・・如月だよな?」
「あはは!ギリギリじゃん!」

銀八が戸惑いながら話しているにも関わらず、アイリはなんだか高校生に戻ったように思えて、嬉しくて仕方なかった。

「お前はー、もう大学4年か?」
「そう!銀ちゃんは相変わらず銀魂高校?」
「そっ、ずーっとうるさいガキのお守りよ。」
「ひどいなあ。そんな事思ってたの?」
「うそうそ」

他愛も無い話なのに、その声と話し方がなんとも懐かしくてたまらなくて、上がった頬はずっと上がったままだ。ふと、銀八のカゴの中を見ると、お惣菜の唐揚げに、枝豆、そしてビールが寂しく入っている。

「なんか、ザ・独り身って感じの買い物だよね。」
「それ、俺に彼女がいたらほんとに失礼だからね。」
「でもいないでしょう?」
「いないけど。」

アイリが高校生の頃はまだキリギリ二十代だった彼も、アイリが大学4年になったということは彼も同じく年を重ねたという訳で、 "結婚は?" という質問が生まれたが、アイリは何故だかそっと飲み込むことにした。

会計を終え、買い物袋に詰め込んでいると、すぐにその作業が終わった銀八が、アイリの分も手伝おうと手をのばした。

「わ、ありがとう。」
「今日の如月家はカレーみたいで。」
「ね、お母さん手抜きだ。」

アイリが笑って言うと、銀八はムッとアイリを睨んだ。

「なに言ってんだよ。独り身は愛情たっぷりのカレーは食えねんだよ。今の内たっぷり食っとけ。」

予想外に叱られたので、アイリは目を見開いたが、すぐに目を細めて「はーい」と返事をした。
袋に詰め終わると、スッとアイリの分も持って歩き出した銀八に驚く。

「銀ちゃんてそんな紳士だったの!」
「ちょっとちょっと失礼なんじゃないの?俺はいつだって紳士だっつのー。」
「へえ〜?」

アイリがニタリと笑うと、銀八も尖らせた口を緩めて笑った。それだけがなんだかとても嬉しかった。
スーパーを出ると、うだるような暑さがふたりを迎えた。「あっつー」と自然と口から溢れる。

「私チャリだけど。銀ちゃんは?」
「あー、俺は歩き。すぐそこだから、家。」
「えっ!そうだったんだ!」

銀八が指差した先は、高校生の頃、今だって登校する時に通る道だ。なんで今まで出会わなかったのだろう。こんなに近くにいたのに。
アイリが駐輪場へと歩き出すと、銀八もアイリの荷物を持ったままついて来てくれた。肩を並べて歩くことに違和感を感じるのも、相手が銀八だからだろう。

「如月はもう就活済んだの?」
「うん!来年には働いてるとか考えられないよ〜」
「はは、まあそんなもんだよな。」
「内定はもらったけど卒論がまだだし、卒業出来るかさえも危うい・・・!」
「そうかあ、授業中寝てばっかだったもんなぁー」
「いやいや!それは高校の話だし!」

銀八からジトリとした目線が注がれたので、アイリは慌てて否定した。が、大学生の今では、授業中に寝ているどころか、遅刻や欠席が日常茶飯事で、単位を落とすギリギリで生活を送っていた。そんなことを銀八に白状するはずもないのだけれど。
駐輪場に着くと、銀八は自転車のカゴに荷物を入れて、アイリは鍵を開けた。

「じゃあ、内定祝いと卒業まで頑張れってことで。はい。」

銀八は自分のレジ袋から、それを取り出すとアイリに差し出した。

「アイス!」

見た瞬間に飛び跳ねるように喜んだアイリは、ありがとう!とお礼を言うと同時に受け取った。いつの間に買っていたのだろう。銀八がこんなにサプライズ上手だなんて。もしかしたら本当に彼は紳士なのかもしれない。
いちごの絵が描かれているそれは、この暑さでは救世主のように思えた。そして、口の中に広がった甘ったるいいちごミルクがなんとも彼らしくて、自然と顔が緩む。
アイリが、そばにあった駐車場のブロックに座ってアイスを頬張るのを見て、「女の欠片もねえな。」と悪態をついた銀八だったのに、同じように隣のブロックに座ると、同じように自分の分のアイスを取り出し食べ始めた。

「自分のも買ってたんだ!」
「お前の分だけ買う訳ねえだろ」
「そういうとこ銀ちゃんだよね」
「なにそれ」

アイリがニヤリと笑うと、銀八も同じように笑った。
あと少し、あと少しでアイスを食べ終わってしまう。そしたら、銀八はあの指差した方へ帰ってしまうし、アイリも自転車に乗ってまた蝉がうるさい桜並木を通って帰るのだ。
寂しい、と思った。高校を卒業する時、銀八に「バイバイ」と別れの挨拶をした時よりずっと。

「ちょうだい。」
「えっ?」

アイリが銀八の声に振り向くと、手をこちらに伸ばされていて、アイリは何のことだか分からずに戸惑った。

「それ、捨ててやるよ。」

"それ" を見ると、もう既にアイスは無くなってしまって、棒だけが残っていた。アイリがなんだか名残惜しそうに渡すので、銀八が「何、欲しかったの?」とからかった。「違うよ!」と咄嗟に反論したが、もしかしたら、本当に欲しかったのかもしれない。ゴミ箱に向かう銀八をぼんやりと見る。銀八は先生だったけど先生らしくなくて、何度もZ組になりたかったな、と思わせた。(実際にZ組の生徒を見るとキャラが濃すぎてならなくて良かったけれど)そういえば、友達と一緒に話した事はあるけれど、こんな風にふたりで話すのは初めてかもしれない。この短時間で、何度笑い合ったのだろう。

「じゃ、あちーし帰っか。」

ゴミ箱から戻ってきた銀八がそう言ったので、アイリは「うん」と返事をして立ち上がった。少し、寂しそうに。

「じゃあな。ちゃんと卒業するんだぞ。」
「わかってるって。銀ちゃんもうるさいガキのお守り頑張って。」

アイリが嫌味ったらしく言うと、銀八はガシガシと頭を掻きながらバツが悪そうな顔をした。それに笑うと、銀八は軽く手を振って、くるりと背中を向けて歩き出した。ああ、お別れだ。だんだんと離れていく背中を見ていると、なんだか永遠の別れを告げられたようで、すごく悲しい。また会えるのかな。次はいつかな。もう、会えないのかな。

「・・・銀ちゃん!!」

考える前に、口が彼の名前を叫んでいた。
銀八が振り返ると、私はまた大きく息を吸い込んだ。

「・・・カレー!!作ってあげる!!愛情たっぷりの!!」

言ってしまった。
どうしてこんな事を言ったのか、自分でも分からなかった。ただ、銀八とこのまま別れるのは無性に嫌だったのだ。
少しの間があった後、ずんずんと大股でこちらに向かってくる銀八。えっえっ、と戸惑っているアイリの目の前に立ちはだかると、その大きな右手でアイリの頬を掴んだ。

「おっまえ、恥ずかしい事大声で叫ぶなよ。馬鹿なのかお前、馬鹿なのか。」
「ご、ごめんなひゃい・・・」

彼の手により、上手く喋れない。
銀八は、またガシガシと頭を掻いた。きっと困った時の彼の癖なのだろう。

「・・・いつだよ。」
「へ?」
「カレー。いつ作りに来んだよ。」

銀八の頬が赤くなっているのに気付き、アイリも同じように頬を赤くした。

「にっ、日曜日!」
「日曜日、な。」

アイリが咄嗟にそう答えると、銀八はニヤリと笑い、ゆっくりと手を離した。解放されてもアイリの頬は赤かったし、おまけに心臓も速いとなってはもう収拾がつかない。「じゃあな。」ともう一度言った銀八の背中を見えなくなるまで、ずっと見つめていた。



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -